第89話 マグダレナとの昼食会

 昼休みとなって、アダムたちはマグダレナの昼食に呼ばれていた。学園の中庭に敷物を敷き、簡易の日除けを立てていた。料理は最初からプレゼ皇女も呼ぶつもりで、しっかりと準備がされていた。解放奴隷の娘と呼ばれたが、調度や食事の内容は貴族でも負けないものだった。


「おお、これ美味いぞ」

「ドムトル、わしより先に手を出すでない」


 新しい料理の皿に誰が先に手を出すかで、ドムトルとプレゼ皇女が争っているのを見て、マグダレナが笑っている。


「ドムトルは自由でいいな」

「だめだめ、甘やかすとつけ上がるからね」

「でも、ビクトール、この国はもっとお堅いのかと思っていたよ。でも分権派の方がお堅いとは思わなかったな」


 マグダレナはマックス・グランドの事を言っているのだろう。プレゼ皇女を見ていると、粗野ではあるが親しみ易い。学友たちとも和気あいあいとした所が良いと思ったようだ。


 マグダレナは寛いだ表情で、左手に嵌めた赤い魔石の指輪を回していた。無意識に自然と触れている様子がアンには気になった。自分の月の雫と同じようにマグダレナにも大切な物なのだと分かる。


「その赤い魔石の指輪は素敵だわ。マグダレナの明るい強さを象徴しているようね」


 アンの言葉に他の女性陣の目にも留まったようだ。みんながマグダレナの左手に注目した。


「これは母からもらったお婆さまの形見なの。代々一族に伝わる秘宝なのよ」

「なになに、どんないわくがあるの?」


 マリア・オルセーヌが食いついて来た。彼女は服飾品には目が無いのだ。


「これはね、昔々、ご先祖様が悪い怪物に囚われていた時に、助けてくれた英雄から貰った品なのよ」

「えー、凄いわ。私はそんな叙事詩や物語が大好きなの。将来は自分でもそんな英雄譚を物語や叙事詩にして上演するのが夢なのよ。それで、その恋は実ったの?」

「いいえ、何せその怪物が大陸を越えてご先祖様を攫って来ていたとかで、助けてくれた勇者も、海外の姫をもらう事を継母が許さなかったらしいの。幸せな生活は続かなくて、別れる時にこの指輪を頂いたらしいわ」


 悲恋話に女性陣が盛り上がる。カーナ・グランデが後でその話を詳しく聞いて、自作の叙事詩を創りたいと申し出たのだった。


「カーナ・グランテ、あなたの声楽は素晴らしいわ。私聞いているとその情景が映像になって見えるきがするから」

「そうそう、アンの言う通りよ。みんなも一度カーナ・グランテの歌を聴いてほしいわね」


 マリア・オルセーヌが父親に頼み込んで、カーナ・グランテの上演会を、オルセーヌ公爵家の後援で行うことにした。

 みんなが指輪の話から、叙事詩の上演会の話で盛り上がる中で、無関心なプレゼ皇女とドムトルだけは料理にパクついていた。アンはその様子を見て、仕方なさそうに笑ってしまう。


「マグダレナ、このお料理はこの間食べた第8公国の料理とも少し違うわね」

「アン、同じエンドラシル海に面しておるが、公国によって随分違うんだ。クラウディオ13世陛下が皇帝になられて、私たちも帝都のある第1公国に移ったので、我らの料理の方がオーロレアン王国や神聖ラウム帝国の料理を取り入れて、親しみがあると思うよ。むしろ本格的な第3公国の料理は東のアイサ大陸とも接しているので、その影響を受けて随分違いがある。今度わが家に来たら、ご馳走するよ」

「行く行く、俺はそっちも食べたい」

「こら、ドムトル。その時はわしも一緒じゃぞ。最近アダムたちはわしを置いて動くから油断ならん」


 プレゼ皇女はゴブリン退治に付いて行けなくて不満がたまっているのだ。


「ペリー・ヒュウ、あれからゴブリン捜索はどうなっておる」

「ゴブリンが出たと言う通報で、2件ばかり出動しました。でもそっちは、餌を探して出て来たゴブリンを偶然見た住民の通報があったので、俺たちの出番はありませんでした」

「母胎になった女性も死んでいたようです」


 ペリー・ヒュウの話にビクトールが付け加えた。

 プレゼ皇女は一応納得したようだったが、疑わしそうにアダムを見た。


「その方、授業中にぼうっとしておる時があるが、あれはクロウとリンクして、そっちに夢中になっておるのだろう」

「部隊長のオットーさんから偵察を頼まれるから仕方ないですよ」

「あー、やっぱり。クラスが違うから分からなかったけれど、アダムだけずるいぞ」

「ドムトル、そんなことを言っても、警務隊の安全のためだから、仕方ないでしょう」

「はん、アンはアダムに甘いからな。わしは横でそれが分かりながら、自分だけつまらぬ授業を受けるのは我慢ならん」

「まあ、プレゼ皇女。私も大人しく授業を受けていますよ」


 マリア・オルセーヌが諫めるが、活発なプレゼ皇女にはやはり授業よりゴブリン退治に関与しているアダムが羨ましい様子だった。


「面白そうな話だけど、ちょっと分からないところがあるのだけれど」


 昼食会の主催者であるマグダレナが授業を受けながらゴブリン退治に参加しているという話に疑問を呈した。みんながプレゼ皇女の顔を見た。


「教えて上げたら。これからご学友として一緒にやって行くのだから。私やカーナもあまり詳しく聞いて来なかったけれど、マグダレナの言う通り、やっぱり少し不思議よね」

「私も父上にもお話しできない話は、ちょっとね。遠慮して聞けなかったけれど、実は私も何かあるなと思っていたわ」


 これまでマリア・オルセーヌやカーナ・グランテはこの話題に自分から入って行こうと言う気は無かった。でもプレゼ皇女達の話を聞いていると、やはり都合よく色々情報が出て来るので不自然だし、それにアダムが関係しているのは薄々気が付いていた。聞いて良い話か判断が出来ないで遠慮していたが、この際ちゃんと聞きたいと言った。


「う、失敗した。あからさまにペリーに聞いたのがまずかったか。でも、アリー・ハサン伯爵とリンにも協力して貰っておるから、いずれマグダレナには話は入るじゃろう。それにみんなも、学園で一緒にいればいずれ分かる事じゃ」

「はは、プレゼ皇女は少し考え無しなところがあるからな」

「ドムトル、考え無しとは何じゃ。わしは自然体でいるのが一番なのじゃ。父上もわしのそんなところが素直で良いと褒めてくださっておる。じゃが、みんなこれは関係者以外には極秘扱いじゃから、両親でも他人に喋ってはならんぞ」

「自分から話して置いて、極秘扱いって、、、、プププっ」

「黙れ、ドムトル」


 プレゼ皇女が良いと言ったのを受けて、ペリー・ヒュウがケイルアンのゴブリン退治からの話をしたのだった。


「うそ、そんな話になっていたの。全然考えもしなかったわ。ちゃんと退治出来てることしか聞いて無かった」

「神代時代の神話や叙事詩には何か意味があると思っていたけれど、間違いじゃなかったのね」


 アダムやアンのこれまでの活躍を詳しく聞いて、むしろマリア・オルセーヌやカーナ・グランテの方が驚いていた。マグダレナは無意識のうちに左手の指輪を回しながら、静かに笑って聞いている。


「へえー、アダムにはそんな魔法が使えるのですか」


 マグダレナはその後、ペリー・ヒュウを捕まえて、更に詳しく話を聞いたのだった。

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