第142話 決戦(二)

 ◇ ◇ ◇


「怪我人はこちらへ」


 正門を出た所に臨時の救護所が設置され、アンもそこで癒し手の補助をしていた。

 国教神殿の施術院から派遣されて来た癒し手はテキパキと指示をすると、連れて来られた騎士団員の怪我の状況を見て看護兵に指示をした。アンは重傷者の傷を清浄にする処置を担当して、癒し手を補佐していた。


「最初の衝突に比べると、今回は厳しいわね」


 最初の衝突の時にも、ガイだった者に叩き伏せられ昏倒した者やゴブリンに刺された騎士団員が運ばれて来たが、施術したものに死者は出なかった。傷口を洗浄し細胞を活性化させることで傷口を閉じると、後は施術院に運び、機能障害が残らない様に時間を掛けて治療することになる。


 今回は運び込まれた時には既に死亡している者が何人も出ていた。アンの命の宝珠も魂を刈り取られた後の蘇生が出来る訳では無い。どんな大魔法も死んだ後の人間を生き返す事は出来ないのだ。


「後で数えるのが怖いわね」


 癒し手は伸びをして手を腰に当てた。この治安の良い王都では、稀に激しい喧嘩騒ぎも起こるが、これだけの騒動が起こる事はめったにない。施術院では生き残った本人や家族に感謝される事もあるが、このような現場に出るのは中々辛い事だろうとアンは癒し手に同情した。


 アンが柵越しに屋敷の方を見ると、騎士団の中で働くネイアス・ガストリューの姿が見えた。彼が居ると言う事は、アントニオ・セルメンデスも居るのだろう。柵の中と外の違いがあっても、ここも現場なのだ。


「おお、あなた、信じられないよ。本当に。あの大剣を怪物が振るっているなんて、、、おお、、、ご主人様に何て言えば良いのか。もう亡くなられているから良いが、わしももう年だからね。死んでからあの世って奴でご主人様に会ったら何て言えば良いか分からない、、おお、、、本当に」


 最初の突入に巻き込まれて傷を負った屋敷の管理人が、傷の手当を終えて呆然と屋敷の方を見ていた。アンが見ていると、彼は周りにいる人間をあれこれ捕まえては、ゴブリンが飛び出して来た驚きの瞬間を話していた。


「いつもは別棟に住んでいるんだが、今戻るのは危険だと言うんだ。でも、着る物もみんなそこにあるからね。今は着の身着のままでこんなところに立っているだけなんて、どうすれば良いのか。ああ、何か飲み物はありませんか、、、」

「どうぞ、こちらへ。こちらに飲み水がありますから」


 アンが呼びかけると、ザップはやっと相手をしてくれる人間がいたかと、ほっとした顔をして近寄って来る。


「おお、親切なお嬢さん。何やらこんな所にいるのは場違いな感じですぞ、、、いえ、、、悪気は無いのですよ、ただ、今棲み処を追い出されているので、はは、人が信じられなくて、、、」

「大丈夫ですよ、アンと言います。今私の仲間もあの屋敷の中で働いているんです」

「おお、随分お若い感じですが、施術院の方ですか?」

「ええ、ご安心なさって下さい。国教神殿の関係者ですから」


 アンは年老いて口煩そうなザップに微笑掛けた。

 彼に話掛けられた人間はみんな最初は可哀そうに思って話を聞いてやるのだが、過剰な詠嘆と繰り返される同じ話に嫌気がさして離れて行くのだった。ここにいる人間はみんな忙しい仕事を抱えているのだ。


 その点アンは計算外の補助要員だ。彼女の存在は特別で、国教神殿での巫女長の特別扱いを知っているので、彼女に雑務を押し付けて来る人間は居ない。ある意味アンは冷静な第三者の目で、この混乱した現場を冷静に見渡しているのだった。


「ザップさん、あなたは闇の司祭をご覧になったのですか」

「おお、、、ええ、お嬢さん。あなたが言っているのが、買い手と称して私たちを騙した老執事のことでしたら、契約交渉で何回か話しましたよ。にっこり笑っていると皺の中に顔が隠れるような優しい顔をしておるのですが、あれがこんなに悪い奴とは考えもしませんでしたぞ。ええ」


 ザップは自分に落ち度は無いと考えているが、これからグランド公爵家の人間と話す事を考えると自然と表情に警戒感が出るのは否めなかった。


「闇の司祭が籠っている場所を知っていますか? 彼を捕まえようと私の仲間が中に入っているのですが、ご存じであれば教えて貰えませんか」

「あの、お嬢さんは国教神殿の方では無いのですか? 先ほどから見ていると癒し手のお手伝いをされているように見えましたが、、、あの、疑っている訳ではありませんよ、ただ、、、その」

「ええ、巫女長のゆかりの者です。ご心配なら、そこら辺に居る者に聞いて貰えば確認できます。実は国教神殿も闇の司祭を追っていたのです。『闇の苗床』と言って、闇魔法を使ってゴブリンを産み出す危険があったので」


 アンが振り向いて国教神殿の関係者を見ると、返って来る信頼の表情が分かったのだろう。ザップは、年の端も行かないこの少女の落ち着きに驚きながらも、何か納得するものを感じて話し出したのだった。


「でも屋敷の中はまだゴブリンが居て捜索は出来ないと思うが」

「ええ、実は屋敷の中に潜入している者がいるのです。1階のプレイルームや食堂、書斎や居間にはいないそうです。2階は既に奥の階段前の仕切り扉まで警務隊が占拠したそうです。そちらにも見当たらないと聞きました」

「おお、前庭では騎士団がまだ沢山のゴブリンと戦っていると言うのに、もうそこまで進んでいるのですか。、、、おお、、、でもそれなら分かりませんが、もしかすると、ご主人様が作った小さな秘密の礼拝堂の中かも知れませんな。あそこは入口が特別で、普通の人には分からんかも知れません」

「秘密の入口ですか?」

「ああ、しまった、私が教えてしまった。失敗したのかも知れませんぞ、、、、おお、、、これは死んだご主人様には言えないわい、、、おお、、、、なんと、あの大事な部屋をわしが案内して教えてしまったとは」


 オロオロするザップから秘密の礼拝堂の入口を聞き出すと、アンは慌てて正門の前線基地を目指して走り出した。アダムたちは正にその直ぐ近くに居て、気が付かないで居るのだ。アンは考えるとその恐ろしさと心配で何としても早くアダムにそれを伝えなければならないと考えたのだった。


 ◇ ◇ ◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る