第160話 サンフェル村の森 その4

 暫くしてギーベルと呼ばれた男が出て来た。ゆったりと執事服を着た男は鋭いトニオの視線にも動じず、ニッコリ余裕の笑みを見せた。じっくりとトニオの姿を確認し、何者かと探っているようだ。


「この様な時に普通は名乗らないものだが、今は主人の命令でご養女様をお連れしている途中だ。何かあったら申し訳が無い。仕方が無いのでこちらから名乗るので、そちらも名乗って答えて貰おう」


 ギーベルは油断なく辺りを見渡し、トニオ以外に隠れているに違いない追手の様子を探りながら、話を続けた。


「我々はネデランディア公爵家の三男、ザハト・ドゥ・ネデランディア様の配下だ。私は執事をしているギーベルと言う。ご養女としてお迎えするお嬢様を護衛して首都オルランドへ向かっているところだ」

「嘘を吐け。そんなお嬢様がこんなうらぶれた森の番小屋に居るはずが無い。むしろ馬車で移動されていた所をお前たちが襲ったんじゃないか。いいから全員小屋から出て来い」

「はは、中々無礼な若者だな。仲間が何人いるか分からないが、無闇に暴力を振るうようなら、こちらも力で示さなけれがならないな」

「何を余裕で言ってやがる。俺が言った事をやらないと思っているのか? スニック、火玉を小屋にぶつけてやれ!」


 トニオの言葉を待っていたかの様に、霧に沈んだ草むらから火玉が入口に向かって飛んで来た。

 だが、様子を窺っていたのは、攻める側ばかりでは無かった。無言で扉が開くと、先程の傭兵が飛び出して来て、飛んで来た火玉を盾で打ち返した。続いて2人の別の傭兵が中から飛び出して来る。

 ギーベルが少し後ろに下がると、3人の傭兵はそのまま前に出て、トニオに向かって大剣を構えた。

 トニオは獰猛な笑いを浮かべて細身の大剣を抜いた。3対1の状況に全く動じていない。余程剣の腕に覚えがあるのだろう。大きな体躯では無いが、細身でしまった肉体が躍動感にあふれている。その好戦的な姿を見て、むしろ傭兵たちが嫌な顔をした。構え合えば相手の力量は自然と分かるものなのだ。3人の顔が表情を消して行くのが分かった。


「ひゃっおう!」


 掛け声と共にトニオが前に跳躍して打ちかかった。同時に彼の身体を守るように風の盾が左右に出現する。後方で魔法支援する者と息の合った動きに、左右の傭兵が目を見張った。

 強烈な斬撃が正面の男の肩口を襲う。細身で撓うような一撃が相手の肩を撃った。傭兵は打突の衝撃と痛みに低い唸り声を上げたが、肩当に当たって傷は受けなかったようだった。だが、3人は一旦後ろに下がり態勢を整えた。

 背後で余裕の笑みを浮かべていたギーベルも一気に表情を険しくしてトニオの動きを見た。こちらも隙があれば魔法攻撃をしようと考えたのだろう。

 その時、番小屋の方で物が打ち破られるような大きな物音がした。明らかにトニオのせいで前掛かりになっていた意識に気が付き、ギーベルは驚いて振り返ると、小屋の中に飛び込んで行ったのだった。


「馬鹿め、もう遅いわ。お嬢が打ち込んだんだぞ」


 トニオはアメデーナが居なくなった屋根の上を軽く見上げ、大きく笑ってから正対する3人の傭兵をねめつけて気合を入れたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇


 『銀の翼竜』傭兵団の水際立った動きにアダムたちは驚いた。

 一気に立ち上がって視界を埋めた霧の魔法にも驚いたが、その後の剣士と後方支援者の息の合った攻めに関心した。個々の技量も素晴らしいが、連携の切れ味が鮮やかだった。


「あーあ、先を越されちまったぞ。アダム、どうする」


 ドムトルが声を上げるが、こちらは状況を見定める必要がある。向こうが傭兵を引き付けていてくれれば、人質を何とか救出したい。だが、女傭兵が屋根上から穴を拡げて中に打ち入ったようだが、敵の首謀者も気が付いて小屋に戻ったようだ。今頃、小屋の中では人質を挟んで睨み合っている所だろう。


「俺はゲールで救出を支援する。ドムトルとビクトールは正面の支援をしてくれ。アンは待機していて、人質の女の子が出て来たら、予定通り風の盾に取り込むんだ」

「よし、やっと出番だぞ、ビクトール。俺たちは右側の傭兵に当たろうぜ。俺が前に出て気を引くから、クロスボウで狙えよ」

「分かった。ドムトルも無茶するなよ」


 ドムトルがは鼻で笑って返事を返すと身を翻した。ビクトールは仕方無さそうな仕草をして後に続いたのだった。


 ◇ ◇ ◇


「どうやら餌を横取りするドブネズミがいたようだな。簡単には行かないぞ」

「ちっ、ちっ、悪役のセリフは決まっているようね」


 アメデーナは少女の前に立ち、短剣を構えていた。

 アメデーナが屋根の壊れかけた穴を蹴り拡げて飛び込むと、少女は驚いて目を見張ったが、”逃げるよ”の一言で黙って手を伸ばして来たのだった。手を引いて戸口へ向かうところに、ギーベルが物音に気付いて戻って来た。二人は戸口を挟んで睨み合う形になった。

 ギーベルはその二歩手前に半身になって構えていた。手には武器は握られていないが、それが彼の戦闘態勢なのだろう。近接魔法攻撃ができるのかも知れなかった。

 アメデーナは戸口から少女だけでも逃がしたいが、外の状況が分からない。一緒に連れて出て行く程の隙を、ギーベルが与えてくれるはずも無かった。


「お嬢様、ご心配なさらずにじっとしていて下さい。今私がお助けしますから」


 ギーベルは自信満々に少女に声を掛けると、余裕の笑みを浮かべて見せた。


「お前の間違いは、私の実力を知らずに飛び込んで来たことだ」

「お前こそあたいの剣裁きを知らないだろう。怪我をしない様に道を開けな」

「あの男の電撃に気を付けてください。馬車に同乗していた護衛もその不意打ちにやられました」


 少女が後ろからアメデーナに助言すると、ギーベルはむしろ楽しそうに唇の端を上げた。何を言っても変わらないという自信があるのだろう。

 だが最初の一撃はアメデーナの小手に払われ、バチッと音を立てたのだった。

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