転移先がブラック過ぎたので帰ってきたらヌルゲーでした

他津哉

第1部『元社畜勇者の帰還』

第1話「こんな異世界いられるか俺は帰るぞ!!」


 勇者カイリこと秋山快利あきやまかいりは目の前の黒い巨大なドラゴンを見てため息をついた。彼は最近流行りの異世界召喚されたどこにでもいる日本の高校二年生だった。そこまでは良かった。いや人によっては良くないかもけど。

 

 異世界転移と言うこの現象に巻き込まれ彼がこの世界に飛ばされ早くも七年が

経過し、まず最初に魔王と四天王を倒した、さらにその裏で糸を引いてた邪神とその一派を滅ぼし、やっと平和になったかと思ったら今度は貴族が反乱を起こして王族と戦争になり王国軍として参戦させられ無事に鎮圧したら、新生魔王軍が侵略して来たのでそれをまた撃退した。


「今度こそ終わったと思ったのにな……」


 そして異世界転移から七年目の今回はドラゴン軍団の襲来だ。龍皇と呼ばれる邪悪な召喚士がドラゴンを次々解放し最後は魔力が暴走して自滅して七色の竜が世界中で大暴れ、それを六体倒したので最後の一体の赤竜を倒したらなぜか出て来た八体目の黒龍と戦っている最中だ。ちなみに七体の竜の色は虹の色だった。


「あ~やりますかぁ……技の名前なんだっけな……?」


 ちなみにこうしている間にも彼には黒龍からの黒炎のブレスが吐き出され、攻撃されているのだが全然効いてない。オートで発動する『聖なる防壁何でもガード』が全てを無効化しているのだ。そして今、彼は王家から託された聖剣で必殺技を出そうとしているのだが技名をど忘れして考え中だった。


「う~、あ~、最近は、色々と名前が出て来ない……ま、良いか!! えいっ!」


 取り合えず聖剣を一振りしていつものビームみたいな光の奔流をドラゴンに向かって放った。その結果、黒龍の片翼は吹き飛び半身が血塗れになる。


「そいっ!! もういっちょ!!」


 さらに二発打ち込むと黒龍は絶命の声さえ上げずに消滅した。また新しいドラゴンに警戒したカイリだったが今度こそ出て来なかった。終わった。再度ドラゴンの消滅を確認して彼は転移魔術を使った。


「陛下戻りました~」


「おおっ!! 勇者カイリ!! 戻ったか!?」


「はい。ドラゴン八頭全滅させました~」


 戻って来た場所は王宮の王の間、そこには王家の人間と重臣たちが集っていた。見事、さすが勇者、素晴らしいと口々に言っている王族&貴族たち最初は良かったんだよなぁと彼は思う。

 

 最初の頃は純粋に信じていたのに、四年前に貴族と王家の騒乱の際にやれ王国に

付け貴族に付けと散々政争の駆け引きの道具にされ、一応は王国側に付いたら付いたで、王国側に人質としていた貴族の娘らからハニトラからの毒殺から暗殺、部屋に爆弾仕掛けられて爆殺など夜も眠れない日々を過ごす事になり、結果、彼はすっかり女性不信となっていた。


 ちなみに姫とかはこの国にはおらず皆、王子ばっかである。彼らは比較的まともだったが、第三王子が同性愛者ホモだったので勇者である彼の貞操が奪われそうになる事が多々あった。そして旅の仲間は勿論ここにも女の子なんて居なかった。


 戦は男の仕事と言われるのがこの異世界の常識で、エロいビキニアーマーの姉ちゃんも、清楚系なシスターも、軽装でいやらしい恰好した盗賊も居ない。壮年のベテラン魔法使い二人と斧持った歴戦の戦士と身長2メートル近い天才剣士しか居ない。この人選はもちろん実力主義で皆凄い強い人間しか居なかった。だが現代から転移した彼としては一人くらい女の子が居るに違いないとか思っていたりしたのである。


「あぁ……帰りたい。元の世界に帰りたい……」


 最近は自室でこんな事ばかり呟いている。社畜になった事が無い高校生なので多分こんな感じなんだと勝手に思う勇者であった。そして17歳でこの世界に飛ばされ気付けば24歳にもなっていた就職してたら社畜だったに違いない。


 酷い……俺の青春返せよ……なんとか言えよ!!とは言っても彼がここに飛ばされたのは、よくある神、または女神様に呼ばれたって訳ではない。そしてトラックにも彼は轢かれてもいない。


「目が覚めたらパジャマ姿でこっちに来てたんだよなぁ……」


 朝起きたらベッドごと王様の玉座の間に居て勇者として戦って欲しいと言われて二つ返事で受けてしまったのが不幸の始まり。これで可愛い恋人やら幼馴染やら許嫁やらが居ればまだ救いはあった……だが彼にはそんなものは居ない!!


「誰か居たような気はするんだけど……ま、忘れたって事は覚えておく必要が無い事だって死んだ爺ちゃんも言ってたな」


 少なくともこの異世界ではそんな存在は居ない。そう異世界ならね……あれ?

何か今、自分ですご~く嫌な事を思い出しそうになったけど、まぁ、良いか!!

と思考をやめるのは彼の現実逃避する時のいつものパターンである。

 

 彼は基本的に転移前は平凡な人間ではあったが機転はよく効いて空気も読む、いわば潤滑油のような人間ですと面接の時に使えそうで意外と使えないタイプの人間だったのだ。潤滑油だったからその即応能力だけは高かったのが救いだ。


「そんな事より帰りたい……あったかい我が家が……あれ? 待って無くね?」


 勇者カイリが思い出そうとしても彼の脳自身が必死に思い出さないように努力している過去なのだが、ここまで彼の脳内が拒絶しているのにも理由がある。ここまで言われれば分かる人も居るであろうが元の世界でも彼の周りの環境は決して良い物とは言えなかったのだ。


「やっぱり帰らなくていいかなぁ……こっちでは必要とされてるわけだし」


 なんていつもの潤滑油精神と目の前の事やってれば良いんじゃね?みたいな甘えた社畜精神を全開にして、心の安定をはかっていたカイリの部屋に国王からの伝令の兵士が入って来た。


「勇者カイリ様!! 伝令です!! 古の伝説の魔王四天王と大魔王と超魔王が復活し宣戦布告がなされました!! ただちに玉座の間へ!!」


「いやだ……」


「へ? 勇者様?」


「もう嫌だ!! お家帰る!!」


 兵士が驚いた後に大声を上げて退出して行った『勇者様ご乱心!! 勇者様がご乱心された!!』とか言いながら玉座の間に戻って行く。そう、いくら潤滑油でも勇者でも、しょせんは普通な家で生まれた普通の少年だったのだ。チートがあっても七年もこんな事をやらされていたらこうもなる。


「あぁ……もういいや休み無いし、エッチなお店は禁止だし、贅沢な食べ物もダメだし……嫌だなぁ……無断欠勤してえなぁ……」


 ついに勇者が現実逃避を始めた。彼は末期なのだ、頼る者もおらず、癒しも無く、彼がこの異世界で手に入れたものは剣技や魔法を始め様々な戦闘技術そして戦場における必要不可欠なスキルなどである。つまりは全て己個人で成立するようなものしか無い。そこで思わず彼は言ってしまった。


「俺の青春返せ!! ば~か!!」


『了承シマシタ』


 彼の脳内に機械のガイド音声みたいな、具体的に言うと『お風呂があと五分で沸きます』みたいな声が聞こえたのだ。そして彼だけが知覚できる自分の能力を見てみると、そこに変な項目があった。




――――因果律操作系統魔法ラーニング完了――――





 因果律操作? 彼は即座に知識の魔法『無限書庫ウィキ』を展開し、それを調べる。そして判明した結果。


「なんだ、またチートかぁ……てか前に邪神倒して奪った力に時空魔術とかあったからアレで大体なんでも出来るんだよなぁ……なんならタイムスリップも可能だし。ま、こっちは魔法だし魔術よりは凄いのか?」


 一応この世界の定義では魔法の正式名称『則干渉理論』で魔術は『導幾何学技』の略称であり、魔法は理論で自然法則の力を一部流用するようなもの、そして魔術は道具や触媒、もしくは何らかの道具などのある種の形持つものに魔法と同等の効果を与え展開するものとなっている。


「ま、例えば預かってるこの聖剣に時空魔術をかけて……えいっ!」


 彼がサラッと聖剣で開いた時空の穴、つまりワームホールは彼がさっき言っていたタイムスリップを可能とするのだ。ちなみに悪用しようと思えば彼はパラレルワールドにも、過去にも未来にも行けてしまうのだ。


「ま、こんなん使えてもなぁ……せいぜいが転移魔術に応用出来るくらいだし」


 しかし彼はこのように知性が凡庸でひらめき力も皆無なために世界征服や、この世界の王になるなど考えることすらしないのだ。だがこの時は少し違った。偶然かそれとも必然か?はたまた神の啓示か悪魔のささやきか、思いついてしまったのだ。


「因果律とか言うのを弄って過去に戻れば良いんじゃね?」


 つまりは過去改変である。そもそもこの世界に来るような事態さえ無くせば自分は平凡なままの高校生に戻れる。そして青春を取り戻せる。そうと決まれば善は急げだ。荷物を持てるだけ持って空間魔法『即応式万能箱どこでもボックス』に突っ込むと彼は再び時空魔術を聖剣にかけた。


「よし……座標は、分かるっと……固定して、あとはこの穴に突っ込んで俺が中で因果律を弄って別なとこに繋げた後に転移先にいる俺の体に移れば解決っと……。あれか……高校生の俺を上書き、てかアプデする感じなのか……え~とその際に膨大な情報量が入るので転移先の保護はしっかりしましょう……最悪の場合は死にます……」


 ヘルプ項目で注意点を見ながら危険な項目に気付いた。見つけてもすぐに乗り移るのでは無くて魔法を使って強化しまくってこっちの俺の過負荷の耐えられるようにしてから過去の俺の体に移らないとまずい。


 それを確認すると因果律の魔法の起動も確認すると一日三回しか使えないから慎重にしてねとヒントが出た。気を付けよう……そして決意を固めた瞬間に彼の部屋のドアが吹き飛んだ。


「勇者よ!! 早く魔王四天王と大魔王と超魔王と実はまだ居た真・超魔王を倒してくれ!! そなたが頼みの綱じゃ」


「勇者!! こんな王より我が辺境領地へ来て今こそ王を打倒しましょう!!」


「カイリ!! 僕はもう我慢出来ないんだ!! 教会は僕が黙らせるから二人で式を挙げようじゃないか!!」


「勇者様!!こんなホモ王子よりも私と添い遂げて下さいませ!! 大丈夫です。もう死毒も麻痺毒も劇薬も入れてません。少し記憶が混濁するだけのワインですわ!! 決して操り人形にしようなんて思ってませんの」


「勇者様、この間は部屋を爆破してすいません。今度は私がキチンと調合した威力弱めで勇者様だけを確実に狙える爆薬を作りました~」


「カイリ殿!! 超魔王なる者が現れた!! 今こそ我ら王国の守護者の出番!! みな一緒に新たな冒険へ行くのを楽しみにしていますぞ!!」


「貴様が勇者カイリか……めんどうだから我が自ら出向いたぞ。我は真・超魔王の称号を持つセレーナ!! ここで決着をつけようではないか!!」


 彼の目の前には、王様、辺境で王座を狙う貴族、王子ホモ(第三のみ)、毒殺令嬢に爆殺メイドさらには一緒に冒険していたパーティーメンバー、そしていきなりラスボスっぽい頭に角生やした。自称魔王のお姉さんが次々部屋に入ってきた。


「少しは俺も、この世界に名残とか感傷とか思い出とかあると思ってたんだよなぁ……ほんと~~~~に少しだけはあると思ってたんだ……」


 凡庸な彼なので置手紙を残して聖剣も使った後は置いて行って、こっそり帰ろうと思っていたのだ……が、ここでついにキレた。


「あああああああああああ!! いい加減にしろよ!! このスカポンタン共!! 俺がいつも、いつも甘い顔してりゃ調子乗りやがって!!」


「「「「「勇者?」」」」」


「もういい……こんな異世界いられるか俺は帰るぞ!!」


 あらためて聖剣に時空魔術を展開すると時空を切り裂きワームホールを展開した。


「聖剣と鎧ともろもろの装備は全部慰謝料だから!! 貰うから!!」


 そう言うと彼はワームホールに飛び込んだ。そしてそのまま座標を確認して自分の元の世界を指定し、過去の自分を見つけると因果律操作魔法を行使した。


「た・だ・い・ま~!! マイ世界!! さよなら異世界!!」


 彼は過去の自分に出来る限りの超強化する魔法をかけるだけかけて過去の自分に飛び込んだ。転移される一日前の朝の自分に溶け込んでそしてすぐに意識を失った。しかし、彼の受難はある意味ここからさらに始まるのだが、まだそれを知らない。

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