第27話 破滅の始まり


 エリシアの手を引き、襲撃者から遠ざかる。


「お、おい、なんだこれ。どうなってんだ!?」


「いいから逃げるぞ!」


 混乱するグランに向かって叫ぶ。

 グランとミゼは驚きながらも、俺とエリシアの後に続いて逃走した。


 襲撃者が取り出した血塗られた剣は、よく見ればエリシアが入学試験の際に使っていた剣と全く同じものだった。


 恐らくエリシアは、あの剣でロベルトを殺したのだろう。

 しかし生還する気がなかったエリシアは、それを現場に置いてきてしまったのだ。


 馬鹿らしいと言えば馬鹿らしい。

 だが仕方ないかもしれない。

 彼女は最初から、復讐を遂げた後のことなんて、全く考えていなかったのだから。


「逃がす気はない」


 襲撃者は、逃げる俺たちを飛び越して、再び目の前に立ちはだかった。

 高度な《靭身》だ。思わず舌打ちする。

 その時、グランが拳を握り締めて、襲撃者へと立ち向かった。


「グラン、よせ!」


「おらああああああああああああああッ!!」


 制止の声は間に合わない。グランが拳を突き出した。

 体術とは思えない――まるで大砲が放たれたかのような轟音が響いた。グランの拳には、それだけの威力がある。


 しかし、襲撃者はその大砲の如き拳を、片手で軽々と防いでみせた。


「なっ!?」


「もう一度言う。用があるのは、そこの女だけだ」


 戸惑うグランに追撃することなく、襲撃者は言う。

 後退したグランの額に、冷や汗が浮かんだ。


「グラン、ミゼを連れて何処かへ逃げろ」


 潜めた声で告げる。


「……お前らは、どうすんだよ」


「俺たちも逃げる。……心配するな、すぐに追いつく」


 襲撃者は、エリシア以外には手を出さないと言っているが――普通は敵の言葉など信じない。

 味方の実力に差がある場合、弱い者から順に、人質に取られる可能性がある。

 グランも戦場を経験した人間だ。こういう時、固まって動くべきでないことくらい分かるだろう。


「くそ、よくわかんねぇけど――信じてるからな、トゥエイト!!」


 そう言ってグランはミゼと共に逃走した。

 襲撃者は、逃げる二人を黙って見届けた後、俺を睨む。


「貴様も逃げていいぞ。そこの女さえ差し出したら、他の人間には手を出さないことを約束する」


「……差し出さなければ、手を出すということだろう」


「そうだな。――――その通りだ」


 襲撃者が向かって右方へ回り込み、横薙ぎの一閃を放った。

 先程物質化によって創造した短刀で、その斬撃を受け流す。


 相手の技量が高い。正面からやり合うのは不利だ。

 俺は即座に《靭身》を発動し、襲撃者の二撃目を防ぐと同時に、エリシアの方へ振り返る。


「エリシア!」


「……っ!」


 棒立ちするエリシアへ呼びかけ、二人で襲撃者から逃走した。

 体勢を立て直したい。脇道へ入り、襲撃者の追跡を警戒しながら先へ進む。


「逃がす気はないと、言った筈だ」


 瞬間、後方から三日月状の斬撃が飛来した。

 防御は――間に合わない。

 急いでエリシアを庇う。代わりに俺は、斬撃をモロに受けた。


「ぐっ!?」


「トゥエイトっ!?」


 隣を走っていたエリシアが悲鳴を上げて立ち止まる。

 倒れそうになる身体を、どうにか前に出した足で支え直した。


 致命傷ではない。

 しかし、足が止まってしまった。

 その隙に、襲撃者は俺の眼前まで迫る。


「動きはいいが――所詮は学生だ」


 襲撃者が告げた、次の瞬間。

 刃が、俺の腹を貫いた。


「――か、はっ」


 ドスリ、と。体内から重たくて嫌な音がした。

 襲撃者は俺の腹に刺した剣を、素早く引き戻す。

 剣が抜けると同時に、俺の腹と口から、大量の赤い液体が溢れ出した。


 全身を強化する《靭身》の魔法が解ける。

 膝から崩れ落ちた俺は、そのままゆっくりと、冷たい地面に横たわった。


「嘘……トゥエイト…………?」


 エリシアが信じられないものを見るような目で、倒れる俺を見下ろしていた。

 大丈夫だ、問題ない。そう告げてやりたい気持ちに駆られたが、唇を動かすことはできない。


「エリ、シア…………逃、げろ……」


 真っ赤な液体を吐きながら、言葉を発す。

 これが最期の言葉になっても構わない。そういう気持ちで俺は告げた。


 彼女は漸く、未来があることの素晴らしさに気づいたのだ。

 今、前を向こうとしている彼女を、死なせたくない。

 例えその結果――俺が死ぬことになっても。


「早く、逃げろ……ッ!!」


「――ッ!!」


 必死の一言が迫力を生んだのか、エリシアは脇目も振らずに逃げ出した。



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