第17話 百合フィールド全開!

「NIFすごかったなー」

「デビュー前なのにトレンド入りしてたしな」

 一日たってもまだ、俺たちの熱は抜けていない。


 アスリートでもアーティストでも、全盛期を知る人たちが口をそろえて、

「あの頃の誰々はすごかった」

というのと同じような感慨深さを、俺たちは僅か十七歳と十八歳にして味わっていたのだ。


 そう考えると、「オタクは非リアだ」と言っている奴よりも俺たちの方が、人生を楽しんでいるように思う。


 「お前、リナちゃんにちゃんと感想言ったか?」

「おう」

「喜んでたか?」

「ああ。見に来てくれてありがとうだと」

「それは尊いな」

 四角いフィールドを走り回って、爆弾を置いて敵を爆破する何とも物騒なゲームをしながら、長田が言う。


 尊いというのは、萌えと同じような感じの言葉だ。オタクは普通にただの形容詞として使っているが、オタクでない人にはどうにもなじみがない言葉らしい。


 クラスの男子が体育館で準備体操をしている女子を見て、

「志田マジ可愛いよなー」とか「橋本の胸は世界を救う」

などと言っていた時に、

「そんなに、女子高生って尊いか?」

と大きめの声でつぶやいてしまって、冷たい目を向けられたし、オタク以外の人が使っている場面に出くわしたこともない。


 だが、「尊い」「エモい」「萌える」「死ねる」など、もはや専門用語かと言いたくなるような変な言葉だけでも普通に会話が成り立ってしまうのが、我々なのだ。推しという沼に自ら踏み込んだ者(オタク)だ。


「そういや、璃奈今日は休みだって言ってたから、今部屋行けば居るぞ」

リナちゃんリナちゃんとあまりにもうるさいものだから、そう言ってやった。

「うえぃ」

何やら、サル目の獣のような変な声を出しながら、長田が飛びあがる。


 さっきまであぐらをかいていたのにその状態から瞬時に飛び上がる辺り、こいつはどこかの尊師なのかもしれない。


 だが、こいつの奇行は変な声を上げて飛び上がるだけでは済まないらしく、さらには俺のコントローラー(俺が勝ったものだが、いつも俺が使っている奴ではなく、暇を持て余したときに璃奈が使ったり、長田や志田が使ったりするものなので、あまり自分のものだという感覚はない。ちなみに、璃奈がたまに使うという話は、聞くと大興奮してしまう恐れがあるため、長田には秘密だ。)を放り投げて、コップのコーラをひっくり返しそうになりながら、あと三十キロくらい体重があればブレイブ・ブロッサムズのバックスになれるのではないかと思うほどの速さでドアへ突進し、そのくせにものすごい静かに、ダンベルを持って筋トレしているときのような遅さで右手を動かし、璃奈の部屋をノックした。


 「なに?お兄」

まで言ったところで、璃奈は部屋のドアを開けた。続ける予定だった言葉は「ちゃん」だと思うが、それを口に出すことはなかった。

そのおかげと言っては何だが、俺は妹に「お兄」と呼ばれるという何だか二次元的な体験をした。


 「あの、勇人の友達の長田です。先日のライブが、大変すばらしかったので、それを伝えに参りました。」

なぜか、長田は璃奈にへこへこしている。俺は経験がないのでわからないが、年上の人にへこへこされるのは、気持ちの良いものではなさそうだ。


「あ、はい。ありがとうございます。」

長袖のTシャツの袖を掴んで、璃奈もしどろもどろになっている。璃奈が人見知りなのもあるが、見ず知らずの人にいきなりそんなことを言われたら誰だってそんな反応をするだろう。


 「こいつ、何年も前から、お前のファンなんだ。それでこんなに縮こまってんだ。」

「そんな冬の息子みたいなこと言うなよ」

俺が二人が気まずそうにしていたのを見て、横から出してあげた助け船を、長田がことごとく沈めた。


 バルティック艦隊を沈めた将軍も、アルマダを破ったエリザベス1世も勝てないし、40日も続いた大洪水を生き延びたおじいさん(900年も生きたらしい)も、どうすることもできないような沈め方だ。


 諸葛孔明でも黒田官兵衛でもないくせに、大したものだ。


 しかし、「息子」などという下賤な言い方を璃奈が知らなかったおかげで、二人の間の空気感は、冬の北海道から春の沖縄くらいの変化を見せた。


恐らく知っていた場合は、北海道から海王星くらいの冷え込みだったはずだから、これはかなり幸運だ。


 「ごめん。リナちゃん。変なこと言っちゃって」

「いえ、そんな」

「立ち話でもなんだから、璃奈俺の部屋来いよ」


 こうして璃奈と長田は、アイドルとそのファンがアイドルの自宅でゲームをするという本来であればものすごい金額が設定されそうなイベントを、開催することになったのである。


 「コントローラー二つしかないから、負けたら交換な」

俺は左右を交互に見ながら言う。


 右には長田、左には璃奈だ。


 俺が妹を守るためにとかそういう風に色々考えてこういう席順にしたのではない。俺の呼びかけの後に、まず長田がウキウキ気分で不自然に思えるほどに地球を愛しているジブリの女の子の様な足取りで、俺の部屋に入り、続いて俺が部屋に入り、璃奈が自室の電気を消して、下に降りて冷蔵庫から紙パックのレモンティーをとってから俺の部屋に入ってきたことが原因だ。


 まぁ、簡単に言えば座った順であって、恣意的なものではないということだ。

「おう」

「わかった」

 二人とも、コントローラーを握り締めて、かなり力の入った表情をしている。今から始めるゲームが格ゲーであるということもあるのかもしれないが、長田は手加減しつつ璃奈に引かれない程度に実力を出そうと作戦を練っているのだろう。


 だが、そんな心配は無用だ。この格ゲーはそもそも璃奈の物で璃奈はかなりやりこんでいるのに対して、長田はゲームはするものの格ゲーは、ほとんどしないのだ。俺にも勝てないのに、璃奈に勝てるはずもない。


 一分も経たない間に、勝敗は喫した。長田の適当な連打攻撃は、璃奈にことごとくガードされ、逆に璃奈の攻撃はプロ―モーションビデオのように鮮やかに決まった。

「リナちゃんってゲーマーなのか?」

「このゲームは璃奈のだ」

「まじか。ゲーム女子っていいわー」

などと、負けたくせに上機嫌で俺に耳打ちして、長田は俺にコントローラーを手渡した。スポーツ、シューティングなどジャンルを問わず、プレイヤーがキャラクターを操作して勝敗を決めるタイプのゲームでは、負けた方が不機嫌になったりするものだが、そうならない辺り長田は大人なのかもしれない。そう俺は思った。


「リナちゃんに負けるとかマジ金払ってもいいレベルだな」

ニヤニヤしながらそうつぶやく長田は大人などではなく、ただのドⅯだった。 



 「そういや、古文の宿題どこまでだ?」

「光源氏がなんか幽霊屋敷的なところに行く話までだな。」

「源氏物語の、夕顔か」

「そう、それ。」

「じゃあ俺もうすぐ終わるわ」

「マジかよ。俺徒然草までしかやってないぞ」

「それやらなすぎだろ。またあのババアにネチネチ言われるぞ」

「うげえ。」

 璃奈が部屋に来て三人で格ゲーを始めてから一時間後。


 俺と長田は、本拠地でありホームタウンであるいつもの座布団の上を追い出されて、ベッドに座ってスマホを見ながら、宿題だとか受験だとかアイドルだとかゲームだとか世界平和だとか様々な議題を真剣に議論し、交流を深めていた。というと国会まではいかなくとも、PTA総会よりはましな話し合いをしていそうな雰囲気だ。


 しかし、実際のところは普段通りのどうしようもなくつまらない話を夏の浜辺のマーメイドのような姿勢で、スマホを見たり、一時間ほど前まで俺たちが二人でゲームをしていたディスプレイを見たりしながら話しているだけだ。


要するに、甲子園だとかインターハイだとかを目指している奴らと同じくらい高校生の夏休みを満喫している。ということだ。


 眼下では、志田と璃奈が格ゲーをしている。

 俺たちが三人でやることにしたのと同じタイトルだ。


こうなったのを説明するために、時は三十分前に遡る。



 俺と長田は疲れ果てていた。

 試合数で考えれば、一番疲れているのは璃奈のはずだが、そんな様子は微塵も感じられない。それもそのはず。璃奈は、俺と長田を交互に蹂躙するだけで、RPGで次の村に行かずにそこら辺の草むらで経験値稼ぎをするときのように、俺と長田を倒しているだけなのだ。


 そんなところに来客があった。


「女子会だと聞かされて行ったら、実は合コンで、それが嫌で逃げてきた」という何だか美少女にしか体験できないような理由で、志田がやってきたのだ。


志田は部屋に入るなり

「璃奈ちゃーん久しぶりー」

と言って璃奈に抱き着き、

「水希さん久しぶりー」

と璃奈もハグを返していた。


 それを見た長田は目を白黒させ、二人は知り合いだったのかと尋ね、俺は志田が俺の家に初めて来た日に、璃奈と会ってそれからずっと友達みたいな感じでたまに二人で出かけてることなんかを説明する羽目になった。


 四人になったということで、蹂躙される人が一人増えたと喜んだ俺と長田だったが、志田がこのゲームのファンで、このゲームを璃奈にすすめたのも志田だということが判明した。


 俺も長田も、志田はゲームをほとんどしないと思っていたが、兄の影響で格ゲーだけは別らしく、二人の久しぶりの対戦から始まり、勝負は俺たちとやっていた時とは同じゲームとは思えないほど白熱した。


 そして何よりも二人が百合フィールドを展開していたので、使徒でも何でもないせいでフィールドを侵食することも中和することもできない俺と長田は、今のようにベッドの上でマーメイド状態に落ち着いたというわけだ。



 それから夕方まで二人はゲームを続けて、俺と長田はマーメイド状態を続けた。

 それにしても、男子高校生のマーメイドは華が無く、生足魅惑のマーメイドとは程遠いものだった。


 そう説明すると俺と長田はかなり不遇な扱いを受けているのかもしれないが、前の二人に話しかければ普通に答えてくれたから、普段喋るのとそれほどの違いはなかった。



 「長田さんって面白いね」

 もう夕方だし帰るわと帰っていった長田を玄関で見送ってから部屋に戻ると、璃奈が言った。


 「まぁ友達にするにはいいな」

「なにそれ」

「そのままだ」

趣味が合って、話が合う。友達として求める要素は他にはない。これで俺の方がイケメンだったら完璧なのだが、そうでない辺り、神様は俺には厳しいみたいだ。


「璃奈のこと、長田さんに秘密にしてたの?」

「ああ。あいつお前のファンだからな」

「だったら、教えてあげればよかったのに」

「ファンとアイドルが知り合いってのはあんまりよくないだろ」

「そうかも」


 それだけ話をして俺と璃奈は夕食のテーブルに座った。

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