第108話 エルフの村での再会(前編)

 アダム達はボロニアムの森に着くと正門で馬車を降り、入口の衛士の所で騎馬に乗り換えた。マグダレナも一緒だ。ナラニの遺跡の所でエルフの村に入るが、その場所を御者に見せる訳には行かないからだ。


「ハーフエルフはエルフと親交があるのかい」


 アダムが聞くと、マグダレナはええと答えた。


「エルフは神の眷族エルフィーネ様の子孫を名乗っているけれど、ハーフエルフの祖先でもあるのよ。早い段階で系統が分かれたと聞いているわ。でも途切れず親交はあったの」


 マグダレナの話ではエンドラシル帝国にもエルフの村があると言う。長い歴史を持つ民族として、各地の政権とは秘密裡に繋がりを持っているらしい。不用意な争いを避け、独自の文化を守り続けるためだと言う。


「そもそも、エルフの里ってどこにあるのさ」

「ドムトル、エルフの里はね、神聖ラウム帝国とオーロレアン王国、エンドラシル帝国の3国が接する山岳地方の森林地帯にあると言われているの。母の一族はそこからアイサ大陸に近い第3公国の辺りに移住したの。でもエルフは出先にあるエルフの村には受け入れてくれるけれど、エルフの里には入れてくれないのよ。エルフは本当に秘密主義なの」


 アガタの事だから、各地に密偵も放って探したりしたのだろうが、さすがに長命な民族だけあって、神の眷族の文化を継承保存しているのだろう。ボロニアムの森の結界もそうだが、時間を何百年もずらすと言うような魔法を現在の人間が破れるはずがない。


 アダムたちは2回目と言うこともあって迷う事も無く、ナラニ湖に出た。遺跡の前に着いて騎馬を降りる。

 遺跡についたらアダムたちはスラーからの接触を待つつもりだったが、マグダレナはここからは任せてと言う。アダムたちはマグダレナのもとに集まった。


 マグダレナが左手を上げ、赤い魔石の指輪に魔力を込めた。ふっと淡い赤い光がマグダレナを包むが、特にそれ以外に変化は無い。


「あれ、変身しないぞ。マグダレナ、それって変身の指輪なんじゃないのか?」

「ふふ、ドムトル。何に変身すると言うの? 素直にそんなところを見せるはずないでしょう」


 だが、それで十分エルフには伝わったようだった。


「おーや、面白い魔法の反応があったと思ったら、お客様も一緒なのかい」


 石壁に設置された森番の荷物小屋が、やはり前回と同じように入口の扉に代わり、そこからスラーがにこやかに笑いながら出て来た。


「お初にお目にかかります。第3公国のハーフエルフのマグダレナと申します。ハーフエルフの長老からよろしくとお言葉を承って参りました」

「おー、エルフの里から連絡があったよ。そうか、君がアガタの娘のマグダレナかい。すると、それは『不実の指輪』かな、ふむ、面白いね。後で変身を見せておくれよ」


 スラーは口元の髭を触りながら、興味深そうにマグダレナの左手の指輪を見た。あれは『不実の指輪』と言うらしい。アダムが聞きたそうに見ているのを感じてスラーが笑いかけて来た。


「アダム、その指輪はね、有名な剣聖オーディンの伝承に出て来る変身の指輪と呼ばれているものなんだ。アンの『命の宝珠』は命の形を際立たせることによって効果を発揮するものだが、『不実の指輪』は命の形を変えて見せるのだよ。そして見る相手に見せたい命の形を見せるんだ。考えようによっては姉妹のような魔道具だよね。うん、面白いね」


 マグダレナは余裕の笑いを浮かべているが、あまりその話は続けたくない様に見えた。


「おー、ごめんね。ここでは話もできないよね。皆さん、どうぞこちらへ」


 自分だけ言いたいことを言って、気が付いたように動くのはスラーの何時ものことだ。アダムたちは、スラーを先頭に扉を抜けて村の広場に出た。


 マグダレナが小さく声を上げる。石壁を境にして日の光が大きく変わったからだ。壁の外では午後の強い光が新緑を輝かせていたが、壁の中に入ると、そこはまだ瑞々しい朝の光が満ちていた。木々の枝はまだしっとりと柔らかく潤って見えた。


「なあ、すげえだろう」

「何でドムトルが自慢するんだよ」


 ドムトルがマグダレナに自慢して見せ、早速ビクトールに突っ込まれている。

 スラーは前回と同様に、村の役場にみんなを案内してくれた。アダムたちは入口を入り、小ホールの応接テーブルの席に着いた。


「あら、賑やかだと思ったら、アダムたち以外にお客様ですか、スラーの叔父様」


 奥の扉が開いて、アンを従えたトートが入って来た。

 アダムはアンの様子が気になってつい見てしまう。


「アン、大丈夫かい?」

「少し疲れているだけで、平気よ。アダム」


 一昨日から泊りがけで魔法の訓練をして来たのだ。今日も朝から訓練していたのだろう、気持ちを切り替えるのに少し時間が掛かったようだが、一緒に付いて来たマグダレナを見て、笑顔で挨拶をした。


「第3公国のハーフエルフ、マグダレナです」

「そう、あなたがマグダレナね。アガタとそっくりだわ。アガタは元気にしている?」


 マグダレナが挨拶をすると、トートはマグダレナをしっかりと抱きしめて挨拶を返した。アガタともどこかで会ったことがあるらしい。2人とも長命な種族なので、もしかするとアガタがまだ奴隷になる前の事かも知れなかった。


「おい、アン、何か変わったの?」

「ほほ、ドムトル。それは無理よ。そんな簡単に変わらないわよ。私たちは訓練方法を指導するだけだもの。後はアンの努力次第だわ」


 ドムトルが聞くと、トートが代わって答えてくれる。

 魔法の行使は口で言うだけでは理解できない。寄り添って魔素の流れを造り出していくことで、理解が進むのだ。先導者であるトートがお手本として魔素を編むように魔力の流れを創って行く。アンはそれを必至で真似ようと続けて来たらしい。そうやって目には見えない魔素の流れを自然と編み上げることが出来るようになって行くのだと言う。


 だが、たった1日会わなかっただけと言いながら、アンの魔法は着実に進歩しているのだろう。エルフの村に来る前は、月の女神の力に不安を覚え、これで良いのかと幾分疑問も感じながら行使して来たが、同じ加護を得ているトートの指導を受けて、基となる1つの基準を得たような感じだろうか、安心感から来る落ち着きのような物をアダムは感じた。


「えーとね。アダム、今日はね、君も知っているお客様が来ていてね、アンを連れて帰る前に会って行くと良いよ。面白い土産話をくれると思うよ」

「スラー村長、俺も知っている人かい?」

「おーお、そうだね。ドムトルも知っているよ。ビクトールはどうかな。これ以上喋るとつまらなくなるよね。会う時のお楽しみだよ。それじゃ、ぼくはマグダレナと話があるからね。マグダレナ、ついておいで」


 またしてもスラーは言いたい事だけを言うと、さっさと行こうとする。

 マグダレナはスラーの言葉に立ち上がったが、この後で出て来る人に興味があるのか、立ち去り難い感じだ。アガタからはアダムたちを良く見張っているように言われているのかも知れない。


「それじゃ、アダム、私はハーフエルフの長老から預かった手紙があるから、席をはずすわ。また明日学園で会いましょう。アンもまた明日」


 スラーは自分の執務室にマグダレナを連れて行くようだ。扉を開けて奥の通路に出て行った。

 入れ違いに別の扉が開いて、若い男性が出て来た。


「あっ、ユミル先生じゃないか」

「ドムトル、おはよう。外なら、こんにちはかな。アンも久しぶり。私が来た時はトートと訓練中だったからね、まだ挨拶してなかったね。アダムもビクトールも久しぶり」


 そこに立っていたのはザクト神殿神官長補佐のユミル先生だった。

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