第8話「どんな願いもチートで叶えてあげる」
◇
朝のまだ少し弱い日の光がカーテンの隙間から部屋に入って来て目を覚ます。ベッドから上半身だけを起こして寝ぼけた頭で、そう言えば今日は三限目からの講義だけだから早起きしなくても良いじゃないかと二度寝しようと思った時に、私の頭の中で昨日の光景が蘇ってきた。
『あっ……ひゃん……クー、クー……』
『ふふっ、エリ姉さんって気絶する時は意外と可愛い声出すんだな……』
『ふへへ……快利ぃ……私もぉ……クー、クー……』
『ああ、今回は全然ヌルゲーじゃなかった……ほんと厄介な相手だったよ……エリ姉さんは……』
私、秋山由梨花はその光景を見て色んな意味で絶句した。目の前で自分の実妹が私たちの義弟を押し倒した後にその義弟に胸もまれて失神して、今度は義弟が何か変な『勇者』とか『スキル』とか言い出したからだ。本気で二人がおかしくなったと思ってたら今度は私や妹の名前が呼ばれ、その瞬間怖くなってバレないようにコッソリとドアを閉めると部屋へ逃げ帰った。
「はぁ……どうしよ……絵梨花に相談しようと思ったのに……」
妹の絵梨花は文武両道で凛々しくてカッコいい女子の代表みたいな子で姉としても鼻が高い、しかも小さい時から助けてくれたし怖い男たちから守ってくれていた。だから今回も私は昨日大学で困った事になったから相談しようと思って部屋を訪ねたのに何故か義弟に襲い掛かっていたから驚いた。
「なんであのクズなのよ……絵梨花なら選びたい放題じゃない……なんで私の……」
由梨花は悶々と考えるしか無かった妹と弟があんな事になった理由や、自分の今の状況や何よりも義弟の謎の行動について考える事しかできなかった。
◇
昨日は大変だった……現実なんてヌルゲーで草生えますわ。とか思っていたら
(エリ姉さん昨日は最後には俺が家族として好きだって言ったら『私も同じ気持ちだ』って言ってくれたんだよなぁ……俺なんて今思えば姉さんのオッパイが大好きとか最低なこと言ったのに……)
一応は昨晩の自分の発言が最低だったと自覚はあったようで、まだ人間としてはギリギリのところで常識を保っていたようである。そして昨日のどう見ても家族としての一線を越えようとしていたヤベー姉を思い出しても、そのヤベー姉に教育をされていた結果、絵梨花の言う事は全て言葉通り受け取る習性が出来てしまった。
つまり昨日の一連の流れも姉弟のスキンシップの一つとして盛大に勘違いしているのが今の快利の状態だった。
(もう十年近くエリ姉さんには面倒を見てもらってたんだよなぁ……良く考えたら本当に嫌いなら熱心にここまで教育とかしてくれないし……厳しくされたのも俺に期待してくれたからだったのか?)
こう言う所は意外とすぐに気付き、学習しているのも実は絵梨花の教育と異世界生活の成果で人の善意と悪意には機敏になっていた。しかしその反動か恋愛方面には極端に警戒するようになり、結果的に色恋沙汰そのものには臆病に、あるいは苦手意識や恐怖心など様々な方面からまず猜疑の目を向けるようになってしまった。
(でもエリ姉さんのオッパイ凄かったなぁ……やっぱり少しくらい……いやダメだ。姉弟で、しかも信頼を裏切ってはいけない。他ならぬエリ姉さんの言葉だからな。たまに見るくらいにしておこう……それくらいなら良いよね?)
このように内心では体感七年以上も禁欲性活をしていたせいで理性のタガは限界寸前、しかしその最後の防衛線が絵梨花の教えなのが何とも皮肉な結果となって、結局のところ快利は彼女を恋愛対象として見れないのだ。ヘタレではない教育の成果だ。
◇
「よし、もうすぐ朝ごはん出来るから母さん手伝っ……あ、エリ姉さん」
「お、おはよう快利。ところで、その……昨日の夜の事なのだが――「え? 昨日って何の事かな? 昨日の夜は途中でエリ姉さんが寝ちゃって、そのまま話が終わったじゃないか」
「はっ? 何を言っている快利、昨日は私と……あれ? 昨日は確か……部屋にお前を入れた後……あれ? え?」
どうやら成功だ。『
(射程がほぼ相手に触れてないと使用不可とか魔法としては欠陥だよなぁ……ザコの敵と遭遇しても昨夜の俺とエリ姉さんみたいな接近の仕方なんて普通しないだろうし……何に使えるんだろ?)
俺も一番最初に覚えた魔法の一つなのだが昨日のガイドが教えてくれるまですっかり忘れてた。そもそも状態異常系の魔法なんて良くて中級レベルの敵までにしか使えず上級や、更にその上のクラス相手ではスキルなどで互いに無効化してしまう。だから単純に存在を忘れていた。
「いや、だが……なんだ頭に靄のようなものがかかっている気が……う~む」
「そうだっ!! エリ姉さんちょっと……」
そして俺はエリ姉さんがこれ以上何か言い出す前に話題を逸らすために用意しておいた物を渡した。昨日あの後に渡せなかったさらしだ。母さんが居るので廊下に姉さんを連れ出してそこで渡す。
「ん? どうした――「これこれ、昨日渡す予定だったさらしだよ。はい、母さんにバレると色々マズいでしょ?」
「ああ、そうだったな……昨日頼んでおいて忘れるとは……ん? いつものと少し違うようだが……」
「ああ、新商品みたいな感じかな~? 大丈夫だよ今まで以上に隠せるし体にも負担が無いはずだからね」
何とか上手くごまかしてエリ姉さんを洗面所に向かわせるとホッとため息を付く。実は昨晩に姉さんを気絶させた後『
(見た目は無地のグレーのTシャツだけど……昨日の夜は色々頑張ったからね。久々にスキル『
このスキルはその名の通り再利用するスキルで素材や廃品などの組み合わせで別な物を作りだせるスキルだ。
(それに今回は素材に凄いのを用意した、向こうの世界での幻獣とか神獣に龍種の素材使ったから大丈夫なはず)
材質はコカトリスとグリフォンの羽毛にクイーンアラクネの糸を使って仕上げにケツァルコアトルの髭で縫合した一点物だからな。俺と仲間で討伐の旅、通称『お使いクエスト』で倒したモンスターの素材を使っている。
「快利!! これはどう言うことだ!!」
「ん? どったのエリ姉さん?」
「これでは胸が全然隠れ無いぞっ!? まるで普通のTシャツじゃないか!?」
そりゃそうだ、それの名前って心眼スキルで見たら『全能のシャツ+99』とか名前が出てるしね。でもこれで安心だと思うよ。付与効果で何とかなるし、ちなみに付与効果を見てみると……『隠形』『認識阻害』『石化無効』『麻痺無効』『物理反射『雷魔法無効』『全属性耐性+99』ユニークスキル『微石化』とかになってる。
「大丈夫だよ。それ付けておけば安心だから」(だって隠形と認識阻害付いてるって事はたぶんこれエリ姉さんから声かけないと相手気付かないレベルだよね……)
「いや、何を言ってるんだ? 根拠も無い事を言うのは感心しないぞ? 今日は朝から体が軽いからアレを着ても大丈夫な気がしていたのに……」
そらそうだ。だって昨日エリ姉さんが気絶してる間に治療魔術で骨格とか骨自体の異常とか筋肉とかも全部治したからね?高校に入って二年以上も
「こればかりは俺を信じてとしか言えないよ。何なら今から校門まで一緒に付いて行くよ? 男が一緒なら男避けになるし……どう?」(隠形や認識阻害のスキルが、こっちの世界でどれだけ効果が有るか気になるからなぁ……)
「何っ!? 大好きなお姉ちゃんと一緒に登校したいけど上手い言い訳が思いつかないからこのTシャツを口実に校門まで付いて来たいだと? 仕方ない奴め、じゃあ一緒に登校するか!!」
おっかしいなぁ……俺そんな事、全然言ってないんだけどなぁ……でも下手にここで何か言うと男らしくないとか言われそうだし……合わせておこう。と、実は中学そして高校時代はこのような感じで絵梨花に従っていた事が潤滑油精神の始まりだったのだ。そして姉の
「う、うん。じゃあそれで……。俺も準備してくるね?」(何か大事なものを無くしている気がするけど良いか。前より少しだけ居心地が良いし)
それだけ言うと自分の部屋に戻り急いで着替えるとボディバッグに財布を入れて下に降りる……その前に壁に貼ってある我が家での唯一の癒し、アイドルRUKAちゃんのポスターを見ると今日も元気が湧いて来る。こっちの世界に帰って来たと実感出来たのはポスターの彼女の笑顔のお陰だったし、実は異世界では魔王との戦いの思い出でもある。
(スマホの充電が魔王戦の前に切れたんだよなぁ……)
スマホの電池がほとんど無くなり電源が落ちる寸前、最後に聞いたのが彼女のソロデビュー曲の『私の勇気を少しだけ…』の一番のサビのとこまでだった。あの歌声に勇気をもらって俺は魔王を倒せたと言っても過言じゃない。結局スマホの充電方法なんて無かったから向こうの世界に置いて来ちまったなぁ……。
「快利っ!! 母さんがキッチンに近づいている!! 早く来てくれ!!」
「えっ!! エリ姉さん止めておいてよ!!」
異世界での思い出よりも今はキッチンの防衛戦だ!!急いで部屋を出て下に降りようとすると後ろでドアが開いた。
「あっ……」
「あ、おはようユリ姉さん……ちょっと急いでるから!!」
◇
どうせまたクズとかアホとか言われるだろうし朝から気分悪くなるだけだから逃げるに限る!!そして下に降りるとすぐに朝食の用意をしてエリ姉さんと家を出た。そして電車に乗ると意外な事実が判明した。
(付与効果が……効いて無い?)
俺はてっきり隠形が発動しているだけでこっちの世界では認識すらされないと思っていたのに割とエリ姉さんが見られている。しかし次の瞬間には目を逸らすそう言う事が続いた。つまりチラ見されてる。
(快利、快利いいか?)
エリ姉さんが小声で話しかけて来たのは当然だろう。だって効果があまり無いのだから、甘く見過ぎた現実世界……これは怒られる……せっかく昨日は少し進展したのに……と、叱られる寸前の心境で見るとエリ姉さんは満面の笑みを浮かべていた。
(ね、姉さん? えっと……)
(凄いな快利!! 男どもが全然見て来ないぞ!! さすが新製品だな。ありがとう、お前に頼んで良かった……胸も痛くないし本当に助かったぞ)
(えっ? でも……う、うん?)
どう言う事なんだ?訳が分からない。と、言ってるそばから痴漢っぽく見てる奴が居る。仕方ないから軽く分からせるか……と、思った次の瞬間、その痴漢野郎が姉さんの方に手を伸ばしただけでなぜか手を引っ込めた。
『装備品付与効果、物理反射の発動を確認。さらに認識阻害の発動状態を確認』
頭にガイド音声が響く。え?今のがまさか物理反射なの?それに認識阻害が発動してるのに効いて無いってどう言う事なの?俺の疑問を読み取ったガイド音声がすぐに反応して自動で原因を調べ始めた。
『認識阻害は発動しています。問題は発生していません』
(いや、でも周りみんなチラ見してるから姉さんの胸とか認識阻害出来て無いよ?)
『当然です。アイテム関連の付与効果が発動するの使用者本人のみであって周りに影響は与えません』
え?どう言う事だ……本人のみ……ま・さ・か、姉さんに効果が出てるのか!?姉さん本人の認識が阻害されている?そこで俺は残りの電車の時間五分弱と通学路、校門から更に武道場前まで付いて行く事にした。そう言うとなぜか姉さんは更にご機嫌になったが今はそんな事はどうでも良い。
(あれを使う……頭痛くなるけど仕方ない。ほんとのチートを見せてやる!!)
『了解しました。使用時間は二〇秒です。それ以上は現在の勇者カイリへの深刻なダメージが予想されます。では……全次元方位観測スキル発動して下さい』
(
姉さんの周囲に全次元方位観測スキル『
(電車でもあの痴漢野郎以外は恐らくこんな感じだったんじゃ? 悪感情よりも尊敬やら恋慕とかの視線……てか姉さんが歩いてるだけで周りのステータスが微魅了状態になってる!?)
スキル
(凄い……姉さんは歩いてるだけで注目されてんだ……だから視線が集中してた? 他のデータもよこしてくれっ!!)
そしてその内容をデータ化し全て俺が知る事が出来るスキル。プライバシーなど一切無視の最悪のスキルの一つだ。そして今範囲内には約八〇名の生徒と教師……その内エリ姉さんの胸を気にしてるのは二人……その内の一人は体育教師の田中か……後で軽く分からせておこう。後は全部女子、切り替え……俺への憎悪度が最高値を振り切ってるううう!!
(やばっ……そろそろ時間が、最後にエリ姉さんのデータも……え?)
そこで姉さんのステータスに変なものを見つけたけど、それを詳しく調べるよりも限界が来てしまいスキルを切った。少しフラフラするけど何とか意識を保つ。少し疲れたけどそれを悟られないように武道場の前でエリ姉さんと別れようとしたら、ついでに見学して帰りも一緒に、さらに仮入部とかどうだとか言い出したんで丁重に全部お断りした。ある仕掛けだけをして俺は高校を出て電車に乗って帰る事にした。
◇
(電車なんて久しぶりに乗ったな……はぁ、ユリ姉さんまだ家に居るんだろうな。朝遅いって事は講義が遅い時間なんだろうし。お昼過ぎに戻れば会わないで済みそう)
そんな理由から快利はワームホールを開けば本来ならすぐに帰れるが、どこかで時間を潰したい心境だった。そうは言っても戻って来たばかりの彼が行けそうな場所は限られている。結局は小さい頃に遊んでいた近所の神社で時間を潰すしか無かった。だってお金無いからね。
(勇者時代ならもう少しあったんだけどな……こう言う時は勇者時代は良かったとか思っちゃうなぁ……)
「「はぁ……」」
神社に設置されてるベンチに座って思わずため息を付くと、横でも大きなため息が聞こえた。偶然にも隣のベンチに座ってる人とタイミングがバッチリ合ってしまったようだ。そして思わず横を見ると黒髪ロングの女性と目が合った……。
「「あっ……」」
またハモったけど、そんな事はどうでもいい事態が目の前で起きている。黒髪ロングにアンダーリムのメガネとその奥のアイスブルーの瞳。俺はこの子を知っている。だって家を出る前にポスターで見たから……。
「RUKA……ちゃん? 本物?」
「えっ? あっ!? コホン……んんっ……もしかして私の事知ってますか?」
本物だ……この透き通るような声、異世界での魔王との最終決戦で俺を励ましてくれた歌声と同じだ。この綺麗な声を聞き間違える筈が無い。
「はっ、はひぃ!! 俺、じゃなくて……ぼ、僕はRUKAちゃ、じゃなくて、さんのファンで、FCに会員にも入ってましゅ!! 会員番号043番ですっ!!」
「チッ……ええ。ありがとうございます。嬉しい……です」
何を隠そう俺は一期からファンクラブ会員で彼女のファンだった。え?何か今舌打ち?が聞こえた気がするけど……いやいや、まさか清楚系アイドルナンバーワンで彼女がリーダーを努めるアイドルグループの『
「そ、そのぉ……人気アイドルのRUKA……さんがどうしてこんな寂れた神社に?」
「え? ええ。実は私の地元ここなんですよ。寂れた神社とか言っちゃかわいそうじゃないですか……」
「そうですね!! 無人でもどこかホッとしますし。ここは僕にとっても思い出の場所なんです!! 昔よく遊んだり待ち合わせしたりしたので!!」
そう言うとRUKAさんは少し目を見開くとフフッとあの透き通るような声と誰もが振り向くような優しい笑顔を浮かべた。ああ、最近は暴力的な女ばっか見て来たからこんな優しくて清楚系な女の子と話すなんて……何年振りだろう。
「そうなんですか……私もここは少し思い入れがあるんです。だから今日も来ちゃって……ふぅ……実は……」
RUKAさんの話を聞くと、どうやら事務所のミスでソロの仕事とグループの仕事をブッキングさせてしまったそうで、どちらを選ぶか悩んでいたそうだ。それぞれの仕事の現場から別の仕事現場まではどう頑張っても一時間はかかるらしくどうしようも無いそうだ。
「やっぱ芸能界って大変なんすね……でも売れっ子だから現場が……二つも離れ……て……る……」(ん? その程度ヌルゲーじゃないですか!! 今の俺なら!!)
「あの……どうしたの? 秋山くん?」
「いえっ!! あの、俺が何とかしましょうか?」
さすがに不審な顔をするRUKAさん。そりゃそうだ一介の高校生が何を言ってるんだと思ってるのだろう。だけど、ファンなら推しの為に全力を出せる。そして俺は困っている人を助ける……元だけど俺は勇者だから!!
「ありがとうございます。でもこれは私のお仕事ですから」
「いいえっ!! 俺の力をお見せしますよ? 俺って少し凄いんですよ?」(大丈夫です!! RUKAさん、あなたの為にどんな魔法も魔術もスキルも使います)
さあ、今日は姉さんも助けたけど憧れの人も助けるんだ……全力で行こう!!勇者カイリ!!今日だけ復活だ!!
「どんな願いもチートで叶えてあげます!! お任せ下さい!!」
そう言って俺は
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