2
フロードさんの部屋を出て次に向かったのは、丁度フロードさんの部屋とは逆の通路の奥。
その部屋はフロードさんの部屋と違って家具は一切置かれていなかった。だから広く感じたが実際にはあの部屋と広さは変わらないらしい。
部屋の真ん中を陣取っているのは屋上にあったものと似ている円形の魔法陣。
大きさは、屋上の魔法陣の約半分くらいだろうか。
「儀式と言っても、そんなに気負う必要はないよ。アマネに何かをしてもらうわけじゃないし。ただ、魔法陣の真ん中に立っていれば良い」
「それで魔法が使えるようになるの?」
「いや。でも、僕に任せてくれれば良い」
天音は言われたとおり、魔法陣の真ん中に立った。
クルスは部屋を端から端まで歩きながら何やら準備しているようだった。
正直に言えば、魔法は使えるようになりたいけど、無理だろうなと思っていた。
だって、天音は異世界の人間。ここの人間と同じことをしてそれで魔法が使える道理がなかった。
それでも、万が一と言うこともある。
そもそもできるはずがないと言うことなら『異世界跳躍』だって普通に考えたらできるはずないこと。
だから、可能性を自ら潰してしまうのは愚かなことだ。
「どこを見ていた方が良いとかあるの?」
「特にはないよ」
それなら、クルスを見ていることにした。
クルスは魔法陣の外側から天音に手を向ける。
それは屋上で薬をコピーした魔法の時に似ていた。
クルスの掌が淡く光り始める。
すると魔法陣の一番外側の円がそれに呼応するかのように光り始めた。
「『我らが魂に宿りし力の源よ。今こそ目覚めの時――汝の力を解放せよ』」
頭に響くような魔法の言葉。
魔法陣の光は、外側から段々と天音のいる中心に近づいてくる。
そして、その光が天音の足下に到達したとき。
そこからさらに光が体を駆け巡るのがわかる。
まるで全身の血の流れを感じているかのよう。
その温もりはやがて体の中心にまで届く。
そこは、きっと天音の心であり魂。
その奥底から熱く燃え上がるような力が湧き上がってくる。
何か叫びたくなるような衝動を抑える。
クルスを見ると、息が荒く汗でびっしょりだった。
いつの間にか魔法陣の光は消えていて、天音は体の中で暴れ回る力のうねりのようなものを感じていた。
「これで覚醒の儀式は終わりだ」
ぱっと見、これといって天音の見た目に変化はない。
でも、自分の体の中が変わっていると言うことは誰よりも天音自身がわかっていた。
もしかしたら、ではない。
魔法を使える確信があった。
後は、それを思うがままに制御できるかだけ。
「……それじゃ、外へ行こう」
「何だか、クルスの方が疲れているみたい」
「正直に言えば、その通りだと思う。覚醒の儀式はむしろ覚醒のきっかけを与える魔道士の方が負担がかかるんだ。下手な魔道士だと覚醒させられない」
「そっか。ありがとう」
「気にしないでくれ。これくらいじゃまだまだ君にしてもらったことのお返しにならないよ」
それ以上の気遣いは却ってクルスに悪いと思って甘えることにした。
「でも、外に行って何するの?」
「魔法研究所の裏庭は魔法の実験場にもなっている。だから、アマネにはもう実践してもらおうと思う」
「え? もう?」
「覚醒の儀式が成功したら、後は実戦あるのみさ」
裏庭は高い塀に囲われていた。
その塀には何かが爆発した跡や、何かに燃やされた跡、それから数え切れないほどひびが入っていた。
「これってまさか……」
「ここじゃいろんな魔法が試されてる。一応あの塀は魔法で強化されてるからよほど強い魔法でもぶつけない限り壊れたりしないよ」
すでにボロボロのような気もするが、直しても魔法の実験で同じような状態にすぐ戻ってしまうらしい。
だから魔法で強化するだけで状態を保っている、という話だった。
「アマネの世界の魔法という言葉の意味は、僕らにはわからない。だから、僕はこの世界の魔法の基礎を教えようと思う」
「うん。お願いします」
先生と生徒そのものだったけど、よく考えたら天音は元の世界で先生にこうして真面目に教えを請うことはなかった。
「魔法に必要なのはイメージとそれに合うような言葉」
「イメージと言葉……? 漠然としすぎててどうしたらいいのかわからないよ」
「今から僕がお手本を見せる」
そう言うと手を空にかざした。
「『水の柱』」
言葉は普通の言葉だった。けど、声がやはりエコーがかかったような頭に直接響くような声。
すると、クルスが手をかざした辺りの空から、地面に向かって水が落ちてきた。それは小さな瀧のようでもあり、まさしく水の柱だった。
魔法を使うときの声は自然とああなるのか、それとも魔法の言葉を言うには何かコツがあるのか。
「ちなみに、今僕は空から降ってくるイメージで魔法を使ったけど、逆に地面から水の柱を吹き上げることも可能だ。もちろん、言葉は同じでも問題はない」
わかったような、わからないような。
「とにかくやってみよう」
「う、うん」
本当にできるのか不安になってくる。
「それじゃ、まずは頭の中にイメージするんだ。水の流れ、水の量、水の速さ」
クルスが具体的に言ってくれるだけで、元々想像力が豊かだった天音はすぐにそれを頭の中で思い描くことができた。
「イメージできたなら、それに似合う言葉を与えてあげればいい」
似合う言葉と言われても、すでにクルスが使っているから同じ言葉しか思い浮かばない。
「『水の柱』」
言ってる自分でも驚いた。クルスと同じようにエコーがかかったような声。
つまり、魔法の言葉を使ったのだ。
次の瞬間、目の前にドザーと音を立てて文字通り瀧のような水が空から流れて……いや、一気に落ちてきた。
「アマネ! 『風の盾』よ」
天音が放った水の柱は大地を抉り、天音に泥をかぶせそうになったが、柔らかな風が天音の前に張り付いて身を守ってくれた。
それはもちろん、クルスの魔法で天音を助けてくれたのだ。
「初めてにしては上出来というか……本当に君たちの世界には魔法は存在しないんだよね?」
「それは、覚醒の儀式をしたクルスが一番よくわかってると思うけど」
「いやまあ、そうなんだけどさ。それにしてはアマネには魔法のセンスがあると思って」
「自分まで巻き込みそうになってたんじゃ、制御できてないってことじゃないの?」
少なくとも、クルスが魔法で助けてくれなければ、怪我はしなくても泥だらけだったことは間違いない。
「それはいろんな魔法を使ってみて経験を積んでいくしかないんじゃないかな」
基礎の反復が大事なのは勉強でも魔法でも同じらしい。
「それだけのセンスがあるなら、せっかくだから応用が利くように四大精霊魔法を教えよう」
「四大精霊魔法?」
「そう、この世界の魔法を構成する四つの要素。水と火と土と風。魔法のほとんどがそれらの要素の組み合わせでもある」
「なんか、本当にテレビゲームの世界みたいだね」
「テレビゲーム? それは、アマネの世界の物?」
「気にしないで。でも、お陰で本当の意味はわからなくても、クルスの言っていることはだいたいわかるから」
「……テレビゲームというのは魔法がない世界の人間にも魔法を理解させてしまえるものなの?」
「そりゃ、まあね」
ゲームの中では、それこそ魔法が飛び交うのは日常茶飯事。魔法の存在しないRPGの方が少ないんじゃないかな。
「それは、是非とも見てみたいな。魔法の研究に活かせるかも知れない」
「たいしたものじゃないわよ。ただの娯楽だし。だいたい、この世界にだって本とかあるでしょ? 要はテレビゲームって異世界を舞台にした物語を擬似的に体験して楽しむためのものだから」
「……物語の本。確かに伝記とかはあるけど……アマネの世界には異世界を舞台にした物語がそんなにあるのかい?」
「うん。多分……数え切れないほど」
「それだけ、アマネの世界では異世界についての研究が進んでいるのかな?」
「ううん。そうじゃない。みんなただの想像。私だって、暦ちゃんにしか見せていないけど、異世界の物語を毎日考えていたし」
「アマネも? 凄いね。だから、魔法のセンスもあるのかな」
クルスは驚きと尊敬の眼差しを向けた。
「そんなたいそうなものじゃないって。退屈な授業を紛らわすための妄想だし。それよりも、続きを教えて」
「そうだったね。それじゃあ――」
そう言って、クルスは火と土と風の基礎魔法を教えてくれた。
天音にセンスがあるかどうかは兎も角、クルスが見せてくれた魔法を再現することは簡単だったので、基礎魔法はすぐに習得できた。
半日を魔法の勉強で過ごし、お昼休みに商店街の通りにある食堂へ行った。
そして、もう一度魔法研究所の庭で基礎魔法の復習をして、再び『異世界跳躍』を使うことにした。
これ以上この世界で過ごしてしまうと、元の世界に戻ったとき夏休みが終わってしまう。
だから、行かなければならない。
……そう、思わないと。
「行くんだね」
基礎魔法の勉強を終えた天音は空の鞄を肩にかけた。
それだけで、クルスには天音が何をするつもりなのかわかってしまったみたい。
「……うん。ここは、私の世界じゃないから」
「アマネ、君には魔道士としての才能がある。魔法学校でしっかり学べば、きっと僕よりも優秀な魔道士になれると思う。だから、魔道士としてこの世界で暮らさないか?」
正直に言えば、心が揺れた。
元の世界の天音にはこれといって才能なんてない。
誰かに認められることなんてなかった。
だから、退屈だったし異世界に憧れて、特別な存在になりたっかった。
……でも……。
「……ごめん。今の私にはきっと……私にしかできないことがあるの」
「本当のことを言おう。建前で君を引き止められると思った僕が馬鹿だった」
「それって……」
「僕はこの世界で君と共に生きていきたいと思った。だから、行かないで欲しい」
クルスは、ほとんどプロポーズとも取れるような告白をした。
ちょっと想像してしまう。
クルスが彼氏で、この世界で一緒に生きていく姿を。
それは、魔道士として必要とされるよりもよっぽど嬉しかった。
…………でも……。
天音は知っている。世界はここだけではない。
生まれ育った元の世界があり、ロックだけが生きている世界があり、魔法少女が戦う世界があり……。
きっと世界はもっとたくさんある。
ここに留まると言うことは『異世界跳躍』の能力を捨てることと同じ。
クルスは好き。だけど、他の世界を知らなかったことにはできない。
「ごめん。クルスは好きだよ。一緒に生きていきたいって気持ちも嬉しかった。でも、私はまだこの世界で一生を送る覚悟はできない。そんな中途半端な気持ちでクルスの側にいるのは失礼だと思う」
「……そうか……わかった。アマネはまだ十六歳だったね。僕もまだ十八歳だ。人生を決めるのはそう簡単じゃないよね。でも、覚えておいて。多分、どんなに経っても僕の気持ちは変わらないから」
「……うん、ありがとう」
「いつかまた気が向いたらこの世界においで。その時は、ちゃんとデートしよう」
そう言って、クルスはアマネの手を取って口づけをした。まるで、どこかの王子様のように。
「わかった。それじゃ……いつか、また」
さよならは言わない。その気にさえなればいつでも会いに来られるのだ。
「――!?」
クルスが天音の体を見て驚いていた。
すでに天音の意識はロックの世界を思い描いている。
浮遊感が全身を襲い、視界がぼやける。
「約束して欲しい。必ず、必ずまた会いに――」
「うん。約束する」
天音の声は天音の意識と共に異世界の狭間へ飲み込まれた。
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