第71話「和解と天罰、どうなるかは勇者の気分次第?」


 しかし喜びの表情を浮かべて宣言したユリ姉さんに対して待ったをかけたのはマリンドラゴンだった。


「フラッシュの眷属化はお待ち下さい。由梨花様」


 なるほど保険と言うわけか。当然だと俺と慧花は目線で会話して互いに頷いた。


「え? どうして快利?」


「どうしてですかマリン姉さん?」


 しかしこの場で理解してない一人と一匹がいた。


「マリンドラゴン、俺が説明していいか?」


「ええ、どうやら私のご主人様になる方は純粋な方のようで安心しました。グラスはもう少し思慮深くなさい」


「ユリ姉さん。もし三竜とも眷属化したと同時に俺たちが裏切ったらどうする? ユリ姉さんの命令一つで三竜とも自死させることも出来るんだよ」


 守護竜などと言うが体のいい奴隷契約で別名が眷属化だ。主を守るために死ねと命令されれば喜んで命を差し出さなくてはいけない。


「でも私そんなことしないわよ?」


「いや、だから――――「冗談よ、つまりマリンはまだ私達の事を信用してないからフラッシュだけは残しておきたいって意味ね?」


 そう言うとマリンも頷きながら小型化していた。彼女の体は半分が水で出来ているらしい。あれ? もしかして人間よりも水分率が低いんじゃないだろうか。


「はい。私はご主人様を疑っています。ですが背に腹は代えられないので私だけを眷属に」


「別に私はしないけど」


 そしてグラスを頭に乗っけてマリンを抱っこして撫でてる様子は竜使いの乙女では無く爬虫類マニアのようにしか見えなかった。


「ええ、実は私も今の話でご主人様信用しています」


「私達が信用出来ないという意味だね?」


 慧花の言葉にコクリと頷くマリンに対して俺も納得する。フラッシュも警戒態勢を解いていない。そもそも俺達は異世界では敵対していたからこの措置は当然だ。しかしここは矛を収め仕切り直しということで今日は全員で帰宅した。ちゃっかり慧花もそのまま家に泊まった事に気付いたのは翌朝になってからだった。





「なんと言いますか……朝から凄い光景ですわね」


 セリカが朝食を済ませながら見る先には犬のポロがドッグフードを食べていて、その横には野菜の盛り合わせをムシャムシャ食べるグラスドラゴン。さらに横には少し大きい桶の中に浸かっているマリンドラゴンがいた。彼女の浸かっている水は宮古島沖の海水で昨日そのまま拝借して中に入れている状態だ。


「水に入ってるだけで大丈夫なの?」


「ええマスター。今日一日なら問題ありません」


 つまり明日以降は分からない。そんなことを考えていると今日は朝から講義があるユリ姉さんと慧花が簡単なメイクをして出るところだった。


「じゃあ悪いが今日、帰って来てから異世界に案内する事になるが良いか?」


「はい、あなたの結界なら気付かれる事は無さそうですからね。久しぶりにゆっくり休ませて頂きます」


 ペコリとお辞儀をするのは礼儀正しい。話し合えばこんなに話の分かる奴だったのに俺はコイツを過去にバッサリ倒した。過去の俺は王の命令で何も考えずに戦う国の国防装置に成り果てていたからだ。


「グラスもお姉ちゃんを守ってあげんのよ? ほら、今日の昼ごはんのセロリ。それがお昼の分だから食べ過ぎたら抜きよ」


「はいはい分ってますよ~。ご主人様はケチですね。弟殿~、今夜は私ほうれん草が食べたいです」


 そんなグラスにコツンとゲンコツをするとユリ姉さんと慧花は出て行ってしまった。朝の講義の前にサークルで何か話し合いがあるそうで今日は特に早いらしい。


「一応は母さんには連絡しておいたぞ快利、しかし彼女達だけで大丈夫か?」


 エリ姉さんとそれからモニカも心配そうにしている。お留守番はドラゴンと犬だけなのだ心配にもなろう。


「マリン、それとグラスも奴らにバレることは無いけど万が一の時はすぐに勇者コールで連絡しろ。フラッシュも近くに居るんだろ?」


『ああ、今は目の前の電柱の中にいる』


 さすがは電気系なら何でも有りだ。それに任せたと言って俺たち四人は途中でいつものようにルリとも合流して高校へ向かった。




 そして教室に入るといつもと違う視線だった。気になって見ると黒板には俺とユリ姉さんと慧花の写真が載せられた新聞のような物が貼られていた。そして席の周りを取り囲まれているのは金田だった。


「中々と愉快な光景だな?」


「秋山、悪い、剝がそうとしたんだが……」


 金田を取り囲んでいる連中を見ると、この間痛めつけたサッカー部と野球部の四人組だ。こいつらに妨害されていたようだ。


「それはダメなんでしょ金田? だってクラスの人間と秋山は互いに不干渉なんだから、そうでしょ~?」


「ああ、女子生徒Bか構わないさ金田、その女の言う通りだ。現場保存は大事だからな。それにイジメには慣れてる」


 そう言って鑑定のスキルをかけると知らない名前の男子二名がこれを貼った事が瞬時に分かった。見るとセリカも鑑定で同じ結果を得ているようだ。


(セリカ、この二人の名前メモっておいて)


(分かりましたわ快利)


 俺はそれを剥がすと改めてよく見る。この新聞を作成した人間をスキル『神々の視点』で確認するとITメディア部の全員の名前をしっかり確認した。

 そして天罰覿面何が出るかな?を全員にかける。効果が出るのは今日の昼頃に設定。視界の端では女子Bや他の面々がニヤニヤして、残りのクラスメイトは目を背けるか我関せずかの二択を取っていた。


「カイ、大丈夫?」


「ああ、大丈夫さルリ心配しないでくれ前とは違う、売られた喧嘩は買う陰キャになったからな?」


 そう言うと女子生徒Bは、こちらをせせら笑って言う。


「ま、私たちには関係無いけど、せいぜい頑張ってね~」


 ドラゴン問題が片付いたら次はお前らだ。お前の家族、酷い目に遭うの確定したからな女子生徒B、いやITメディア部部長の妹の河西さん、名前を覚えてやったぞ。


「ああ、今日の昼が楽しみだ」


「ね、ねえ河西さん今のうちにカイに――――「ルリ、もう決めたんだ邪魔はしないでくれ頼むよ」


 ルリが最後の慈悲を見せようとするが俺がそれを制した。あとは昼休みまでに俺の気が変わるか何か別な要因が有るか……それは神のみぞ知る。


「そうですか可哀想に……」


「ええ、本当に……では」


 セリカとモニカは本当に可哀想な者を見る目で河西を見ていた。未だに金田を囲む五名は気付いていないのが二人には心底憐れに見えているに違いない。




 そして今日は金田を誘ってクラスで昼食を食べる。エリ姉さんには事前にスマホで連絡したので今日の学食は生徒会組の二人とエリ姉さんだけになってしまうが埋め合わせをすると言って納得してもらった。


「さて時間だな……」


 俺が呟いた瞬間にクラスが静かになるが何も起こらなかった。その瞬間に勝ち誇った五人の笑顔が最高に笑えるスパイスになった。周りの生徒も興味津々に俺達と河西一派を交互に見ている。


「さて金田、誘ってやったんだから飯食おうぜ?」


「あ、ああ……てか気になってたが弁当は誰が作ってんだ? 絵梨花先輩なのか? それとも大学生のお姉さんの方か?」


 この注目された中で弁当を食うのは難しいのに何とか話題を拾ってくるのはさすが陽キャだと感心する。俺なら絶対に無理な芸当だ。


「俺とモニカだな。たまにユリ姉さんも手伝うけど」


「へ~、モニカちゃん料理得意なのか」


「そう言えば金田さんには話しておりませんでしたが私メイドをしてますので」


 その発言で一気にザワついたのは男子だった。女子からも一部好機の目が注がれている。


「快利兄さんに仕えていたのでそのまま引き取ってもらったんです」


 嘘じゃないけど言い方を考えようかモニカさんや。そう思って睨むがさらなる追撃が俺を襲う。


「そう言えばモニカはカイの家でもメイドの恰好してるし、旅行の時もずっとそうだったよね?」


「あれは私服のようなものですから」


「待て、今さらっと風美が言った旅行ってなんだ!?」


 ルリが余計な情報を漏らしまくってる。二人が異世界出身だとバレるのは危険過ぎる。ルリの正体もバレたらまずいが色んな意味で次元が違う。


「夏休みに商店街の福引が当たったんだ。それで旅行先にルリが……偶然居てな、そう、偶然な」


「うん、運命だよねカイ!!」


 ああ、本当はストーカー気味に俺とエリ姉さんを追跡して実家の権力を最大限利用して追って来たなんて言えない。


「ソウダネ~」


「じゃあカイ。今日は私の作って来た卵焼き。どうぞ!!」


 そう言って卵焼きを差し出されたのでつい食べていた。なかなか良い感じだ。家ではユリ姉さんが甘い卵焼きが好きなせいで出汁巻き卵は中々食べられなから貴重だ。


「ほんと一学期の頃からは想像もつかないよなお前ら二人の関係って、いや悪いことじゃないけど」


「これでも中学の時は唯一の友達がルリだったからさ。だけどあの頃より今の方が親密になれたな」


「う、うん。そうだね……私の全部知ってもらえたのも嬉しかったし……」


 言い方が誤解を与えるからやめよう。周りを感知スキルで調べたら男子から殺気染みた何かが出てる。ルリは忘れてるだろうが校内で一、二位を争う美少女なんだから自覚してくれ、それに加えてアイドルだ。


「いや、なんつ~か釈然としないのは俺もクラスの奴らもなんだが、そろそろ許してくれね?」


「許すも許さないも俺はそもそもお前とは友人関係じゃない。ついでにこのクラスの奴らもな」


 そもそも他人で少し前はイジメを黙認していた奴らだ。積極的にイジメていないのは事実だが信用など出来ないし、する気もない。つまり馴れ合う気も無いと少し前まではそう思っていた。


「あ~、ま、そうだよな、いや悪い――――「だが、ルリをいつまでも悲しませるのも違う。だから暇な時は話くらい聞いてやる金田」


「カイ!! 良かった……中学の時に私に声かけてくれたカイなら分かってくれると思ってたよ」


「ルリを安心させたいのと、ちょっとした心境の変化だ」


 マリンドラゴンと対話していたら王国の被害は少しは防げたのかも知れないと俺は昨日から考えていた。それにここ最近の金田は良くも悪くも俺になびいているし脅威ではないなら邪険にする必要もないと考えただけだ。


「ま、金田、お前を利用するだけ利用しようって思っただけだ」


「捻くれた考えだな。何言ってもビクビクしてたお前に何が有ったんだか……ま、良いさ利用してくれ。それでさっそくだけどよ――――」


 金田が何かを言おうとしたタイミングで突然、校内アナウンスがかかり生徒の呼び出しが行われた。


『生徒の呼び出しです。3-2の河西くん。至急、職員室の杉浦先生まで――――』


 その校内放送を皮切りに隣のクラスで悲鳴が聞こえた。さらに今度は校庭の方でも悲鳴が上がる。


「何だなんだ!?」


「俺が知るかよ。興味無いしな」(天罰覿面来ちゃった?)


 金田が慌てる中で別な男子が隣のクラスを見に行って数秒で帰って来た。どうやら隣のクラスの男女が揉めているらしい。どんな効果が出たのか分からないがご愁傷様だな。俺のスキルの天罰覿面何が出るかな?は俺にも制御出来ないし効果もランダムだ。たぶん死ぬような目には遭ってないはず。


「カイリ?」(何を使いましたの?)


「なんだよセリカ」(天罰覿面を使った)


 そう言うとセリカは溜め息をついて弁当の残りを食べ始めた。この位じゃ元貴族は動じないだろうな、そして元騎士でメイドも余裕の表情で弁当を食べる。


「カイ、まさか……」


「俺はここでご飯を食べてただろ? ここに居る全員が見てたんだ、だろ?」


 ルリもコクリと頷くと今度はから揚げを箸でつまんで俺の口元に差し出して来た。食べなきゃ騒ぐと目が言っていたのでパクリと食べる。


「ど、どうかな?」


「俺の作るのと違って生姜が効いてる。もちろん美味いよ」


「良かったぁ……ネットで調べたんだ」


 そんな感じで貰ってばかりじゃ悪いと俺の作った、ほうれん草の胡麻和えを逆に食べさせたり、それを見ていたモニカとセリカも自分達にもしろと言われ二人にも食べさせたりしている内に昼休みは過ぎていった。




 そして放課後、女子Bこと河西に俺は絡まれていた。モニカとセリカは鬱陶しそうに、ルリだけは少しだけ申し訳なさそうにして俺の周りを囲んで見ていた。


「あんたがお兄ちゃんを!!」


「いきなりどうした?」


 俺は素知らぬ顔して答える。実際、俺は何が起きたか知らない。何かが起きることは知っていただけだ。


「私のお兄ちゃんが盗撮で呼び出しくらったのよ!! あんたのせいでしょ秋山!! このクソ陰キャ!!」


「何の話だよ……」(そうかバレたんだな。ざまぁ)


 俺に掴みかからんばかりの勢いで来る河西を止めたのは金田で必死に説得しているようだが聞く耳を持ってないようだ。


「お前だって見てたろ? 快利がずっと教室に居て今日も昼は教室にいただろ!?」


「何よ!! あんたもイジメてた癖にすっかり秋山の腰巾着ね!! あんたも風美さんも腹立つ!!」


「お前が腹立とうが関係無いけどお前の兄貴が盗撮してたのってマジ?」


 その瞬間、シーンとクラス中が静かになった。誰もが気付いていながら流していたのだろう。だけど俺は空気を読まずに突っ込むぞ。


「それで盗撮してたのはどうなんだ? 仮に俺が告発したとしても被害者が訴えただけだろ? ま、俺はそんな事してないけどさ」


「そ、それは……」


 俺がしたのはランダム魔法を時限式でセットしただけで程よい罰を与えてくれとしか念じていない。俺はそれだけしかしてない久しぶりのヌルゲーだ。


「そりゃ自分の兄貴が盗撮犯だと言われれば動揺するだろうけどさ、八つ当たりとか止めてくれないか、迷惑だよ」


「うっ、嘘よ絶対にあんたが!!」


 錯乱している河西に俺は無表情で現実を突き付けた。向こうの世界でも家を取り潰しにされた貴族の娘がこんな顔だったと思い出すがそれだけだ。


「はぁ、お前がどう思うかは勝手だが証拠を出してくれ。ま、あれかな天罰でも当たったんじゃないのか? 日頃の行いかな?」


 魔法を使った証拠を出せるなら出してみろ。俺は予定通り生徒会室に向かう。後ろではまだ発狂している河西が居るが完全無視だ。そして生徒会室には既にエリ姉さんと生徒会の二人が待機していた。





「来たな四人とも、勇者……ではなく秋山。結界を頼む」


「ああ、全てを拒絶する聖域引きこもりの味方を展開する」


 そうして生徒会室を外界から切り離すと全員で席に着く。そこで語られたのは予想通りというか俺の想像通りだった。


「まずは由梨花さんと慧花さんの盗撮動画だが、IT部の部員が防犯カメラの映像を加工して投稿したものだと判明した。ただ、本当は今日これから今いるメンバーで告発する予定だったんだ。そうだよねナノ?」


「うん。証拠も揃えて秋山くん達と合流して放課後にと思ってたら……」


 昼の騒動が起きたと生徒会組の二人が話す中で、一人仁王立ちしていたエリ姉さんが口を開いた。


「私たちの隣のクラスの河西が偶然にも廊下に放置されてたバナナの皮で転んだ拍子に盗撮した写真がバラまかれた、内容は女子更衣室の隠し撮りだ」


「え? じゃあユリ姉さんと慧花の事で呼び出しくらったんじゃないの?」


 俺はてっきりユリ姉さん達関連の証拠が見つかったと思っていた。だがIT部は俺が思ってたよりも真っ黒な部活だったらしく別な余罪が多数明らかになったらしい。


「ああ、IT部の他の部員も部室で動画編集している所を普段は見回りしない生徒指導の教師に偶然発見されたり、紛失届を出してから三ヶ月経ったカメラが職員室に奇跡的に届けられ校長が中身を見たら盗撮動画だったのが判明したりな」


 それは校長としてどうなのと思ったがエリ姉さんや生徒会の二人の話だと残りの部員も酷かった。とある女子部員は取材に協力しないと強姦されたと虚偽の証言をすると警備員や用務員らを脅迫したらしい。学内のカメラの映像を使えたのはこれのお陰だそうだ。こうやって姉さん達の件でもカメラの映像を利用したのだろう。


「他には校内の美少女ランキングなどを本人達に黙って勝手に主催し賭けの元締めをしていて活動資金としていた。その賭けの生徒名簿のコピーをスマホに保存していたのを手違いでSNSに公開してしまったそうだ」


 そう言ってエリ姉さんと生徒会役員の二人が俺を見た。そして後ろからもセリカとモニカの視線が痛い。


「カイ……少しやり過ぎなんじゃ……」


 目の前の推しのアイドルで親友までも心配顔になっていた。


「いや、勇者専用魔法の一つ天罰覿面は俺でも制御出来ないんだ。その人間にある程度の罰が当たるとしか分からないランダム魔法なんだ」


「そうですわね。昔、面白半分で貴族の罰に使ったら騎士の槍が試合中に折れるとか、貴族の馬車が泥濘ぬかるみで動けなくなる程度でしたが……」


 そう、天罰の基準は毎回変わっていたが共通していたのは対象に対して、そこそこ不幸な出来事が起こるという中途半端な効果の魔法だったのだ。


「ま、これがIT部への天罰だったのかな?」


 今回の教訓としては元勇者の天罰の恐ろしさはこちらの世界でも恐ろしいものだと判明したことだ。勉強になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る