第32話 男の一世一代のイベントがはじまるから、聞いてほしい 2/2
それから家族の顔合わせは、歓談の時間となった。
「今さらだけどさ。僕は中三、
「……ちっ。人が気を遣って、おとなしくしてるからって……」
喜色満面を絵に描いたような顔をして、勇海がいつものお返しとばかりに、那由に対して強気に出てる。
那由から普段、散々いじられてるからな。まぁ気持ちは分からんでもないけど……そいつ、めちゃくちゃ根に持つタイプだからね?
後から勇海が泣かされてる姿が、目に浮かぶ。
「ゆ、
一方の俺は、お
「お母さん、失礼だから! 私は元気! ほら見てよ!!」
「で、でも……家の中は見えないから、心配で……」
「もぉー、心配性なんだからー……お父さんからも、なんとか言ってよぉ!!」
「――母さん、大丈夫だよ。遊一くんは、そういう子ではない」
お義母さんと結花の掛け合いに対して、冷静に告げるお
それからお義父さんは、正面に着席している――俺の親父との会話に戻る。
「すみませんね、
「いえいえ。こんなに可愛らしい娘さんがいらっしゃれば、心配するのも当然ですよ。本当に結花さんは、素敵な娘さんですからね」
「もったいないお言葉です――まだまだ至らないところばかりで、気苦労の絶えない娘ですよ」
「それを言うなら、うちの息子の方がよっぽどです。お互いまだまだ、子離れできませんね
「まったくです」
いつもはおどけた態度ばかりの親父が、なんだか大人な会話をしている。
それと対峙するお義父さんもまた、身じろぎひとつせず、冷静な態度を崩さない。
そんな二人のやり取りを横で見ながら――心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。
「――綿苗さん。いつぞやは、遊一と結花さんの『結婚』という突飛な話を持ち掛けまして、大変失礼をいたしました」
「いえ。私もそれを呑んだわけですから。謝っていただくことではありません」
「この結婚話は……私たち二人からはじまったものです。しかし、最終的に同棲という形に進んだのは、遊一と結花さん――『子どもたちの選択』によるものと認識しております。見解の相違は、ありますか?」
「――いいえ」
「それでは、改めてにはなりますが。二人の『婚約』、将来的な『結婚』について――両家とも納得しているという認識で、よろしかったでしょうか?」
今日の顔合わせの核心の部分に、親父が一気に切り込んだ。
心臓の鼓動が、さらに速まっていく。
そんな中、お義父さんは――重々しい口調で言った。
「……佐方さん。一度、遊一くんと二人っきりで、話をさせてもらえないでしょうか?」
――それから、親父が店の人に取り計らってもらって。
俺とお義父さんは、先ほどの個室から少し離れた、小さな部屋へと移動した。
畳の上に置かれた卓。向かい合う形で置かれた二つの椅子。
「……取りあえず、座って話そうか」
「は、はい!」
そうして、俺とお義父さんは――向かい合って着席した。
心臓の鼓動の速度は、もはや破裂するんじゃないかっていうほど。
意識が遠のきそうになる。呼吸が苦しくなる。
だけど――ここで怯んだら、『未来の夫』失格だから。
俺は自分の膝に爪を立てて、顔を上げて、お義父さんを正面から見据えた。
「――少しだけ、昔話をしてもいいかな。遊一くん」
お義父さんもまた、俺に視線を向けたまま……淡々とした口調で、語りはじめる。
「恥ずかしながら、私は仕事人間でね。来る日も来る日も、深夜まで仕事尽くめで。家のことはほとんど、家内に任せっぱなしだった」
「……お忙しい仕事だというのは、知っています」
「結花が、学校に行けなくなった頃もな。私はろくに、時間を作ることすらできなかった。それに、こんな性格なものでね。気の利いた一言すら、掛けてやれなかった。情けない話だが――本当に、父親失格だったよ」
淡々としているけれど、どこか寂しそうなその声は。
なんだか、水のようにすっと、俺の心に染み込んでいく。
「私は何もできなかったが……結花は立ち上がり、声優になると決めた。ホッとしたのも事実だが、これでも男親なのでね。高校生の娘の一人暮らしは、やはり心配だった。だからこそ、佐方さんの提案にありがたいと感じる部分があったのも……正直なところだ」
そうやってお義父さんは、自身の内面を吐露していく。
結花への愛情を。過去の自分への悔恨を。複雑な父親としての心情を。
そして、お義父さんは――まっすぐに俺のことを見据えて。
あの日と同じ問い掛けを、口にした。
「だからこそ、結婚を認める前に、聞かせてほしいんだよ。遊一くん――結花が君からもらっているものは、一体なんだね?」
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