第149話 闇の司祭の捜索(後編)

 ◇ ◇ ◇


 壁を叩く音に闇の司祭は仮眠から目を醒ました。今は見つからない様に灯りを消しているので、闇の司祭は暗がりの中でやる事がなかった。横になって仮眠をしながら、これからの展開を考えて、思索を巡らしていたのだ。

 闇の司祭は覗き穴から書斎を覗い、物音に耳を澄ました。


「”闇の御子はいずこにおわしても見ておられる”」


 囁き声がして闇の司祭は笑みを浮かべた。


「”闇の御子はいずこにおわしても見ておられる”」


 闇の司祭は呪文のような言葉を繰り返し、話を続けた。


「ふぉふぉ、連絡を待っておったぞ。何か口に入れる物は持って来たか」

「後でパンと飲み水を置いて行きます。私が居なくなったらお取りください」


 闇の司祭の話し相手は、秘密の入口が壁際の書棚にあることを知っているのだ。今他人に見つかっても、改めて部屋を捜索していたと言い訳するのだろう。自分が居なくなってから扉を開けて、持って来た食事を取れと言っているのだ。


「せっかくマグダレナを屋敷に誘き寄せたのに、逃がしたのは残念でしたね」

「ふぉふぉ、そうよな。でも過ぎた事は仕方あるまい。これまでのお前の働きには、闇の御子も大層お喜びだ、ふぉふぉ」


 この者はマグダレナをこの屋敷に忍び込ませる事にも一役かっていたようだ。闇の司祭に褒められて言外に喜びが満ちるのが分かった。


「ありがとうございます。これからも、私をお導きください」

「ふぉふぉ、お前にはもう一働きして貰わなければならん。わしが捕まった後の手はずを言うて置く。壁に耳を寄せるんじゃ」


 それから暫く闇の司祭の密談は続いたのだった。


 闇の司祭は相手が居なくなってから暫く様子を見ていたが、無事に何事も無く相手が戻った事を確認して、秘密の扉を開けた。残された包みを拾って部屋に戻ると、中から水筒を取り出して口に含んだ。策略を巡らした後の水は格別の味だ。


「ふぉふぉ、面白くなって来たのう」


 ◇ ◇ ◇


 アダムは玄関を抜けると仕切り扉の前に立ち、中にいるリンに声を掛けた。


「リン、アダムだ。開けてくれ」

「ああ、良かった。時間が掛かったので心配していたのよ」


 仕切り扉が直ぐに開いてリンが顔を見せた。再会に歓声を上げようとする剣闘士奴隷たちを、アダムは手で押さえて話し掛けた。


「リン、みんなと中へ入る前に話がある。声を落として話すから良く聞いてくれ」

「分かったわ。何かあったの?」

「闇の司祭が隠れている場所が分かった。書斎に入口が隠されているようなので、管理人のザップさんに開けて貰う」


 リンは驚いて、小さく声を漏らした。アダムは後ろに立っている管理人のザップを黙って身振りで示し、リンに紹介した。


「知らないで遭遇しなくて良かったわ」

「ああ、俺たちも話を聞いて、ガイと戦いながらも気が気じゃなかったぜ。なあ、アダム」


 リンが驚くと、ドムトルもリンたち剣闘士奴隷を残して来て心配したんだと言った。

 続いてアダムは、初めて顔を合わすリンにアントニオ・セルメンデスと彼の部下の騎士団員を紹介した。


「騎士団で隊長をしているアントニオ・セルメンデスだ。よろしく頼む。君たちの剣舞は騎士団でも話題になっている。私も一度見たいと思っていた。今度ゆっくり見学しに行くのでよろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします。アダムやドムトルの剣術の師匠だと聞いています。一緒に戦えて光栄ですわ」


 一通り顔合わせも済んだので、アダムはこれからの作戦をみんなに説明する。


「入口は書斎の書棚を横にずらすと出て来る仕組みらしい。向こうからは覗き穴があって見えるから、ぐずぐずしないで書斎に入ったら一気に開けて貰う。みんなもその心づもりで居てくれ」

「アダム、闇の司祭の他にゴブリンは居るのかしら」

「いや、独りで祈って神と対話をする部屋だと言うから、本当に狭いらしいよ、アン」

「アダムの言う通りだ。慌てて荷物を運び出した跡もあったから、身体ひとつで隠れているんじゃないかな」


 アダムの説明にビクトールが付け加えた。

 アダムは何も知らないでいる2階のタニアたちが、突然の事に驚くのでは無いかと心配だった。


「リン、2階のタニア達にも事前に話した方が良いかな?」

「大丈夫よ、アダム。戦力的にはこれだけ居れば大丈夫だし、タニア達も床に開いた穴から見ているだけだから、心配無いと思うわ」

「じゃあ、行こう。アントニオ先生、玄関ホールを抜けたらプレイルームでその次が食堂になります。書斎はその奥の部屋になります。中に入ったら騎士団の人には前に出て貰って、ザップさんには何も言わずに秘密の扉を開けて貰います」

「分かった。後は相手の出方次第だな。俺としては有無を言わさず殺した方が良いと思うが、出来れば生きたまま捕縛しろという命令だ。相手は不思議な魔法を使うと言っていたが大丈夫か?」


 アントニオは施術院での「悪意の種」との対決を聞いているのだろう。


「あの時は実体のない『悪意の種』でしたが、今回は本体があります。殺さないで捕まえれば大丈夫だと思います。むしろ殺すと、実体の無い姿に成って危険かも知れません。捕まえて直ぐに魔法止めの足環を嵌めれば良いと思って、マグダレナに使われた足環を持って来ました」

「あいつには私がこれを嵌めてやるわ」


 アダムが魔法止めの足環の事を言うと、マグダレナが捕まっていた時の事を思い出して、怒りに声を震わせた。


 アダムたちが食堂に入ると、ゴブリンの死体は剣闘士奴隷たちによって部屋の隅に片付けられていた。そのまま通路を進んで、第2の仕切り扉まで進む。扉にはもしもに備えて、剣闘士奴隷が見張りに立っていた。


「じゃあ、行きましょう」


 後は無言だった。アントニオを先頭に騎士団が部屋の要所に立った。そのまま管理人のザップが、居間側の書棚の仕掛けを外して横にずらすと、現れた壁には小さな入口があった。


「闇の司祭よ、出て来るんだ」


 アダムたちが戸口を覗き込むと、奥の暗がりに小さな人影が見えた。騎士団員が剣を抜き戸口に迫ると、中から小さな笑い声と共に、闇の司祭が現れたのだった。


「ふぉふお、遂に見つかってしもうたかえ。ザップよ、余計な事を、、、」


 騎士団員が最後まで言わせず、手を伸ばして闇の司祭を捕まえると、書斎の中央に引き据えたのだった。


「痛い、痛い、こちらは目の見えない老人じゃぞ、ちっとは加減をせぬか、ええ?」

「こいつは、何を考えているんだ、アダム」


 抵抗もせず、あっさりと捕まった闇の司祭を見て、アントニオ・セルメンデスが呆れたようにアダムに言ったのだった。

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