第4話 イベントに備えて、色んな願掛けやってみた 2/2

 イベント会場を後にした俺と結花ゆうかは、電車に揺られて地元まで戻ってきた。


 最寄りの駅でおりると、家とは違う方向に歩き出す結花。

 疑問に思いながらも、今日は結花の気が済むまで付き合おうと決めて、黙って後をついていく。



 そして到着したのは――神社だった。



 初詣は結花の地元に帰ったときに、二人で済ませちゃってたんだけど。

 二原にはらさんとマサとも行こうって流れになり――結花が『二回目の初詣』なんて言っていた、あのときの神社。


 前に来たときは巫女体験ってことで、白衣と緋袴に着替えた結花が、巫女の所作を教えてもらってたっけな。



ゆうくん、おみくじ買ってきたよー!!」



 ほんの一か月前のことを懐かしんでいたら……買ったばかりのおみくじを片手に、結花がこちらに走ってきた。


 そして、じゃばら折りになってるおみくじを、俺の方に差し出す。



「ゆ、遊くん……代わりに開けて? 凶だったら怖いから~……」


「いや、こういうのは自分で開けないと意味なくない?」


「意味なくなくないよ! 遊くんパワーも合わさって、おみくじの威力が倍増しちゃうはずだもんっ!!」



 そういうご利益ある系の人じゃないから。どこにでもいる普通の高校生だから。

 とは思うけど、まぁ……結花がそれで満足するんなら、いっか。


 結花からおみくじを受け取ると、大きく深呼吸をひとつして。

 俺はおそるおそる――おみくじを開けた。



「わぁ! 大吉だよ、遊くんっ!! すごい、すごいーっ!!」


 おみくじを見た途端、ぱぁっと明るい表情になった結花が、そのまま抱きついてきた。

 鼻先をくすぐる髪の毛から、柑橘系の匂いが溢れる。



「……やっぱり、ここに来てよかったなぁ。ご利益あるって、思ったんだよね」


 俺の胸にくっついたまま、結花が呟く。


 ……その体勢で喋るの、やめてほしい。

 結花の吐息がくすぐったくって、仕方ないから。



「そんなに信心深かったっけ、結花?」


「だって、遊くんとの結婚が家族公認になったのも、ここの神社と地元の神社のおかげじゃんよ。しかも、イベント会場にも願掛けしたから、二倍のご利益! そして、遊くんがおみくじに触れたことで――四倍のご利益にっ!!」


「何その、ご利益方程式!? そこまで期待されても、神様だって困るでしょ!」



 結花のとんでも計算に、思わずツッコんじゃう俺。

 だけど結花は、なぜかドヤ顔を浮かべる。



「そして私は、もう一人……最高の神様を知っています! その神様は、格好良くって可愛くて、いつだって私のことを大切にしてくれる――大好きな神様っ!!」


 あんまり神様に使わないような、褒め言葉を並べてから。

 結花はポケットに手を入れると――一通の封筒を取り出した。


 とても見覚えのある、ピンク色の封筒。

 とても見覚えのある、書き綴られた文字列。



 うん、間違いない。

 これは――『恋する死神』が和泉いずみゆうなに送った、ファンレターだ。



「この神社の神様と、『恋する死神』さん……二人の神様がいるんだもんっ。こんなのもう、私のご利益、百万倍じゃんよ!」


「ならない、ならない! ペンネームとはいえ、死神だからね!? バチが当たって、むしろご利益がマイナスになっちゃいそうだから……早くしまおう、結花?」



 ――来夢らいむとの一件がとどめとなって、心が「死んでしまった」俺が。

 ――ゆうなちゃんに「恋をした」ことで、アンデッドのように動き出した。



 そんな、割とどうしようもない由来で名付けた『恋する死神』。


 当然、神がかり的な力なんてあるわけないし、そもそも名前が不吉極まりない。


 こんなバチ当たりな名称、ちゃんとした神様と並べ奉ったら……ご利益どころか、天罰が下る可能性すらあるって。



「マイナスになんか、ならないよ」


 だけど結花は、そう言いきると。


 おみくじとファンレターを、左右の手に持ったまま、俺にウインクしてきた。



「『恋する死神』さんがいてくれたから、どんなに落ち込むことがあったって、また頑張るぞーって思えたし。『恋する死神』さんがいたからこそ、遊くんと出逢えたんだもん。そんな『恋する死神』さんが――死神なわけ、ないじゃんよ」



 ――――そのとき。


 一陣の強い風が、俺と結花の間を吹き抜けていった。



「……あっ!」


 思わぬ強風に煽られて。

 結花の右手をすっぽ抜けると、ファンレターが宙を舞った。


 慌てた結花が手を伸ばす。


 だけど、指先は空を切り、ファンレターは境内とは反対側に飛ばされていく。



 それを見た俺は……反射的に駆け出した。



 ――――ああ。



 そういえば、初めて結花と出逢ったときも、こんなシチュエーションだったっけな。


『恋する死神』の送ったピンク色の封筒が、風に煽られて。

 街路樹の枝先に引っ掛かっていたのを、俺が代わりに取ってあげて。



 そうして俺たちは……出逢ったんだ。




「…………遊一ゆういち?」




 だけど。


 運命の神様は気まぐれで。


 望まない出逢いも――運んでくるらしい。



「えっと……これ、遊一のかな?」



 そう。風に煽られたファンレターを、拾ってくれたのは――。




 ――――俺がかつて好きだった人、野々花ののはな来夢だった。

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