7 魔法(物理)

 新しい朝が来た。希望があるかはわからないけどな!


「で、お前何してんの?」


「洗ってる」


 むしろ舐め回しているの間違いでは? 蟻は体を掃除するためにグルーミングを行う習性がある。中には自分自身では全くグルーミングができないため他の蟻にだけグルーミングを行ってもらうものもいるとか。


 てかこれ昨日もしてもらってたのか? 可愛い女の子ならともかく虫に起こしてもらいたくねえよ! いや待てよ? こいつらは全員働き蟻、つまりメスだ。


 そして先代女王から産まれたオレの姉でもある。つまり女の子でオレの姉ってことだ。


 なんてこった。今のこの状況は百合っ娘近親ハーレム? ハーレム………なんて素敵な響き。








「なわけあるか――――い!!!!!」




 あいにくこちとら虫を愛でられるほど上級者じゃねーよ! 正直虫とか嫌いだよ! そのわりには虫の生態とか詳しくないかって? しょうがないだろ! オレの家立地条件なのか何なのか蜘蛛とかムカデとか大量に湧いて出てきたんだから!


 そいつら追い払うために色々知識を仕入れてたらいつの間にかこうなったんだって!まあ途中から趣味みたいに楽しんでたけどな! 基本的にオレは知識を蓄えるのが好きなんだろう。


 やれやれ。朝から疲れさせないでほしい。一人でコントしてただけな気もするが考えてもむなしくなるだけだ。まだまだやるべきことはいくらでもある。




「さてと今日も一日頑張るゾフィ―――!?」


 魔法を使おうとしたとたん触角に激痛が走った。


「痛ったたたたたた、めちゃくちゃ痛い!? 筋肉痛か!? なんだこれ!?」


 昨日たいして運動してねーぞ!?


 昨日何したっけ? 感覚共有してる蟻が斬られたな。その後遺症か? でもあいつは真っ二つにされたはず。触角が痛くはならないはず。


 こういうわからないことがあるときこそ他人、いや他虫に聞いてみよう。


「お前ら筋肉痛になるときってあるか?」


「うん」


 あるんかい。筋肉痛という概念はテレパシーで伝えられたらしい。


「どんなときだ?」


「体か土を動かしたとき」


 体を動かしたときはわかる。土を動かすってことは魔法を使ったときってことか。


 あれか? 魔法を使うと体に負担がかかるって奴か。確かに昨日結構テレパシー使ってたからな。


 どういう原理だ?。


 人間だったころは学生とはいえ学究の徒だった身としては疑問点を突き詰めないと。考え、行動し、間違えていれば正す。そうすればいつか必ず真実に辿り着く。そう、真実はいつもひとつ!


 ……すみません言ってみたかっただけです。




 ゴホン。まず何故筋肉痛になったか? なにしろ蟻が筋肉痛になるなんて聞いたことがない。


 一般的には乳酸がたまる、あるいは筋肉を修復する際に発生する刺激物質が神経を刺激して痛みを感じるなんて言われているが、それはあくまで人間の話。こんなわけわからない生命体なんて最初から想定してない。




 つまり地球の科学知識じゃまずわからない。だがここは魔法が使える世界だ。ファンタジー世界定番の概念、魔力というものが存在すると仮定しよう。魔力を生成すると体が損傷するなら一応筋肉痛になる説明はつく。


 ただなあ……。こうピンとこないんだよな。魔力って何? 物質なの? どうやって作ってるの?とか考えちゃうんだよなあ。本とかゲームの中ならそういうもんか、済ませてもいいがここは現実。気にしないわけにはいかない。オレの専攻は生物方面だから物理詳しくないのがもどかしい。




 ぐぬぬぬぬ。悩んでもしょうがない。まずこの世界の住人に聞いてみよう。


「お前ら魔力ってわかるか?」


「???」


「魔法、土を動かすために必要なエネルギーとかない?」


「……ご飯?」


 確かに大事だけどな。けど聞きたいのはそうじゃない。もっとファンタジックな話がしたいんだ!


 うーんでもエネルギーか。この世界でも物理法則は有効だ。昨日土の質量そのものを増やせてはいなかったから、質量保存の法則も有効であるはず。ならアインシュタインとかいう偉大すぎるおじいちゃんが考えたエネルギー保存の法則も有効であるはずだ。すなわち無から有は、形のないエネルギーであっても生まれない。


 そもそも魔法のエネルギー源が魔力って決め付けていいのか?たしか地殻の運動エネルギーや熱エネルギーを超能力とか魔法みたいな力のエネルギー源にしてるっていう設定は聞いたことがあるな。一応聞いてみるか。




「地面からエネルギーを吸い上げたりしてないか?」


「女王が何を言っているのかわからない」


 本気で困ってるな。


「お前らは別に土を動かすことを特別なことだとは思ってないんだよな。だからこそ別にエネルギー源なんて気にしないわけだし」


 人間だってそうだ。いちいち自分の体がATPを分解してエネルギーを取り出してるなんて考えないし。


「体動かすのと、土動かすのは同じ」


 そーだよなー。そんな感じだよなー。




 ん……同じ?ちょっと待てよ。もしも本当に体を動かすエネルギーと魔法を使うために必要なエネルギーが同じものだとしたら? あれ? 今までで一番しっくりくるような。いやいやいや。でもオレが魔法を使っているときもそんなに特別なことをしてる感覚はないんだよな。相手に声をかけるように割と気軽に……。


 他の蟻と情報をやり取りしている?




 触角は蟻にとって重要な情報を取得するための感覚器官だ。蟻は目が悪い種類が多く、触角を使ってコミュニケーションをとる。人間でいうなら鼻や手、舌に近い。耳は脚についているらしいが。感覚共有を行う場合触覚はとても重要な可能性は高い。そもそも感覚共有をする時触角に力入れてたじゃないか。何で忘れてんだ。




「なあ、土を動かす時って体のどの部分を動かす感覚に近い?」


「腕」


「魔法使いすぎたとき筋肉痛になりやすいのって何処?」


「腕」




 ……ちょっと頭の中で整理しよう。


 まず魔法を使う場合、体を動かす感覚で使用できる。そして感覚的に動かした部分が筋肉痛になることがある。確定なのはここまで。ここからは仮説だ。


 魔法を発動するエネルギーに生物の体内に存在するエネルギーを何らかの形で使用する。たとえば筋肉中に存在するATPのような高エネルギー物質を分解するとか。わかりやすく言うと、魔力やMPじゃなく、スタミナや体力を消費するわけだ。その際筋肉を傷つけるまたは疲労物質のようなものが放出される。結果筋肉痛になる。




 うーん。一応筋は通っているか?でもこれが正しいとちょっと困る。


 この仮説が正しい場合、魔法の威力は生物が保持するエネルギーの量で決まる。ぶっちゃけると、でかい=強い。


 え、じゃあ何? 筋肉もりもりのマッチョマンと華奢な女の子なら前者のほうが魔法が強いってことか?筋トレして筋肉つければ魔法の威力もあがるってか? それなんて魔法(物理)?


 あーでも確かにでかい魔物のほうが魔法の威力高かった気がする。蟷螂とか。……状況証拠がどんどん揃ってきてるな。




 なんてこった。それじゃあオレの魔法もこれ以上強くならないんじゃないか? だって女王蟻になった時点で成長しきったってことだし。


「いやいやいやいあいあいあいあ。ファンタジーならもうちょっと夢見させてよ。ロマンは何処だよ!」


「ろまんはイガの中にある」


「そりゃマロンだ! なんでダジャレなんか知ってんだよ!」


 いいやまだだ。オレは諦めん。この仮説が間違ってるかもしれないし、もしかしたらこの世界には魔法文明みたいなものがあって物凄く強力な魔法を使えるようになる方法があるかもしれん。魔物、しかも蟻になってしまったんだ。それくらいの特典があったっていいだろう。


 儚い希望であることは理解しているけどな。この世界はきっと甘くない。

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