第175話 船上の作戦会議 その2

「それでは、本題に入りましょうか。今回はこれからの航路と軍事作戦について話し合いたいと思います」


 ジョー・ギブスンが改めてマロリー大佐を見て言った。


「デーン王国政府からの親書を読まれましたか? 我々が期待されている軍事作戦も記載されていると聞いていますが、、、」

「ええ、読みました。オクト岩礁の偵察任務とありましたが、随分表現があいまいで、具体的にはマロリー大佐の話を聞いて欲しいと記載されていました。でも私としては軍事行動を起こす前に、まずオルランドまで行き、ネデランディアの海軍研修生を乗船させたいのです。ネデランディア海軍の強化の前に、余分な軍事行動で船を失う訳にはいきませんからね」


 マロリー大佐はジョー・ギブスンの厳しい目を受け止め冷静に答えた。


「分かっています。実際に攻撃して奪取する時には、我々も戦闘要員をもう少し載せて万全を期したいと思っています。しかし、ネデランディア軍との共同作戦としては非常に有効で、北海航路の安全確保のためにも優先すべき目標だと考えています。今回は偵察だけでも行っておきたいと考えているのです」

「オクト岩礁に彼らの拠点があることで、ネデランディア軍の行動が随分阻害されているのは認識しています。同時にデーン王国の軍船にとっても陸地の拠点はなかなか攻めにくいでしょうからね」

「あの、オクト岩礁と言うのは何なんですか?」


 アダムたちが疑問に思っていた事を聞くと、二人は顔を見合わせた。


「マロリー大佐、私からお話ししても良いですか?」

「ああ、エクス少佐、頼む」

「アダム君、オクト岩礁と言うのはネデランディアの北西沖にある群島なんだ。島と言っても樹木も生えて居なくて、食料も飲み水も自足できない岩山なので岩礁と呼ぶんだ。でも岩礁に囲まれて天然の港がある。昔から北海漁業の漁師や密輸業者の休憩場所になっていた。そこに目を付けたウトランドのデルケン人が、地震で隆起したと思われる岩山の頂きに見張り所兼狼煙台を作った。それが北海航路の障害になっているんだ。ネデランディアの灯台と見間違えて寄って来る商船を襲ったり、デーン王国の海軍が追って来たデルケン人の船が逃げ込んだりと、ウトランドのデルケン人がネデランディア侵攻の足掛かりにして来た島なんだよ」

「でも、そうしたら、これまでだって攻め落とそうとしたんじゃないか?」

「ああ、ドムトル君の言う通りだ。だかこれまでは攻め落としても有効な守る手段が無くて、また奪還されていたんだ。だが、今回我々には新開発した長砲と焼夷弾しょういだんがある」


 エクス少佐によると、これまでの艦砲の長砲は飛距離が490mだったが、陸地に設置することを前提に土台を改良して、飛距離を1,000mまで伸ばしたものだ。焼夷弾しょういだんというのは、大砲に詰める砲弾を焼いて熱するもので、艦砲としては危険で使用できなかったが、持ち運び用の簡易焼却炉を開発したと言う。この頂上の見張り台に設置できれば、近寄って来る木造船は悉く焼き討ちできるだろうと自信をもって話したのだった。

 デーン王国を出航する際に積み込んだのだろう。ジョー・ギブスンは知らなかったようだった。今回の軍事協力には暗黙の了解のような部分があって、お互いが共通の利害の為に手を尽くすことを邪魔しない代わりに、裏切らない事を約しているようだった。


「それは占領後はネデランディア軍の管理下になると考えてよろしいのですよね」

「勿論です。但し、デーン王国海軍との不戦協定を結ぶことが前提です」


 マロリー大佐が即答した。


「どうでしょうか、今のネデランディアにはウトランド人との和平を望む者もいると聞いています。それは今の段階で私がお約束は出来ないように思われますが、、、」

「ええ、分っています。だからこそ、我々はオクト岩礁をまず占領して、ネデランディアにはウトランド人との対決姿勢を鮮明にして欲しいのです」

「私はオーロレアン王国の商人であって、ネデランディア人ではありませんよ。私が承認しても役に立たないでしょう」

「いえ、我々はそうは考えておりません。確かにネデランディア公国は神聖ラウム帝国の中でも一番大きな公国で、皇帝を含め諸侯も支援しています。だが、陸戦部隊を幾らかき集めても海岸線を侵攻して来るデルケン人を止める事は出来ないでしょう。そのためにはまず海上で彼らを止めなければなりません。今回あなたが造って与えようとしている新造艦が鍵を握っているのです。我々が協力しさえすれば彼らを海上から封鎖して、動きを止める事が出来ます。それは北海航路の安全を守ることでもあり、ジョー・ギブスンさんにとっても重要な課題だと思いますが、違いますか」


 それについてはジョー・ギブスンも承知している。ポンメルン家のトマスと約束した時は先のデルケン人の侵攻の前であり、あくまでもデルケン人と戦う事を前提に考えていた。だからこそネデランディアへ貸し付ける形でドラゴナヴィス号を建造したのだ。


「オクト岩礁占領の成功は、ネデランディア国内の主戦派を勢いづかせ、反対にデルケン人には決戦を決意させるでしょう。でもそれは北海の平和と安定のためには避けては通れない事だと、北海航路の船主でもあるあなたなら分かるはずです」


 逆に、デルケン人とネデランディアが手を結べば、デーン王国にとって大きな脅威になる。今回のドラゴナヴィス号の建造も含め、デーン王国が協力して来た好意を踏みにじるものだ。敵であるデルケン人に技術協力したと同義で、デーン王国には到底受け入れられない。そうなればドラゴナヴィス号の引き渡しは受け入れられないとマロリー大佐とエクス少佐は言うのだった。


「でもさ、もしそうなったらドラゴナヴィス号はどうするのさ。ジョー・ギブスンさんも支払った代金が戻って来ない上に船までデーン王国に抑えられたら困っちまうだろう?」

「ドムトル君、心配しなくても大丈夫だよ。この船は最新鋭の外洋船だ。ネデランディアへ引き渡せなくなっても相応の対価でデーン王国が買い上げる。今我々はエスパニアム王国と熾烈な造船競争を演じているんだ。この船は喉から手が出る程欲しいからね」


 そもそもドラゴナヴィス号の建造はウトランドのデルケン人と戦う事を前提に考えられたことで、ジョー・ギブスンとデーン王国の取り決めもそれが前提で成立している。ネデランディア公国の和平派が主導権を取る事を想定していないのだ。デーン王国のお目付け役として軍事顧問となった『鉄の心臓』傭兵団としても、ジョー・ギブスンの覚悟が無い様であれば、ドラゴナヴィス号の引き渡しに同意できないと言うのだった。


「分かりました。そもそもこの船の建造は仰る通り、デルケン人に対抗するために行ったのであって、その時の気持ちに私自身も変わりはありません。今回ソフィケットを乗船させて連れて行くのも、当主のガント・ドゥ・ネデランディアに直接会って彼の意思を確認し、今は無きポンメルン家の友人たちに応える事を目的にしています。デルケン人の言いなりに成るようなら、ソフィケットもそうですが、この船を引き渡す心算はありません。当初のスタンスでやれるところまでやって見ましょう。但し、私が現地を見て、彼らに争いを押し付ける事は止めた方が良いと考えた時には、中止しますのでその心算で居て下さい」

「分かりました。あくまでもこの艦の船主はあなたで、船長はグッドマン船長です。あなた方の同意無くして戦争行為を開始する事はしませんから、ご安心ください。まずはオルランドに行く前に偵察は行います。その奪取は、あなたがネデランディア公爵家の当主であるガント氏と話し合いを行ってからという事にしましょう。但し、彼が和平派に変っているようであれば、この船の引き渡しには同意できませんのでその御積りでお願いします」


 これで今回の航路は決定した。まずオルランド港へ向かい、ネデランディアの海軍研修生を受け入れる。但し、その途中でオクト岩礁の近くを通り、偵察を行う。そして、ショー・ギブスンが公爵家の当主であるガントと話し合い、その意思が変らない事を確認したら、最初の共同軍事目標として、オクト岩礁の占領を行うというものだった。


「アダム、俺たちも一緒に戦おうぜ!」


 アダムたちは、オルランドまでソフィケットを送るのに付いて行くことにしていたが、そこで「はい、さようなら」とは行かないような状況になって来た。ドムトルでは無いが、みんなもドラゴナヴィス号の活躍をその目で見てみたいと思う様になっていたのだった。

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