第65話 プレゼ皇女 『入学祝いの会(後編)』

「プレゼ皇女様 王立学園ご入学のお祝いの式典を行います。プレゼ皇女様は前においでください。ご学友が入場されます。みなさま、拍手でお迎えください」


 伝奏官が式典の開催を宣言すると、謁見の間の扉が開かれた。


 アダムたちは、マリア・オルセーヌを先頭に侍従の先導を受けて入場する。既にご学友の噂は広がっていたので、アンやアダムの名前を知っている人も多いのだろう、小声で囁き合う姿があった。


 プレゼ皇女がルナテール女王に向かって立っているのが見えた。アダムたちは、プレゼ皇女の後ろに横一列に並んで立った。


「ご学友のお名前を読み上げます。呼ばれた方は一歩前によろしくお願いします。


 マリア・オルセーヌ様。

  マリア様は我が王配のご出身であるオルセーヌ公爵家の長女で有らせます。


 ペリー・ヒュウ様。

  ペリー様は警務総監パリス・ヒュウ伯爵の長男で有らせます。


 カーナ・グランテ様。

  カーナ様は神聖ラウム帝国大使のミハイル・グランテ伯爵の次女で有らせます。


 ビクトール・ガストリュー様。

  ビクトール様はザクト領主クロード・ガストリュー子爵の三男で有らせます。


 アン様。

  アン様はザクト出身の市民で、七柱の神々のご加護を受けられておられます。


 アダム様。

  アダム様もザクト出身の市民で、太陽神のご加護を受けられておられます。


 ドムトル様。

  ドムトル様もザクト出身の市民で、二柱の神のご加護を受けておられます」


 名前が呼ばれる度に列席者たちから拍手が起こった。それぞれの貴族の家族や知り合いもいるのだろう、マリア・オルセーヌやペリー・ヒュウの名前が呼ばれた時に、こちらを指さして何やら話している人も見えた。


「今回ご学友に成られた方々は、プレゼ皇女様の学科や剣術実技で同じクラスになられた方から選抜されております。そして、今回入学に際して実施された実力考査では、皆さまが優秀な成績を修められておりますことをご報告させて頂きます」

「ルナテール・オーロレアン2世女王陛下より、プレゼ皇女様へお言葉を頂きます」


 ルナテール女王が玉座から立ち上がるのを見て、プレゼ皇女が片膝をつく。後ろに並んだアダムたちもそれに合わせて跪いて、頭を下げた。


 ルナテール女王が歩を進めて、プレゼ皇女の前に立った。プレゼ皇女は女王を見上げていたが、女王が前に立ったところで頭を下げた。ルナテール女王がプレゼ皇女の頭の上に手を伸ばして、愛しそうに触れた。その上で女王は顔を上げて参列者に向かって話し出した。


「オーロレアン王国の臣民よ、我が娘であるプレゼ皇女が成長し、王立学園に入学したことを報告することは、私の大変な喜びである。入学に際して実力考査で、しっかりと結果を出してくれたことも大変うれしく思っている。今、我が王国は内憂外患も無く安定している。今こそ王国を担う若者を育て、王国の未来に備える時期だと思う。我が子供たちが率先してそれを実行してくれることを嬉しく思う。プレゼ皇女よ、王立学園入学おめでとう。頑張っておくれ。


 そしてこの度、我がプレゼ皇女の学友となってくれた者たちにも、同じことを期待している。我が王国の未来の礎になるよう頑張って欲しい」


「ここで女王陛下より、プレゼ皇女様とご学友に、王立学園入学を記念して、記念の品を下賜されます」


 伝奏官の発言に合わせて、近衛侍従が記念品を載せた三方を持って現れた。ルナテール女王はプレゼ皇女の分を手に取り、プレゼ皇女を立たせると、その肩に掛けた。それはオーロレアン王国の紋章である鷲をあしらったマントだった。列席者から拍手が起こった。


 ルナテール女王がプレゼ皇女の肩を抱いて並んで立ち、臣下の拍手を受けた。


「ご学友のみなさまにも、女王陛下から記念品が下賜されます」


 侍従たちがアダムたちの前にマントを載せた三方を置いて行く。アダムたちは改めて頭を下げた。三方にはプレゼ皇女に贈られたマントと同じデザインのマントが載せてあった。当然素材はワンランク落としてあるが、アダムたちの誇らしい想いに変わりは無かった。


「これにて式典は終了いたしますが、この後で、女王陛下、そして王配にもご臨席頂き、プレゼ皇女様にご挨拶をされたい方の言上を御受け頂きます。準備を致しますのでしばらくお待ちください」


 アダムたちは侍従に先導されて、記念品を持ったまま一旦控室に戻った。その上で、女性陣のお色直しがされた。


 アダムたちは頂いたマントを侍従に着けてもらい、簡単に準備は終了したが、マリア・オルセーヌやカーナ・グランテ、アンたちには、専門の侍女が入念に準備をしている。アダムたちは部屋の少し離れた席に移って、女性陣のお色直しが終わるのを待った。プレゼ皇女も当然同じように別室でお色直しをさせられている。


 その間、謁見の間では女王臨席の前で、政務担当の貴族から、それぞれ春からの政務運営における連絡事項が報告されていた。


「それでは、参りましょう」


 再び侍従の先導でアダムたちは謁見の間に戻った。アダムたちご学友は全員女王から送られたマントを着けていた。


 謁見の間では玉座の前にプレゼ皇女の席が用意されていた。アダムたちはその後ろに並んで立った。侍従が会場の様子を見ながら、プレゼ皇女にお祝いを述べようと並ぶ貴族たちを順番にプレゼ皇女の前に誘導して行く。


「プレゼ皇女、おめでとう。最初にお祝いを言うのは私の権利だと思っていたよ。本当に大きくなった。王立学園ではマックスと同じクラスだと聞いたよ。よろしく頼むよ」

「グランドの叔父様、ありがとうございます。マックスと一緒に勉強できるのを楽しみにしています」


 アダムは後ろで話を聞きながら、彼が宰相のトマス・グランド公爵だと分かった。貫禄があると言うか、やや尊大な感じを受けるのは、やはり本人に前々王の孫という思いがあるからだろう。運命が違っていたら自分が国王になっていたかもしれないのだ。しかも今は国政の枢要を握っている。


「アダムと言ったか、君がマックスを3人抜きで止めた男の子らしいね。君やアンの活躍も期待しているよ。マックスをよろしく頼む」


 突然トマス・グランド公爵が自分に話掛けて来たので、アダムは慌ててしまった。こちらの考えが分かるはずはないが、アダムは改めて気持ちを落ち着けて返事を返した。


「お声を掛けて頂きありがとうございます。勝ち抜き戦の時は余裕が無くて、無我夢中でしたが、それが幸運に働いたように思います」

「いやいや、頭も良さそうだ。カーナ嬢もいるから丁度いい。神聖ラウム帝国との学術交流を考えているからよろしく頼むよ」


 トマス・グランド公爵はそう言うと、ルナテール女王の方へお祝いを述べるために離れて行った。


 短い言葉の遣り取りではあるが、この機会にプレゼ皇女と直接話す機会を王都の貴族が逃すはずが無かった。もしかすると、時代の国王はソルタス皇太子では無くプレゼ皇女に成ることも十分有り得るのだから。次から次と、行列に並ぶ人びとが絶えなかった。


 アダムが見ていると、謁見の間にはドワーフが数人いるのが分かった。鍛冶ギルドや職種別の組合の役員かも知れなかった。エルフと獣人は見当たらなかった。アダムは王都に行くとエルフがいるのではないかと思っていたので、少し残念だった。


 また、マリア・オルセーヌやペリー・ヒュウ、カーナ・グランテについても、ご両親との関係で話しかけて来る貴族が多かった。アダムが見ていると、特に王権派と思われる貴族はマリア・オルセーヌに声をかける者が多かったように思われた。


 ペリー・ヒュウについては、政務担当貴族が同僚であるパリス・ヒュウ伯爵との関係で声を掛けてくることがあった。話ているニュアンスから、アダムにもパリス・ヒュウ伯爵が王都の治安を守る警務総監として人望が厚いことが分かった。


 カーナ・グランテに話しかける貴族は、国際関係に興味がある貴族が多く、神聖ラウム帝国やエンドラシル帝国との人脈作りや交易に関心がある者が多いようにアダムは感じた。


「ビクトール、やっぱり、ガストリュー家に関心がある貴族が少ないんじゃないか」

「返事を返す気にもならないね。オルセーヌ家もヒュウ家も、王国貴族の中では政治の中枢にいるんだぞ。ガストリュー家が人気が無いんじゃなくて、両家に関心がある者が多いだけさ」


 ビクトールの言う通りだとアダムも思った。ここは王都なのだ。政治力や資金力のある大貴族がいくらでもいるのだ。この謁見の間には子爵以上の貴族が200人くらいはいるだろう。公爵や伯爵と言う爵位は伊達では無いのだ。


 逆に、アンに興味がある貴族はいっぱい居たが、話し掛ける話題や切っ掛けを持つ者はいないので、話掛けて来る者はいなかった。だが、唯一事前に接触したことがある者がプレゼ皇女の前に立った。大きな体躯のアリー・ハサン伯爵が立つと、アダムにも一目で誰なのかが分かった。


「プレゼ皇女さま、ご入学おめでとうございます。直接お話掛けるのは初めてなので、名乗らさせて頂きます。エンドラシル帝国の大使として王都に赴任しております、アリー・ハサンと申します。これからお見知りおき頂ければ幸いに思います」


 アリー・ハサン伯爵の背後には、隠れるようにリンが控えていた。褐色の巨人と黒っぽい衣装を着た小さいリンとの組み合わせは、非常に目を引く対比だった。控えの間にいる貴族たちが一斉にこちらに注目するのがアダムにも分かった。


「プレゼです。お初にお目にかかる。今王都ではあなたが連れて来た舞踏団の話題で持ち切りだと聞いています。私も一度見に行きたいと思っています」

「それは、それは、ありがたいお言葉です。ついこの間、アンやアダム達には見てもらいました。是非ご一緒にいらっしゃってください」


 それが最後の言葉だったが、アリー・ハサン伯爵はプレゼ皇女にオーロレアン風に挨拶をすると、ルナテール女王にお祝いを言うために離れて行った。だが、リンの動きが周りの目を一瞬で引き付けることになった。


 リンはアンの方に回り込むと、片膝をつき、頭を下げた。


「アン様、リンでございます。お役に立てる日をお待ちしております」


 リンは小さな声でそう言うと、回りの目を一切気にする気配も見せず、アリー・ハサン伯爵の後を追って離れて行った。アンは対応することも出来ずじっと立っていた。


 小さな声だったので、聞こえた者も、その言葉の意味を理解した者もいなかったと思われるが、その所作の意味は十分伝わった。異国の大使の従者が恭順の意を示したのだ。その場では、はしたなく大声を出す者はいなかったが、その違和感はさざ波の様に謁見の間に広がって行った。


「アダム、後で話がある」


 プレゼ皇女がアダムに向かって小声でつぶやいた。アダムには遠目でルイ・フィリップ・オルセーヌ公も注意深く見ていたのが分かった。ビクトールもさすがのドムトルも言葉が出なかった。


 それから何人もの貴族からプレゼ皇女が挨拶を受けるのをアダムたちは後ろから見守っていた。


 これまで挨拶に来た貴族の中には、マリア・オルセーヌやペリー・ヒュウ、カーナ・グランテの家族もいたが、最後の方でガストリュー子爵も間に合ったようだった。プレゼ皇女とルナテール女王に挨拶を終えた所で、ビクトールが捕まえて話し掛けた。


「父上、心配しておりました」

「ああ、悪かったな。ケイルアンとソンフロンドで地元の守り手たちの話を聞いて、改めて自分で現場を確認して来たんだ。後で官憲やオルセーヌ公へも報告をするからね」


 ガストリュー子爵は王都の館にも少し寄っただけで、ソフィーと話も出来ずに出て来たと言った。


「それで、アダムから至急父上にお話があるのです」

「アダム、それは重要な内容かね」

「はい、私の能力を知っていらっしゃる子爵やアラン・ゾイターク伯爵にご相談したいとお待ちしておりました。出来れば一刻も早くお話したいです」

「分かった、後でみんな一緒に帰ろう。私はアラン・ゾイターク伯爵にも声を掛けるので、式典が終わっても待っていてくれ」

「分かりました」


 アダムたちはガストリュー子爵が急いで立ち去って行くのを見送ったのだった。

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