#4-7「星の巡りに導かれて」
変身を終え、まずはわたしが一歩前に出る。
サーモンピンクのセミロングヘア。フリルだらけのミニスカコスチュームに、ブレザーみたいな形をしたマント。
縞のオーバーニーソックスに、ハートの装飾付きリボンなんて格好は、本当に恥ずかしい。死にたい。
そんなことを思いながら、わたしは左腕を伸ばしてポーズをきめる。
そして、両腰のホルダーから魔法の洗剤スプレーを引き抜くと、くるくる回して正面に向けた。
「泡立つ声は海をも荒らす! チャァァァムサーモン!!」
続いて、わたしの横に踏み出す
雪のように白いツインテールに、彩りを添える白銀のティアラ。水色のコスチュームからほっそりとした脚線美を晒し、カツンと白いハイヒールで地面を鳴らす。
ビシッと敵を指差して、そのまま右腕をぐるりと回す。
それを合図に降ってくるのは、二メートル超の筋骨隆々な魔法の白熊ぬいぐるみ。
「林檎がなければ毒を喰え! チャームパウダースノウ!!」
同じく、私の隣に踏み出してくる
オレンジ色の長髪を揺らしながら、肩と胸元を大胆に露出させた淡い黄色の着物を翻す。
脚を魅せるのは白のサイハイソックス。そして背中には、無骨な魔法の鉄パイプ。
引き抜いた鉄パイプで、眼前のガラスの靴を木っ端微塵に粉砕すると、そのまま鉄パイプを数回転させて右手に構える。
「ガラスの靴を叩いて壊す! チャームゥゥゥ……番長!!」
サーモン・パウダースノウ・番長の三人は、右手を重ねて天に向かって伸ばす。
「「「世界に轟く三つの歌は、キュートでチャームな御伽のカノン」」」
行くよ、三人揃って!
「「「我ら魔法少女! キューティクルチャーム!!」」」
そして、わたしたちから少し離れたところで――もゆ。
白い羽根の生えた学帽風キャップをかぶり、学ランを模したコスチュームの腰元からは黒い羽根に似たひらひらが生えている。
履かれているのはガーター付きの、色っぽいグレーのブーツ。
撫で上げた髪が、急速に伸びて左目を覆い隠すと――演出上出現した月の明かりのもとで、敵の方へと振り返る。
「常闇 混沌 深淵 ……雨。漆黒の乙女、我が名はノワールアンジェ」
そしてノワールは左手で唇に触れ、右手の人差し指で右目を拭う。
「生まれし罪に悪魔の
セリフとともに地面を蹴り上げ、ポーズをきめると。
「我ら選ばれし民。
そして、わたしとノワールは足を揃えて黒墨の前に並び立つ。
両手を腰に当て、ウインクをきめるわたし。
対して瞳を閉じて、苦悶するように腰を捻るノワール。
「ちまたに溢れる社会のクズ共! この魔法少女キューティクルチャームが、今日もシュシュッと……お掃除しちゃうゾ☆」
「嗚呼……今宵も魔天は、血に濡れる」
せめてこの設定だけでも変えさせてくれないかなぁ、
高三にもなってウインクとか、マジできついんですけど。
「ほら。ボーッとしてる場合ではありませんよ? カルパッチョ先輩」
「だから勝手に人をレシピにすんじゃねぇ!! ああ、面倒くさい……誰か他の人に任せて新刊の少女マンガ買って帰りたい。けど――」
やるとなったら、やるしかない。
だってわたしたちにしか、魔力を持った悪党を倒すことはできないんだから。
投げ出したくても。辞めたくっても。
気合い入れて……やってやる。
「あんたたち――アドレナリン全開で行くわよ!!」
『愚か者め……俺に勝てるとでも、思っているのか?』
変態ロリコン男とは思えない、強烈な殺気。
そして
「おしおき一発、行っちゃうよ!」
そんな彼に対抗するかのように、パウダースノウが決めゼリフを言い放った。
それを合図に、天高く飛び上がる魔法の白熊ぬいぐるみ『しずねちゃん』。
そして大きく息を吸い込むと、『しずねちゃん』の身体は膨張して赤くなり、まるで巨大な林檎のように変化する。
「パウダースノウ・スノーホワイトアップルドロップ!!」
繰り出されるは超高速の、『しずねちゃん』ヒップドロップ。
しかし黒墨はまるで焦ることなく、『黒一夜』を『しずねちゃん』のお尻に向けた。
轟く数発の銃声。
黒墨の放った銃弾は、黒煙を噴出しながら『しずねちゃん』のお尻へと連続で直撃。
しかし――『しずねちゃん』の勢いは止まらない。
「『しずねちゃん』! 勢いで押し切っちゃえー!!」
『む!?』
轟音。それと同時に地面には亀裂が走り、砂塵が噴き上がる。
『しずねちゃん』必殺のヒップドロップが、完全に黒墨の身体を捉えた。無残にも粉々に砕け散ったグラウンドが、その威力を物語っている。
しかし――。
『狙いはよかったな。サバゲーなら高得点だろう。だが、今の俺がホログラムだということを忘れたのか?』
そこには傷ひとつ負っていない、黒墨の姿があった。
くっ……やっぱり黒墨にダメージを負わせるのは、ちょっと厳しいみたいだね。
『さぁ……俺の力の前にひれ伏すがいい! 魔法少女どもよ!!』
乱射される『黒一夜』の連撃。
当たればコンクリートすら簡単に砕くという、凶悪な魔力の弾丸。
わたしたちは自分の魔法の力で、それらをなんとか凌ぐ。
魔法の使えないニョロンとガブリコは死に物狂いで逃げ惑っているが、それどころじゃないし放っておこう。
そんなことより危険なのは……わたしたちの近くで立ち尽くしてる、プロ引きこもりだ。
「
「魔法のオッドアイ『夜光虫』――
すかさず飛び出したのはノワール。自身と百合紗ちゃんの前方を楕円形の光で覆って、黒墨の銃撃を相殺させていく。
同時にノワールは、錬成した魔法の障壁を、気絶している女子高生やキューティクルチャーム応援団に対しても張り巡らせる。
「ノワール! そんなに一気に魔力を消費したら、あんたの身体が……」
「何を言ってるのですかサーモン先輩。人々を救うのが魔法少女なのでしょう? だったらこの程度の無茶――魔天にはどうということもないのですよ!!」
「おちびちゃん。あなた……」
バリアに包まれながら、動揺する百合紗ちゃん。
そんな彼女に、ノワールはにっこりと微笑んだ。
その笑顔は、まるで――天使のよう。
「どうです、ユリーシャ? かつて契った魔天の約束、わらわとともに果たす気になってくださいましたか?」
「いや、契ってねーっすし、そんなの。それにこの間も言ったでしょう? 自分は、子どもが苦手なんす。いや……子どもだけじゃねーっす。自分は人が怖いんすよ。口下手でいつもビクビクしてて、大好きな歌だって本当は下手っぴで……こんな自分が、誰かと一緒に何かをする資格なんて、ないんすよ……」
そう言って俯く百合紗ちゃん。
そんな彼女に対して、ノワールは慈母のような微笑みを崩さない。
「わらわにも……もゆにも分かるのです。周りが、他人が怖いって気持ち。それならいっそ一人の方が楽だなんて、以前は思っていたものです」
――そういえばこの子って、『魔女気取り』だとか『教祖』だとか陰で呼ばれて、学校で友達ができなかったんだったな。
それで魔法少女として人気者になって、友達がいっぱい欲しいなんて願って。
最初の頃は、わたしたちと張り合ってたっけ。
「でも、今は違うのです」
そんな、寂しがり屋で不器用な魔法少女は。
前よりもちょっとだけ成長した魔法少女は。
百合紗ちゃんに向かって、きっぱりと言い放った。
「先輩方と出会って、一緒に戦ったり話したり遊んだりして……仲間とか友達ってものが、本当に温かくて幸せなものだって分かったのです。多分――一人ぼっちで生きてる方が楽だと思います。殻に篭もった雛鳥は、誰からも傷つけられることはないですから。でも……殻を破らなければ、綺麗な青空を見ることは決してできない」
「おちびちゃん……」
「ですから、もゆはユリーシャに教えてあげたいのです。青空を知らない悲しい雛鳥。昔のもゆみたいな、あなたに……仲間が、友達が、どんなにキラキラした宝石みたいなものなのかってことを」
それに、と。
ノワールはいたずらな子猫みたいな笑顔を浮かべた。
「もゆはもうすぐ、子どもじゃなくなるのですよ? 星の巡りに導かれて」
「……それ、前にも言ってたっすけど。一体どういう意味なんすか?」
「えっへん」
ノワールは胸を張って、得意げに言い放つ。
「えっへん。実はもゆ――明日が誕生日なんです」
――はぁ?
百合紗ちゃんとわたしたちが、一斉に声を上げた。
「神の子は誕生祭を迎えることで、ひとつ大人の階段をのぼる……そしてすぐに、ユリーシャに追いついてみせます。だから子どもだと見くびらないでほしいのです。明日にはもう、もゆは十三歳になるのですから」
「……はぁ。何を言い出すのかと思えば……やっぱり、子どもっすよねぇ。おちびちゃんは」
ノワールの言動に呆れたように、百合紗ちゃんは肩をすくめた。
そしてチャームポイントのちょんまげヘアを、ピンと指で弾いて。
「けど……仲間。友達。悪くない響きっすね」
ゆっくりと、顔を上げた。
その瞳は普段の自信なさげな彼女のものとは違い……決意の炎を秘めている。
「ねぇ、皆さん。こんな引きこもりの自分にも、魔法少女なんてできるんすかね?」
「こんなもん、誰にでもできる」
鉄パイプで器用に弾丸を弾きながら、番長が言葉を返す。
「引きこもりとか、関係ないだろ。できる・できないで悩んで、自分の未来を狭めるな。お前がやりたいように生きれば、それがお前の道になる。お前の歩きたい人生ってやつを考えてみろ。ちなみに――」
鉄パイプを片手に構えて。
番長は澄ました顔で。
「あたしは別に、魔法少女やりたくないから、サボる。それがあたしの、歩く道」
「台無しだな、あんた!」
なんて筋の通ったサボリ魔なんだ。相変わらずタチが悪い。
「もぉ。番長ったら。もっと魔法少女のいいところを教えてあげないとぉ」
巨大白熊ぬいぐるみの陰に隠れつつ、パウダースノウが満面の笑みを浮かべた。
「百合っぺ。魔法少女になるとねぇ、まず可愛い服が着れるでしょ? それにぃ、向こうにいる応援団の人たちみたいな、ファンもいっぱいついてくれるでしょ? アイドルとして、こんなに恵まれた環境はなかなかないよっ。ねぇ、みんなぁ?」
「うおおおおおおおおおおお! パウダースノアッ――――!!」
「だからバカを煽るのはやめろ、バカ! それに百合紗ちゃんはアイドルなんか目指してないでしょうが!!」
ったく、番長といいパウダースノウといい、好き勝手なことばっかり言いやがって。
ここはリーダーとして、わたしがしっかり伝えてあげないとね。
「百合紗ちゃん。魔法少女なんて、ぶっちゃけお勧めしないよ」
きっぱりと。
「高校生にもなって年甲斐もない格好をさせられて恥ずかしいし。世間の目は冷たくて胃が痛くなるし。敵はしょぼいし。交通費は自腹だし。おまけに変な応援してくる連中は、生理的に気持ち悪いし」
あれ? 口にしてみると、改めてやべぇな魔法少女。死にたくなってきた。
でも仕方がない。
これこそが南関東魔法少女という地獄の、本当の姿なんだから。
「……正直言うと、わたしは百合紗ちゃんに魔法少女を引き継いでほしい。そして今すぐこのクソみたいな使命、辞めてしまいたい。けど――こんな悪魔の契約みたいなもん、無理強いはできないから。だから……選ぶのは百合紗ちゃん。あなた自身よ」
――もっといいところばっかり伝えて、百合紗ちゃんを無理にでも説得しないといけないはずなんだけどね。
本当……嘘がつけないよなぁ、わたしって。この生真面目な性分が悲しくなる。
こんな最悪の雇用条件で「はい」と首を縦に振る物好きがいるだろうか。いや、いないね。
これで晴れて、わたしの引き継ぎは詰んだってわけだ。
さーて。明日のニョロンの食事、どんな毒を盛ろっかなー。
「……分かったっす。魔法少女、引き受けるっす」
ですよねー。こんな劣悪な労働条件、呑む人がいるわけが……。
…………ん?
「えっえっ? 百合紗ちゃん、今なんて!?」
『貴様ら、俺を無視して何を――』
「ちょっと黙ってろ! 今、百合紗ちゃんと大切な話してんだよ!! あんたの悪巧みとかどうでもいいんだよ。静かに女子高生の妄想でもしてろ!!」
銃弾を撃ち出しながらぼやく黒墨を一喝すると、わたしは百合紗ちゃんの両肩をがっしりと掴んだ。
「ほんと!? 本当に、魔法少女やってくれるの!? こんなクズみたいな任務を!?」
「はい。確かに大変そうな仕事っすけど。こういうのも歌の肥やしになるかな、と思って。それに、殲滅魔天って言う名前もイカしてますし」
いや、だから殲滅魔天はダサいって。マジでセンスねぇな、この子は。
「それに――おちびちゃんの言うとおりなんすよ。自分はただ、殻に篭もって逃げてただけ。本当は友達が欲しかったのに。リアルと繋がる勇気がないから言い訳してたんす」
そして百合紗ちゃんは、バリアを張り続けているノワールの肩をポンと叩いて。
「あなたたちとなら、やれる気がします。見つけに行きたいっす。新しい、自分を」
「――おめでとうがぶ!」
ノワールのバリアの後ろに息も絶え絶えに逃げ込んできたガブリコが、百合紗ちゃんの決意に対して、声高らかに宣言した。
「お前さんこそが……二人目の殲滅魔天ディアブルアンジェがぶ!!」
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