第22話 エリシア=ミリシタン

『情報、集まったわよ』


 放課後。

 俺は、学園の屋上で『通信紙』を耳に当てながら、クリスの声を聞いていた。


「流石だな、仕事が早い。まさか頼んだ翌日に結果を聞けるとは」


『うちは情報機関よ? この程度の情報収集、一年目の新入りでもできるわ』


 テラリア王国最大の暗部、王政国防情報局の人間がそれを言うとゾッとする。

 冗談ではあるまい。局には既に、それだけのパイプがある。


「それじゃあ――エリシア=ミリシタンについて、分かったことを教えてくれ」


 俺の要求に、クリスは一拍置いてから報告を開始する。


『まず判明したのは、そのミリシタンというのが母方の姓であることよ。その母は、エリシアさんを生んですぐに死んでいるけれど……今は関係のない話ね。重要なのは、エリシアさんには数年前まで、別の名前があったということよ』


「その名前は?」


『エリシア=エスペランド・・・・・・。彼女は正燐騎士団、先代団長の一人娘よ』


 その情報を聞くと同時に、俺は納得した。

 エリシアの剣術は同世代の中でも一線を画している。あれは明らかに長い研鑽を経たものだ。


 恐らく、父親によって剣術の指南を受けていたのだろう。

 しかし――。


「それだけか?」


『まさか。この程度の情報なら、貴方が通っている学園の上層部も掴んでいる筈よ』


 どうやらこの情報には続きがあるらしい。

 安心した。エリシアの旧姓が分かっただけでは、何も意味はない。


『彼女の父、ガリア=エスペランドについては知ってる?』


「ああ。大戦でも特に活躍していた騎士だな」


『ええ。……正燐騎士団は大戦でも華々しい活躍を遂げた。特に先代団長のガリアは、剣鬼の二つ名を持つほどの強者で、彼が戦場に出るだけで、その戦いの勝率が三割上がると言われていたわ』


「まさに英雄だな」


 つまりエリシアは、英雄の娘だったわけだ。

 だが、その英雄は――もういない。


『ガリアが殉職したのは、大陸暦1923年の5月。勇者パーティの退却戦にて殿を務めた時よ。彼は限られた仲間と共に、勇者パーティを逃がすために戦い続けた。結果、名誉ある死を遂げた』


 ガリアの戦死は、テラリア王国民に大きな衝撃を与えた。

 王国民にとって、正燐騎士団は大戦時、最も活躍した騎士団だ。大戦には近衛騎士団も参加したが、こちらは王族の護衛を優先しなくてはならないため、常にその半数が王都防衛に割かれていた。もう半数も、王族にして勇者パーティの一員であるソフィア=テラリアの護衛のために送り込まれたようなものだ。


 その分、正燐騎士団は奮闘した。

 特に団長ガリアは目覚ましい功績を上げた。

 だからこそガリアの死には、多くの人々が悲しんだ。退却戦で殿を務めた末に死んだという話も有名である。


『けれど後日、その戦いに、妙な違和感があると発覚した』


 クリスの言葉に、俺は唇を引き結んだ。


『退却戦には、騎士団だけでなく臨時に雇った傭兵たちも参加していたの。その傭兵たちがガリアの殿を補助したらしいんだけれど、彼らも皆、死んでしまった。ところが妙なことに、ガリアの死体と、傭兵たちの死体は、全く別の場所にあったの』


「……退却戦なんだから、移動しながら戦ったんだろう? それで死体の位置がズレただけじゃないのか?」


『傭兵たちの死体は、退却ルートから大きく逸れた位置にあったのよ。まるで前線を離れた後、他の勢力に殺されたかのようにね』


 クリスが言う。


『傭兵を雇ったのは、当時、退却戦を指示していたロベルト=テルガンデよ。そして彼には……汚職の疑いがあるわ』


 クリスの語る情報を聞いて、俺は舌打ちしたい気分になった。

 機関に――国の暗部に務めていれば、よく出くわすシチュエーションだ。


「……傭兵の死体から、ガリアの遺品でも見つかったか」


『流石ね、正解よ。傭兵の死体から純銀製のペンダントが出てきたわ。調べたところ、そのペンダントはガリアが終生大事にしていたもので、妻からの贈り物だったことが判明した』


「つまりガリアは、魔王軍ではなく、その傭兵たちに背中を刺されて殺されたということだな。そしてその傭兵たちも、用済みとなったところで始末されたと」


『ええ。黒幕は――ロベルトで間違いないでしょうね。

 恐らく、ガリアはロベルトの汚職を知ってしまった。結果、口封じに殺されることになった。……ロベルトの従者から当時の話を聞いてきたわ。ロベルトの邸宅には、従者はおろか、家族ですら立ち入りが禁じられた部屋があったみたい。退却戦の直前、その部屋の中から、ガリアとロベルトの言い争う声が聞こえたそうよ』


「……確定だな」


 その部屋に汚職の証拠があったんだろう。

 そしてガリアはそれを見てしまった。


 思わず溜息を零す。

 王国の英雄ともあろう人物が、なんとも惨めな最期を迎えたものだ。

 本当に世の中というのは、理不尽に塗れている。


 ガリアだけでない。傭兵も被害者だ。

 ロベルトは用済みとなった傭兵を、適当な理由で敵に仕立て上げ、部下である騎士に処理させたのだろう。元より傭兵は、信頼ではなく金で雇われた兵士だ。傭兵たちが死の間際、ガリア暗殺について告白しても、誰もそれを信じることはない。


「それで? その情報が、エリシアとどう結びつく」


『単純な話よ。その従者が、今言ったことをエリシアさんにも伝えたみたい』


 返す言葉に詰まった。

 それは――なんて、馬鹿なことを。


「……口が滑ったでは、済まされないぞ」


『一介の従者が一人で抱えるには重すぎる情報よ。誰かに話したくて仕方なかったんでしょう。……でもこれで私たちも、ロベルトがやたらと心配性であることに得心したわ。あの男、汚職の手を広げすぎたことで多くの敵を作っちゃったみたい』


「だから局に、道中の護衛を頼んだのか」


『そういうこと』


 以前、クリスから聞いた話を思い出した。

 局はロベルトが王都に来訪する際、道中の護衛を任されている。


 深く溜息を吐きながら、額に手をやった。

 これで漸く、エリシアの異変の正体に気づくことができた。


「エリシアの目的は、ロベルトへの復讐か……」


『そう見て間違いないでしょうね』


「……ロベルトは、エリシアの動きに気づいているのか?」


『いいえ、気づいてない筈よ。ガリアと、ガリア殺害の下手人である傭兵を始末した今、彼は汚職の証拠を完璧に隠蔽できたと考えているわ』


 だが実際には、従者がロベルトとガリアのやり取りを聞いており、更にそれがエリシアにまで伝わっている。


「……仮に、エリシアがロベルトを殺した場合、どうなると思う」


『貴方も予想しているでしょうけれど――正燐騎士団が黙っていないわね。現テルガンデ公爵家の当主クライス=テルガンデは、弟ロベルトのことを信頼している。もしロベルトが誰かに殺されたと知れば、必ず騎士団を報復に向かわせるわ』


「正燐騎士団にとっては汚れ仕事だな」


『たとえ汚れ仕事だろうと、騎士が主君の命に背くことはないわ。もっとも、騎士団のイメージを下げないよう、正体は隠して実行するでしょうけど。……ロベルトは表向き評判もいいから、騎士団を動かさなくとも、他の関係者が報復を企てる可能性もあるわ』


 あまりにリスクの高い復讐だ。

 仮にエリシアが復讐に成功したとしても、その後、彼女が生き延びられる可能性は限りなくゼロに近い。ロベルトの汚職を告発したところで信じてはくれないだろう。父の戦死を逆恨みした娘の犯行だと処理されるに違いない。


「ちなみに、局はこの件について、動く気はあるか?」


『うちがロベルトをターゲットにするかってこと? ノーコメントよ。流石にそれは言えないわ』


 先程からだいぶ繊細な情報を聞いているが、局の動向は流石に教えてもらえないらしい。

 恐らく局も、ロベルトの汚職について知ってはいたのだろう。だが罪を犯しているからと言って、すぐに処理すればいいというわけでもない。たとえどれだけ重たい罪を犯していようと、生かした方が結果的に国のメリットになる場合もある。


 局は徹頭徹尾、国防のために動く。

 善悪では動かないのだ。ロベルトに利用価値があれば、恐らく汚職は黙認されるだろう。


「クリス、ありがとう」


 必要な情報は得た。

 俺はクリスに感謝を述べる。


『貸し一つよ』


「分かっている」


 クリスとの通信を切断し、俺は本日、何度目になるか分からない溜息を吐いた。


「……説得、するしかないな」


 勝手な考えだが……俺にとってエリシアは、既に日常の一部なのだ。

 友人を見殺しにする気はない。

 彼女には、なんとしても計画を中止してもらう必要がある。




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