第190話 オクト岩礁の奪還 その1

 オルランドを出港したドラゴナヴィス号とティグリス号は、真直ぐにオクト岩礁に向かった。現地ではカプラ号が連絡船の封鎖を行っているので、赤毛のゲーリックへの情報流出を心配する必要はない。オルランド港にスパイがいたとしても連絡する間も無いだろう。

 出航準備は整っていたので、とんぼ返りのように再び出航するティグリス号は別にして、ドラゴナヴィス号は落ち着いていた。

 また遅れまいと再び出航したサン・アリアテ号も想定の範囲内だったのか、慌てる様子も無く2艦に続いて出航したのだった。ただ食料も飲料水も積み込む事が出来なかったので、長旅にならないようにミゲル・ドルコ船長はやきもきしているに違いなかった。


「よし、このままオクト岩礁に直行する。北方の海上で待機しているカプラ号に合流してくれ、グッドマン船長」

「了解した。進路そのまま、全帆を開けろ。ようそろう!」

「総員、帆に着け、ようそろう!」


 グッドマン船長の指示がドラゴナヴィス号に拡がって反唱され、船全体がひとつの生き物のように動き始めるのをアダムは感じた。


「略奪船を3隻撃沈した話は、直ぐに港じゅうに拡がって、入港したアラミド中尉やミゲル・ドルコ船長は英雄みたいに歓迎されたらしいよ」

「海軍がやられてから、打って出れないのは鬱屈するからな」

「はは、迎えに来た港湾関係者にアラミド中尉が、ミゲル・ドルコ船長が勇猛果敢にデルケン船に向かっていったと称え上げたらしいぞ。その時ミゲル・ドルコ船長が一緒に居たら、どんな顔をするか見ものだったろうぜ」


 船員から聞いた話をビクトールが言うとアダムとドムトルが思惑通りだと喜んだのだった。


 ◇ ◇ ◇


「ふん、直ぐに出て来たのはティグリス号も同じなんだ。こちらと同じ状況の護衛艦が一緒なら、あまり無茶はしないはずだ」


 ミゲル・ドルコ船長は強がりを言うが、ティグリス号の分まで食料や飲み水をドラゴナヴィス号が積み込んでいる様なら、長旅で振り落とされる事になる。とにかく奴らに付いて行って、機会をうかがうつもりのミゲル・ドルコ船長だった。

 しかし、ミゲル・ドルコ船長の杞憂は直ぐに晴れる事になった。元々沖合に遠くから見えていたオクト岩礁が近づいて来て、カプラ号がその北方に待機しているのを見ると、ドラゴナヴィス号の目的地がはっきりしたのだった。


「おいおい、こんなに近いのか? ギーベルに連絡する余裕もないぞ」


 ミゲル・ドラゴ船長はギーベルと打ち合わせも出来ない内に戦闘に入るのが気になった。当然赤毛のゲーリックに連絡が入る前に戦闘が始まる訳で、後から話を聞いた赤毛のゲーリックはどう思うだろうか。

 サン・アリアテ号はデルケン人の略奪船を3隻も撃沈する手助けをした後で、赤毛のケーリックの重要拠点を奪う手伝いをする形に見えるだろう。オクト岩礁の守り次第だが、サン・アリアテ号が裏切る機会も無いまま拠点が奪還されるようだと、いくらギーベルのとりなしがあろうが、本当はデルケン人の味方などと言っても信じて貰えまい。


「こうなれば二股膏薬ふたまたこうやくは俺の常套手段じょうとうしゅだんさ。成り行きでデルケン人が負けるようなら、やっぱりデルケン人の船を狙うしかあるまいよ」


 サン・アリアテ号の船橋でミゲル・ドルコ船長が呟く声を魔素蜘蛛のゲールが聞いていた。転んでもただでは起きないぞと、情勢を見極めるべく望遠鏡を握るミゲル・ドラゴ船長だった。乾坤一擲けんこんいってき、情勢の分かれ目にでも立ち合えれば、いつでも身を翻し、人の信頼を裏切る事を厭わない。この自分勝手な貪欲さがこそが、今の彼をエスパニアム王国で一番の私掠船船長として名前を高めさせている所以なのだった。


 ◇ ◇ ◇


 オクト岩礁は中心となる一番大きな女島がポトリと落ちた雫で、上方にかいなを拡げた様に凹形に開いた天然の港を擁している。女島の南側の高台に見張り台兼狼煙台のろしだいがあった。島と言っても大きめの岩礁で、木も草も生えていない。元は火山活動や地震の隆起で出来たものと思われた。

 その女島の周りを飛沫のような岩礁が取り巻いている。中でも大きめの北の岩礁(男島)に2つ目の見張り台があった。ここは港の入口の監視をする場所で、日中は数人の見張りが常駐しているが、寝泊まりするような広さは無く、女島の高台にある詰所から交代勤務で人を送り込んでいる様に思われた。

 オクト岩礁の周辺も偏西風の影響を受け、基本的に北西の風が吹くので、デルケン人の船を見た時に動き易い様に、カプラ号は北側の岩礁(男島)から更に500mくらい北方の海上に待機していた。


 ドラゴナヴィス号が近づいて停船すると、同じようにティグリス号も近くに停船した。

 アダムが艦橋から見ていると、ティグリス号とカプラ号の艦載ボートが海面に降ろされ、それぞれの艦長を乗せて近づいて来るのが見えた。左舷に近づいたボートから舷側の縄梯子に飛び移ったアラミド中尉が、波に揺すれる船腹を危なげなく登って来るのが見えた。続いて交代したクーツ少尉が上がって来る。2人の艦長は慣れた感じで挨拶を交わすと、そのまま艦橋へ向かって歩いて来たのだった。


「クーツ少尉、ご苦労様。状況を説明してくれ」


 マロリー大佐が早速報告を求めた。


「カプラ号はオクト岩礁から更に東の沿岸を哨戒した後、連絡船の封鎖任務に就きました。オクト岩礁に戻って来た時に、オルランドに向かうティグリス号とサン・アリアテ号を視認しているので、それ以降の連絡船の寄港を許してはいません」


 クーツ少尉の話では、2度ばかり近づいて来たデルケン人の船に敵対旗を出して威嚇したところ、相手は無理をせずに戻って行ったと言う。


「ビクトール、敵対旗って何?」

「ドムトル、国際法上、突然襲ったら海賊行為になるのさ。宣戦布告ではないが、交戦の意思を明確にして攻撃するのが、文明国のルールなのさ」

「うへぇ、馬鹿みたいだな。略奪船は知らんぷりで攻撃して来るのに、こちらは文明国のルールを守るのか?」


 小声でドムトルがビクトールに質問して、小さく悪態を吐いた。聞こえていたかどうか分からないが、マロリー大佐は話を続けた。


「赤毛のゲーリックの本隊がどこにいるか分からないが、その船の連絡を受けて急いで救援部隊を出しても風(偏西風)の関係で間に合うまい。直ぐに攻めるのが良策だな」


 マロリー大佐はジョー・ギブスンに向き直り、目で確認をした。同意を確認したマロリー大佐は、エクス少佐、アラミド中尉、クーツ少尉に作戦の開始を命じた。


「では作戦の第一段階に入る。エクス少佐、ドラゴナヴィス号はオクト岩礁の西側から近づき、女島の高台にある見張り台兼狼煙台を砲撃する。続いて港内の船舶を砲撃して撃沈する。クーツ少尉のカプラ号は今の位置から南下をして男島の見張り台を砲撃する。アラミド中尉のティグリス号は東側に回り込んで港内の船舶を砲撃してくれ。それぞれの被害状況を確認して、私が第二段階を指示する。

 第二段階は、まずドラゴナヴィス号は2艇の短艇に分乗して女島に上陸、高台の制圧を目指す。カプラ号は短艇で北の岩礁(男島)の見張り台を占拠し、港内の船舶が外に逃げるのを極力阻止する。アラミド中尉のディグリス号は港内から逃げる船舶を撃沈もしくは拿捕する。母島の西側にドラゴナヴィス号が居るので、逃げるとすれば東側から港を出て来ると思う。砲撃で無傷とは行かないだろうが、赤毛のゲーリックに危急を告げるために、決死の覚悟で出て来る船もあるだろう。では、何か質問は?」

「マロリー大佐、サン・アリアテ号へは何か連絡しますか?」


 真っ先にアラミド中尉が手を挙げて質問した。サン・アリアテ号を放置しておいて良いのか疑問だったのだろう。


「そうだな、、、アラミド中尉、君からボートを送って、一緒に東側で狩りをしないかと誘って見てくれ。見える所に居て貰った方が良い。但し、いつ裏切るか分からないと思って、絶えず背中には気を付けていてくれたまえ」

「分かりました」


 次にアダムが自分たちの役割を確認して質問した。


「マロリー大佐、我々は何かすることはないですか?」

「アダム君には是非神の目を飛ばして、上空から俯瞰した戦況を絶えず報告して欲しい。サン・アリアテ号のミゲル・ドルコ船長の動向も見逃さないようにな。それとアンさんには船医と協力して怪我人が出た時の救護班を助けて欲しい」

「分かりました」

「了解しました」


 マロリー大佐は全員を見回し、気が付いたようにアメデーナに協力を求めた。


「あとヘルヴァチアの傭兵団で、ソフィケットの護衛以外に余力があればだが、、、実戦経験を生かして、上陸部隊を指揮するハーミッシュ・ジュニアを手助けして欲しいが、どうかな」

「分かったわ。トニオを参加させるわ。トニオ、お願いね」

「了解した、お嬢。ぱぱーッとやって来るぜ」


 そこまで来てドムトルが不平を言った。


「えー!?、俺はなにするの? つまんねぇぜ。マロリー大佐、俺も一緒に行っていいかい?」

「うーん、七柱の聖女とその仲間はある意味お客様だから危険を冒して欲しくないのだ。それに君らは国際的にも影響力があって有名だから、むしろこの戦いをしっかりと第三者として見ていて、色々な場で正確に伝えて欲しい。それこそ、攻められ続けていたネデランディア公国が、ジョー・ギブスンとデーン王国の協力を得て反撃を開始したとね。そしてこの戦い以降、横暴なデルケン人は北海から駆逐されるだろうと告げて欲しいのだよ」


 苦し気なマロリー大佐の説明にジョー・ギブスンが補足した。


「マロリー大佐にお願いしたのは私なんだよ。ソフィケットを無事救い出し私の手元に連れて来てくれた。君たちは恩人だ。ここからの戦いは砲弾が飛び交う戦場だ。その中に飛び込めば何が起こるか分からない」

「マロリー大佐にジョー・ギブスン、我々は騎士団に所属して毎日訓練をして来た。セト村に居た時から実戦にも参加して戦果を挙げている。上陸部隊を指揮するハーミッシュ・ジュニアよりも実戦経験が豊富なんだ。何もしないで見ているだけなんて出来ないぞ!」

「そうです。私もガストリュー子爵家の末弟です。貴族としての名誉と義務を担っています。戦いを恐れていては使命を果たせないでしょう」


 ジョー・ギブスンは見た目に幼いアダムたちを気遣ってくれたようだが、ドムトルもビクトールも危険を恐れてはこれからも何も出来ないと反論するのだった。


「マロリー大佐、ジョー・ギブスン、彼らは私が預かります。ドムトル、ビクトール、私と一緒にティグリス号に乗って戦おう。砲撃士官の助手として海戦に参加してくれ」


 アラミド中尉が呼び掛け、2人はアラミド中尉のボートに同乗してティグリス号に向かう事になった。


「おい、アダム。俺が港内の船を全部沈没させてやるからな。海戦の手柄は独り占めだぞ!」

「はは、アラミド中尉の話を良く聞けよ。無駄玉は撃つな。ビクトール、ドムトルが無茶をしない様に見張っていてくれ」

「、、、何で俺だけお守りなんだよ。よし、俺も砲撃で頑張るぞ」


 2人は喜び勇んでボートに乗り込んだのだった。

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