第184話 ガント・ドゥ・ネデランディア その1
当主であるガント・ドゥ・ネデランディアに謁見するように連れて来られたのは、公爵館の執務室だった。執務室では窓際に置かれていた執務用の机が取り払われ、大きなベッドが置かれていた。ガント・ドゥ・ネデランディアはそこに半身を起こして執務を執り行っていた。
「お祖父さま、ジョー・ギブスンとソフィケット、そして七柱の聖女とその仲間をお連れしました」
今しもアダムたちがハーミッシュ・ジュニアに伴われて入室した時も、ガントの周りには数人の実務担当者が立ち、ガントから詳しい指示を受けていた。ハーミッシュ・ジュニアからの掛け声に皆が後ろに退き正面を開けると、苦し気に苦痛を堪えたガントの堅い表情が見えて、彼が誰にも人任せにせず公国を背負っている実情が良く伝わって来るのだった。
部外者との面談と言う事もあり、ベッドの脇に控えていた主治医らしい男性が、ガントの容体を改めて確認し、近づいて来たジョー・ギブスンに頷いて見せた。
「ガント・ドゥ・ネデランディア、あなたとマルクに約束していた事を果たしにやって来たよ」
「やあ、ジョー・ギブスン、久し振りだ。すまんがこっちにもっと寄ってくれないか」
広い執務室には応接用のソファや小会議用のテーブルもあって、その辺りに思い思いに座ってガントを見守っている幾つかのグループがあった。オルケンやザハトたちのグループだろう。アダムたちが大勢で連れ立って入って来るのを見て、その内の主要な人間が立ち上がってベッドサイドに近づいて来るのが見えた。
「ふふ、無様なものだ。こうやって皆に見守られながらでなきゃ、仕事も出来ないのだからな。懐かしいな」
「いや、実際にお前の顔を見て安心したよ。色々人伝の噂話ばかり聞こえて来て、実は心配していたんだ。聞いているだろうが、やって来たお前の所の執事にソフィケットを渡して大変な目にあってしまった。今回は自分の目でお前の考えを確認しなければと直々にやって来たんだ」
「いや、すまなかったな。三男のザハトにはしっかり怒って置いたが、ソフィケットは俺たちを繋ぐ要石だ。俺とお前と死んだタルクス・ドゥ・ポンメルンをな」
ガント・ドゥ・ネデランディアはそう言うと目を瞑ってベッドに背をもたせ掛けた。神聖ラウム帝国や諸侯の助けはあるが、それはネデランディアがデルケン人との防波堤だからだ。当たり前のように他人が助けてくれる訳ではない。だが、古い友人が新たな戦力を持ってやって来てくれた。
ジョー・ギブスンの目にもガントの目が潤み、強い自制の殻にほころびを見た気がしたが、年老いた為政者である頑固な男は、そんな自分の反応が認められないのか、グッと堪えて強い目でジョー・ギブスンを睨みつけたのだった。
「それで、どうなのだ? その実力は」
「ふふ、期待以上の出来たぞ。それに、、、ソフィケット、おいで、、」
ジョー・ギブスンはソフィケットをベッドの横に立たせると、ガントに挨拶をさせた。おずおずと近づいて来たソフィケットだが、大きな瞳が好奇心でくりくりと動くのを見て、ガント・ドゥ・ネデランディアは骨ばった大きな手を伸ばして頭を撫でた。
「おお、新しいオルランドの命だな。愛おしいな、まだまだ頑張らねばな」
「それに、ソフィケットを助けてくれた七柱の聖女とその仲間が初戦を助けてくれることになった」
ジョー・ギブスンがアダムたちの事を告げ、後ろに控えていたアダムたちを紹介すると、ガント・ドゥ・ネデランディアは大きく頷いた。
「早馬の連絡を受けて聞いている。そうか、お前達があの有名な七柱の聖女とその仲間か」
「初めまして、リーダーのアダムです。運よくソフィケットを助ける事ができたので、もう少し彼女の行く末を見守りたいと付いて来ました」
「そうか、お前たちが助力してくれると言うことは、隣国のオーロレアン王国にも見捨てられてはおらぬと言う事だな。、、、ジョー・ギブスン。俺には時間がもうあまり無い。酒食の宴で歓迎したいが非常時だ。早速ドラゴナヴィス号の運用について具体的な話をしたいが良いか?」
ガント・ドゥ・ネデランディアは改めてジョー・ギブスンを見据え強い口調で言うと、同意を求めてアダムたち全員を見渡したのだった。
「当たり前だ。俺は2つの目的をもってやって来た。ひとつはソフィケットの行く末をお前の目を見て確認することだ。二つ目はタルクスの意思を継ぎ、マルクとお前に約束した最新鋭の新造艦を引き渡す事だ。一つ目の目的は確認出来た、後は二つ目の目的を果たし、この国の基盤を揺るがない物にしなければ一つ目の目的も結局は果たせなくなる」
ジョー・ギブスンは直ぐにでも戦力としてドラゴナヴィス号が使えるように、デーン王国海事傭兵団『鉄の心臓』を軍事顧問として契約し、2艦の護衛艦も引き連れてやって来た事をガントに告げると、グッドマン船長とマロリー大佐を紹介して、直ぐにでも話し合いが可能だと答えた。
「お待ちください、父上。我々も同席して意見を言わせてください。ジョー・ギブスンさん、次男のオルケンです。お久しぶりです」
「三男のザハトだ。俺が雇った執事が敵の手先だと見抜けず申し訳ない事をした。改めてご挨拶したい」
周りに座って控えていたグループからリーダーとして立ち上がって近寄って来た2人の男が話し掛けて来た。
それぞれ40代の半ばを過ぎた感じだったが、次男のオルケンは軍服姿のがっしりとした偉丈夫だった。父親譲りの頑固そうな眼は何も見逃すまいとしっかりとアダムたちを見つめている。
それに比べると三男のザハトは穏やかな笑みを浮かべてその後ろから近づいて来た。にこやかな表情とは別に、冷静な眼が値踏みするようにアダムたちを見据えている。その隙の無い雰囲気は弁護士か何かのように見えた。
「ちょうど良い、お前たちも聞いてくれ。ソフィケットは次男のオルケンの養女にするつもりだったが変える。今、彼女とジョー・ギブスンを見て、改めて彼女が我が家とギブスン商会、ポンメルン家を繋ぐ要だと悟った。彼女はわしの養女にする。その上で、ハーミッシュにポンメルン家の跡を継がせ公国の海軍を立て直させる。そしてゆくゆくは彼女の意思次第だが、ソフィケットをハーミッシュの嫁にしたいと思う。ネデランディア家とポンメルン家は一体だ。それに『水竜の末裔』の血統は外には出さん」
ガント・ドゥ・ネデランディアは力強く宣言すると、ジョー・ギブスンとソフィケットに笑いかけた後で、2人の息子に同意を求めるように見詰めたのだった。
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