缶詰を開けたら周囲は海だった

武志

第1話 二年前の出来事

 それは私がとある街の電気店に、立ち寄った時だった。思えば、あの電気店は……いや、その前に――あの街は少し変わった街だった。街じゅう電気店ばかりで、まったく流行っておらず、古くさく、時間が止まっていたような気がする。その街は静かだった。


 鉄橋を見上げると、電車が走っていた。ただだだっ広く、電気店があるだけの街。その電気街の道の奥に、その電気店はあった。

 数ある電気店の中でも、とくに奇妙である。店はシャッターで半分閉めてある。しかし、店は開店している。半分閉まったシャッターには、毛筆で、「くぐれ。客以外お断り」と書いた貼り紙がしてある。


 開店していることを示すのは、店の前に置いてある、回転式の電光看板だった。その看板も奇妙な代物で、文字は横やら縦ではなく斜めに移動し、青や緑、黄や緑、紫とケバケバしい色の文字をギラギラ光らせていた。小さい店だ。電気店であることは確かだった。私はその店の噂を聞いていた。大変不思議な品物を売るというのである。興味があったのだ。

 私は貼り紙に書いてある通り、半分開いているシャッターをくぐった。


 シャッターをくぐり抜けると、たくさんのガラクタが私を迎えた。そこは細い道だ。住居の裏庭のようなところで、しかも屋根がついており、薄暗い。道を埋めつくすガタクタは、人形やおもちゃ、ノート、紙切れ、扇風機、パソコン、柱時計や腕時計、鉄くずなど。いや、もっと奇妙な物もあったが、私の知識の範囲外の物だった。

 その奥に扉があり、私はドキドキしながら扉を開けた。ほこりが舞って、中が見えた。いきなり真正面にカウンターがある。そのカウンターの机の後ろには、奇妙な中年の男が新聞を読みながら、ラジオを聞きつつ、座って店番をしていた。湯飲みに入った茶を飲んでいる。


「すみません」


 私は、どぎまぎしながらその店員に言った。店員は聞こえていないようすだ。聞こえないふりをしているのか。彼の髪は黒くボサボサで、アロハシャツを着て、三角の奇妙なメガネをかけている。常にブツブツ言い、私のことなど眼中にない感じで、新聞を読みふけっている。

 私は仕方なくもう一度言った。


「すみません」


 店員は私の方を見た。口を開いた。


「ああ、客か」

「ええ」


 私が言葉を詰まらせながら言うと、彼は言った。


「売るものは」

 彼は突然言った。「一種類しかない」


 店員の男は奇妙な缶詰を、奥の棚から出してきた。やけに汚らしい缶詰だ。シーチキンでも入っているような、サバの水煮でも入っているような、お馴染みの形の缶詰である。缶詰にはご親切にタブがついていて、缶きりがなくても開けられるようになっていた。


 店員は言った。


「ここで開けていけ」


 私はオドオドとうなずいた。今思うと、そんなに怖がる必要もなかったが――。私は力任せに、缶詰のタブを引っ張った。缶詰は思いのほか、気持ちよく開いた。


 気付くと、周囲は海だった。

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