第103話「ばかばかしい理由なんて一つも無い」
「じゃ、じゃあ……」
「あっ、そ、そう……よね」
帰りの準備をしていて気付いたが冷静に考えて今度こそ母と会えなくなるだろう。だって問題は解決されたのだから病院に会いに来る理由がもう無い。
「あっ、えっと帰る……ね」
「あのね快利、その……仕事は最後まで完遂しなきゃダメだと思わない?」
「え? うん、そうだと思う」
意味が分からず取り合えず頷いておくと母の顔が穏やかになったように思えた。そして「そうよね」と少し勢いを付けて頷くと続けて口を開いて言う。
「だから、ね、あなたさえ良ければ、前にも言ったのだけど……狩憮の様子を見てあげて欲しいの、あの子が立ち直って学校でキチンと出来るまで、ダメ?」
「そ、そうだね任務は最後までキチンとやる、仕事も当然!! ま、任せてよ!!」
脊髄反射で頷くと母さんも笑顔になっていて嬉しくなる。今度は断らずにちゃんと言えたと思って力強く頷いた。
「ええ、そうね最後まで仕事は責任をもって、ね、あの子の事も助かるわ快利……本当にありがとう、こんな情けない親のために……本当に、ありがとう」
「気にしないでよ、お、俺は……俺も息子なんだからさ!! じゃ、じゃあ今日は本当に時間だから帰るね!!」
「そうね、気を付けて帰るのよ快利」
「うん!!」
◇
そして病院を出て俺は隠れると転移魔術で異世界へと跳ぶ、そして聖剣を取り出して上空に向かって三発、聖なる一撃を放った。偶然にも近くに隕石が来ていたが運良く直撃し吹き飛ばしていた。
「いよっしゃああああああああああ!!」
「弟殿!? 隕石の破片、破片落ちて来ますよ!!」
「元勇者どうしたのですか!?」
慌てて側に転移して来たマリンとグラスに言われ俺は落ちて来る破片を神刀で性質を変えて草花の種に変化させる。俺が間に合わなかったものはグラスとマリンが砕いて地表に被害はゼロだった。
「弟殿、ストレス……いや、良い事有ったんですか? でも突然思い付きで空に向かってビームを撃つのは止めて下さい」
「悪い悪い、少しな……次は自重する、てかビームとか知ってるんだな?」
「ご主人様とアニメ見てる時に知りました、私のブレスもビームっぽいって言ってましたよ~」
ユリ姉さんドラゴンと何してんだよ。と、ここで少し冷静になれた。かなり浮かれていたようだ。元勇者として勇者の力をこんな氷河期呼び寄せるレベルで使うのはダメだよね。
「元勇者、さすがに今回は……」
「ああ、少し浮かれ過ぎてた、ごめん」
「はい、以後お気を付け下さい、普段のあなたからは想像できない程の力を出していたので……それより少し良いでしょうか別件で伺いたい事が有ります」
そこで俺はマリン連れられていつもの収穫しているバイト先のエリアに向かった。そのエリアには俺が作った小屋が有って休憩したり出来るように整えている。だが今回は小屋に入らず外に出してある椅子に腰かけてマリンの話を聞く事になった。
「それで、どうしたんだマリン?」
「はい、実は一瞬だけマスターの体内に悪しき何かが出現し私を含めフラッシュ、グラスも一時的に全能力がダウンし気絶状態になりました」
「お前達が? いつだ?」
そこで聞いた話はユリ姉さんが体から例の『
「ああ、これだよ今は黒いオーラ出てないけど変な魔力が出てたんだ」
「そうですか……何となく不吉、ですね見覚えは無いのですが……」
「ま、黒い
いつもの場所に時闇の楔をしまうとマリンは思い出したら連絡をくれると言った後に暴れるのも程々にと釘を刺された。俺も苦笑いして頭を下げると許してくれた。
「ちょうど今日はご主人様のとこに行く日なので一緒に帰りますよ~」
「そうか、じゃあ二人とも一緒に帰ろう」
そしてグラスとマリンも小型化すると俺達は家に転移した。家に帰るとユリ姉さんとモニカが夕ご飯の用意をしていてグラスが配膳を手伝うと言ってトコトコ歩いて行くが途中で我が家の愛犬ポロと揉めてエリ姉さんに止められていた。
「あら、お帰りなさい快利」
「ああ、ただいまセリカ……今日はありがとな」
「貴方からの恩を返しただけですわ」
ほんといつもは貴族令嬢らしくツンとしてるのに油断して笑うと可愛らしいから困ったもんだ。しかしソファーに座って夕刊を読む姿は確かに普通の女子高生にない謎の貫録が有ったから元はいえ貴族は貴族だ。
「いつまでも気にするな」
「いいえ永遠に気にしますわ!! 死が二人を別つ時までずっと、ね?」
「何やら怪しいワードが聞こえましたがセリカ様?」
そこで那結果まで下に降りて来て乱入して来たから大変だ。そんな感じで結局いつものメンツとドラゴン達で食事となる。ドラゴン達の食事は野菜、水、電池と個性的だし、その横にポロのドッグフードまで有るから完全にカオスだった。
「今日はどうだった快利、その……母親と会って来たのだろう?」
「うん、色々と有ったけど解決したよエリ姉さん」
「そっか一安心ね、弟も大丈夫そうなの?」
エリ姉さんの問いかけに答えると、その答えに満足したエリ姉さんと俺の弟を気にするユリ姉さん。本来なら二人も来たかったらしいが俺もやんわり断っていたし、それに夕子母さんが二人に行くのは止めるよう言ってくれていたそうだ。
「そっか夕子母さんが、二人には心配ばかりかけたのに事後報告でごめん」
「良いのよ快利、さすがに私達には会い辛いでしょ?」
「そうだ、だが弟の方は家に連れて来たらどうだ? あの事件には全員が関わっているし顔を見たい者もいるだろ?」
そもそも綾華さんの高校の文化祭のライブの際に出会ったのが俺の弟で最悪の出会い方だった。ルリのそして何より綾華さんの記念すべきライブを台無しにする所だったからファンとしても兄としてもケジメは大事だ。
「そう、だね……明日も行くから聞いてみる」
「ふむ、なるほど、私は明日は例の如く新しい家の探索の最終段階なのでご一緒出来ませんので、後でご両親から預かって来た物をお渡ししたいのですが」
そして夕食後に俺は那結果と部屋で話す事になった。なぜかモニカだけは怪訝な顔をしていたのが気になった。
◇
「それで、家探しはどうだ?」
「はい、ちょうどいい場所に良い土地が有ったので空き家の管理の方との交渉に入りましたので交渉が済み次第、私とあなたで屋敷を建造します」
「待て、屋敷て……そんな大きいのか?」
「はい、ご両親の希望で子供たちの、私も含めた全員の部屋は大きくという要望でして、さらに慧花さんや瑠理香さんが泊まれるスペースも必要だろうと……」
なんか本格的に凄いことをしようとしてるな両親と那結果。
「なんせ今回は土地のことさえ何とかすれば後は私達が働くだけで終わりなのでリフォームし放題ですし」
「でも土地代の方が問題だろ」
「それも、お二人が任せろという事なので」
もしかしたら遂に俺の金塊貯金の出番かと思ったが貯蓄はしっかり有るようだ。那結果に聞くと二人からは俺の将来必要になるから絶対に手は付けないと言っていたらしい。
「そっか、それで預かって来た物って何だ?」
「そんな物はございません」
「…………え?」
「お話が有るために元勇者時代の隠語を使ったのですが、気付いたのはモニカさんだけのようで、あなたもセリカ様もだいぶ油断しているご様子ですね」
そこで俺は思い出す。向こうの世界では預かり物が有るイコール二人きりで相談が有るという隠語でモニカが王や慧花の伝令でよく俺に使っていた言葉だった。
「ああ、最近は……色々とタガが外れてるのは自覚してるよ」
「フラッシュから聞きました、近くに飛んでた隕石を叩き落として危うくドラゴンワールドに氷河期を起こそうとしたとか?」
「わざとじゃない、ただ力が有り余って……」
「昔の貴方は力を誇示したり、発散するようなことは有りませんでしたが? あれですか英雄化の反動で色々たまってるんですか? 私で発散しますか?」
サラッと何を言ってるんでしょうか、この子は年頃の娘がそういう事を言ってはいけません。キチンと礼節と清楚さを保つべきなのです。
「と、いうわけだ分かったか那結果?」
「清楚ねえ、清楚系で売り出してたどこぞのアイドルは一皮むけばヤンデレ間近の激重依存系だったわけですが?」
止めて、それは言わないで今はRUKAもといルリのことは言わないであげてくれ今日も仕事忙しそうだったし。
「さて、温まってきたので本題を……なぜ、解決しないのですか?」
「唐突だな、何を――――「なぜ、あなたの生みの親に勇者三技の一つを使わないかと問うているのです、元勇者カイリ」
ゾクッとした、こいつの性格は一瞬のデレ期の後に昔のガイドやってた頃に戻っていたが今の怜悧な言葉は貴族戦争時代に何度か聞いた声音だった。
「そ、それは……」
「皆様から話を聞いて貴方の中では自分を捨て他の男に走り弟を外で作っていた酷い母親という印象はとうの昔に消えている、そうですね?」
「それは、今でも胸に深く痛みは残ってるし許せるかは分からない……けど」
改めて言われると酷い親だと思う。俺は捨てられたんだし最初は死んでしまえばいいとすら思った相手だ。それでも弟と会って、母とも会って悩んで、今日、素直になれたから今が良ければ過去なんてどうでも良いのかもしれないと思えるくらいには開き直っていた。
「ふむ、そこまでなら改めて言いましょう、末期の癌患者程度など、あなたの勇者三技の一つ『
「…………ふぅ」
沈黙が部屋を支配する。今は俺の心臓の音と目の前の那結果の微かな呼吸音、それと下の階の生活音が薄っすらと聞こえる中で俺は心の中でついに言われてしまったと呟いていた。
「使わない理由当ててみましょうか?」
「分かってて、言ってんだろ……」
「なるほど、やはり正解ですか」
「ばかばかしいと思うだろ? 情けないと思うだろ……」
俺は今、自分の罪がかつて一心同体だった相棒のような少女に糾弾されるのに震える情けない男に成り下がっていた。たぶん幻滅されただろう、呆れられただろう。それでも俺は……。
「やはり、そうなのですね……ですが、自分の口で言いなさい快利」
「嫌だ……言いたくない」
まるで駄々っ子だ。こんな姿、誰にも見せたくないし見せられない。例外が有るとすれば目の前の元、俺と一心同体のこいつだけだ。
「快利、ですが問題は解決しませんよ? あなたの本心も、それとも実は今でも自分を捨てた最低な母親が死ねばいいと思ってるのでは?」
「違う、違うっ!! 違う!! 俺が、俺のばかばかしい……情けない理由だ、あの人も弟も悪くない!!」
これ以上は止めてくれ那結果、いやガイド、もう限界なんだ。苦しいんだ頼むから許して欲しい、あと少しだけ……俺に時間をくれ。
「あなたが悪と断じるその感情は罪かもしれない、ですが同時に人として当たり前の感情だと私はあなたを通して学習しました」
それを言われた瞬間、俺の中の何かが決壊した。黒い欲望が吐き出され長年ために溜め込んだ俺の願望が歪んだ形で醸造され尽くした悪感情が口から吐き出され、もう止められなかった。
「はぁ!? こんな、こんな醜い感情が……病気のままなら母さんが、ずっと俺に優しくしてくれて、もし病気が治ったら、また捨てられるかもと怯えて勇者としての力を使わず助けないこの醜い感情が……人として当たり前だって言うのかよ答えろよ、教えろよっ!!
「嫉妬、羨望、懐古、恐怖、それらの感情を悪と決めつけないで下さい快利、あなたは世界を救うために余りにも強く、そして清廉過ぎるくらいに成長してしまった」
「でも俺は、ただ母さんに優しくされたい、ずっと昔無くしたものを一瞬だけでも取り戻して自分だけの物にしたいって、こんな、ばかばかしい理由で人の命を……」
余りにも恥ずかしくて情けない。俺はまた母に捨てられるのが怖くて病気のままなら頼られるし俺を見てくれると思って勇者の力の使用を
「その考えに、思いに、ばかばかしい理由なんて一つも無い!!」
「っ!?」
だが目の前の那結果は俺の葛藤をバッサリと一刀両断した。そして未だかつてないほど強い眼を俺に向けていた。
「あなたは常に異世界で悩み苦しみ、その度にズタボロになりながら救わなくてもいい命も救って来ました、救えなかった者のために人知れず泣いて来ました、残された者の希望になるために自分を殺して戦いました」
「それは……」
俺の七年間は色々と有った否、有り過ぎた。確かに異世界で過去改変までしたのだから別の世界として分岐したけど間違いなく俺の過去であり今の俺を形作った大事な経験で選択の連続だった。
「今まであなたの取ってきた行動に必ずしも正解は有りませんでしたが、ばかばかしい事なんて一つも無かった、そんな経験から出した決断を『ばかばかしい理由』という言葉で片付けないで下さい、今までを否定しないで快利」
「お、れは……」
「だから、あなたが本当に最後の時まで優しい母でいてもらいたい、嫌な思いをしたくないと言うなら私は喜んであなたの言う『ばかばかしい理由』を受け入れます」
それは、良いのかと目を見れば本気の目だった。いつもは分からないような顔してるのにこういう時だけハッキリ分かるからズルい女だ。
「那結果、本当に良いのか?」
「はい、ですが……疑問に思った時点で答えは出ていますよね? 我が英雄、永遠の私の主、元勇者カイリ」
そして口元に笑みを浮かべて首をコテンと傾ける。こいつ、今RUKAのマネしやがったな。とことこん俺の事を分かってるな。
「ああ、だけど俺の懸念が当たって、母さんとまた疎遠になったら……」
「ふっ、そうなったら私を母と呼びなさい!! 私がママになりましょう!!」
「へ?」
思わず間抜けな声が出て目の前の那結果をボケーっと見つめていた。何を言ってるんだコイツはと急に冷静になった。
「最近はバブみという属性も有るそうですから好きなだけ甘えさせてあげましょう、何なら赤ちゃんプレ――――「それ以上は言わせねえよ!!」
「ふっ、少し残念ですね、そしてママになるとか言ってみたかったです」
そのドヤ顔の那結果を見て肩の力が抜けたが決意も固まった。少なくとも今日までの思い出は本物だ。母さんと一緒に話して一時でも仲良く出来たのは嘘じゃない。
「残念がるなバ~カ……じゃあ明日、母さんを治してくる……ダメになったら思いっきり甘えさせろよな?」
「おやおや、元勇者がデレましたね、モニカさん、皆様チャンスですよ」
那結果が言うとドアが開いてモニカと姉さん達、そしてセリカまで居て焦る。那結果のやつ俺の部屋に妨害用結界を張ってたのか。
「お、お前らっ!?」
「快利兄さんに甘えん坊な所が有ったのなら私も母になるしか有りませんね!!」
「そういえば快利って私の胸好きだもんね~、巨乳好きはマザコンが多いっていうのほんとなのね」
「快利、お姉ちゃんのオッパイはいつでもお前の――――「嬉しいけど止めてねエリ姉さん!!」
そして最後に妖艶に微笑むと
「止めろセリカ、本当にカーマインの旦那に申し訳が立たねえからさ」
「お父様なら草葉の陰で喜んで純潔を捧げるように言うでしょうね!! 大丈夫、夫のちょっと危ない性癖も未来の妻なら受け止めてみせますわ!!」
那結果はバカバカしい理由なんて一つも無いと言ってくれたが冷静になって考えると俺には今回の悩みだけは悩むのもバカバカしいと思えた。だって今なら捨てられそうになっても俺の方から付いて行ける。もう俺は家で一人、親の帰りを待って泣いていたガキじゃない。異世界も救って大事な人も守る元勇者なんだ。
◇
「母さん少しだけ手を握らせて……ダメ?」
「ええ、良いわよ……えっ?」
翌日、俺は午前中にセリカだけを連れて病院にやって来た。そして二人きりの病室で魔法、
「医者の説明通りか、ステージ4とか難しいのは分からないけど不治の病なのは分かる、さてセリカ?」
『はい、聞こえています、今は廊下には誰も居ませんわ』
勇者コールでセリカに確認すると廊下も窓の外も確認しカーテンを閉め突然入ってくる医者や看護師も居ないと確認が出来たからやるなら今だ。俺は勇者三技を使うために、まずは
俺はスキルで確認した母さんの病の患部に服の上から触れ勇者三技の一つを発動させるために深呼吸して眠る母さんを見て覚悟を決めた。
「じゃあ行くか
一瞬だけ俺が輝くと魔術は発動し母さんを癒した。俺は
「よし、完了っと……癌ごときが俺の母さん奪うなんて百年早いんだよ」
心の中でヌルゲー完了だと思って母さんの顔を見る。もしかしたら明日以降は二度とこんな穏やかな顔をしてくれないかもしれないから目に焼き付けておきたかった。少しだけ弱い自分が出そうになるが俺は母さんの手を握った。
「もう、大丈夫だから……母さん」
「お疲れ様です快利、お母様が起きる前に狩憮くんを迎えに行きましょう」
そうだ、まだ今日は始まったばかり、午後から弟も連れて来て四人で会う予定だ。少なくとも今日は検査が無いから母さんが完治したのはバレないはずだ。今日だけは思いっきり話そう。
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