第173話 ジョシューとの再会

 ドラゴナヴィス号の歓迎式典を予定していた港湾ホールは、ヨルムント港の行事用の建物で、入口の広場には、港へ入って来た船の乗客や乗組員を迎える飲食店や土産物の販売店も建ち並んでいる。今日は珍しい大型の新造船がお披露目される事もあって、いつにもまして港見物に来た雑多な客で溢れかえっていた。


「やっぱり、北海航路の主要港だけの事はあるね。北海圏内の色々な国の産物が売られているよ」

「ああ、スニック、おもしれえよな。金髪碧眼で色の抜けたような北方美人が多いぜ。何かさっきから俺に色目を使って来る女の子が多いぞ」

「気のせいよ、トニオ。あんたたち観光で来たんじゃないんだからね。ソフィケットの警護でついて来たのだから、気を抜かないでね」


 アメデーナがいくら言っても、二人の関心は集まって来ている観光客と同じで、港町の目新しい産物や美しい容姿の外国人に向いてしまう。


「どうしたの、ソフィケット?」


 だが、直ぐにアンがソフィケットの怯えた様子に気が付いた。人混みに入ったせいか、不安そうにアンの手をしっかりと握って、アンに身を押し付けて来たのだ。


「あんな誘拐事件があったんだ。知らない人がこんなに集まっているのを見ると怖いのじゃないか?」

「ビクトールの言う通りだろう。でも、ソフィケットは周りの魔素に敏感だ。何か気配を感じたのかも知れない。ソフィケット、変な魔素の流れを感じたのかい?」


 アダムがソフィケットの目を見て聞くと、ソフィケットは不安そうに答えた。


「嫌な魔素に触れられた気がしたの、、、あの時みたいに」


 アンがすかさず周りの魔素を探って見るが、特に悪意を感じるような魔素の気配は感知できなかった。


「今は感じないわ。でもギーベルの仲間はギブスン商会の動きを見張っているでしょうから、人混みに紛れて偵察に来ていると考えた方が無難だと思うわ」

「よし、早くジョシューに会って船に戻ろう。ジョシューとはドラコナヴィス号が出航するまでは、まだ十分会える時間がある。みんな、周りの気配に気を付けながら行くぞ」


 アダムたちは港湾ホールの入口に向かって急いだのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ギーベルは相手の隙を探って近づいたが、ソフィケットを取り巻くアダムたちが思った以上に警戒しているのを見て、そっと離れたのだった。


「ふふ、いい気なもんだな。これで『闇のカラス』が手を引くと思うなよ」


 ギーベルもソフィケットを奪われた直後は用心して、サンフェル村の北部海岸線に呼んでおいた船に避難したが、直ぐに手下を村に行かせてアダム達の情報を探らせた。村では七柱の聖女の仲間が攫われていた幼女を救出した話で持ち切りだったので、相手がアダムたちだと直ぐに分かったのだった。

 ただ、森の番小屋で対決した赤毛の女は、これまでギーベルが聞いて来た七柱の聖女の仲間とは違う。これはソフィケットの祖父であるジョー・ギブスンが手配したのかも知れない。どうせ、救出したソフィケットを連れて行くのもジョー・ギブスンの所しかないだろう。そう考えたギーベルは別の手下の一人をギブスン商会へやったのも当然の事だった。

 すると直ぐにギブスン商会へやった手下が情報を持って戻って来た。明日にも大型の新造艦ドラコナヴィス号がヨルムントに到着すると言う。ヘルヴァチアの傭兵団『闇のカラス』が請け負った傭兵契約のもう一つの目標もやって来たのだ。誘拐が失敗した事で、どうやらタイミングが重なったようだ。


「武装輸送艦の破壊工作を行い、一緒にソフィケットの奪還を図る。それなら雇用主も怒るまい。何せ雇用主の活躍の場も用意するのだ。赤毛のゲーリックは一石二鳥だと喜ぶだろうさ」


 ギーベルの雇用主はネデランディア公国の三男、ザハト・ドゥ・ネデランディアでは無かった。むしろ三男のザハトは使い捨ての駒にしか過ぎない。ギーベルの狙いはネデランディア公国の主戦派と和平派の争いを激化させ分断し、ウトランドのデルケン人に最終的な勝利をもたらす事と、彼らが求める『水龍の末裔』の血統を引き渡す事だ。それが雇用主であるデルケン人の族長赤毛のゲーリックと交わした雇用契約なのだった。

 ジョー・ギブスンがネデランディア海軍の為に発注した、武装輸送艦『ドラコナヴィス号』の情報収集と破壊工作が同時に彼が受けた依頼内容なのだ。

 彼はそのために、エンドラシル海で知り合ったエスパニアム王国の私掠船しりゃくせんサン・アリアテ号を北海まで持って来させたのだ。エスパニアム王国の誇るこの新鋭戦艦を赤毛のゲーリック率いるウトランド人のロングシップと組ませることで、デーン王国の誇る海事傭兵団に一泡食わせるつもりなのだ。


「これはヘルヴァチアの傭兵団『闇のカラス』の名を一躍有名にするだろう。そう隊長としての俺の名前と共にだ!」


 ギーベルは遠くからソフィケットを眺めながらほくそ笑んだのだった。


 ◇ ◇ ◇


「やあ、アダム」


 懐かしい声に声を掛けられて、アダムたちは5年の歳月を飛び越えて、幼馴染の笑顔を見たのだった。そこにはアダムたちが考えていた以上に成長したジョシューがいた。


「おまえ、随分背が伸びたんじゃないか?」


 元々がっしりした体型では無かったジョシューは、見ない間に随分背が伸びて、ひょろりと大きくなったマッチ棒の様に見えた。しかもその上に大人用のぶかぶかで上等な貿易商のマントを羽織っている。


「はは、ドムトルは思っていた通り変わらないな。アダムとアンは随分見違えちゃったよ。ビクトール坊ちゃんと一緒にいても貴族仲間としか見えないもの」


 確かにガストリュー子爵家の寄子よりこになって、王都の王立学園で学んで来たアダムたちを、平民の子弟のように感じる者は居ないだろう。服装もそうだが、所作にも粗野な感じを受ける者はいないはずだ。黒目黒髪のアダムと艶やかな銀髪で翡翠色の瞳のアンの容姿も一目で印象的に感じさせるのだった。


「七柱の聖女とその仲間の噂話は、こっちにも色々聞こえて来るよ。僕もその仲間なんだと言うとみんな驚くんだよ! お陰で僕も少し有名人なんだ」

「あれれ、おまえ、幼馴染だが、いつから仲間になったんだ?」

「酷いなドムトル、同じユミル先生の門下生に随分な事を言うじゃないか。こっちも天下の大商人になる所なんだぜ」


 昔通りのジョシューの大言壮語に笑ってしまうが、このままでは話が終わらないと、アンがジョシューに話し掛けた。


「ジョシュー、一緒に来たみんなも紹介するから、どこか落ち着いて話せるところに行かない?」

「おお、そうかい。じゃ僕の行きつけのBar(デーン王国風酒場)に連れていくよ」


 そこでアダムたちは、ジョシューがヨルムントの商業学校に入学してからヘラー商会の徒弟として就職するまでの話を延々と聞かされることになるのだった。

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