episode109 レジスタンスの決起前夜
それから一週間ほどが経過したある日、城では兵士達が慌ただしく動いていた。
「また制圧部隊がやられたらしいぞ」
最初に送った制圧部隊からの連絡が途絶えたことから、全滅したと判断して新たな制圧部隊を送ったが、その制圧部隊からの連絡も途絶えていた。
「しかも、他の街でも民衆が反乱を起こしたらしいぞ」
さらに、ローハイトで一件を受けて騒動が広がり、他の街でも民衆による反乱が起こっていた。
「早く制圧しないと本格的にマズくないか?」
「ああ。だが、今は上層部も不穏だからな」
エリュの攪乱によって上層部は疑心暗鬼になって、不穏な空気に包まれていた。
最早、制圧部隊を送るどころの話では無くなっている。
「この国はどうなるんだ?」
「さあな。だが、もうこの国からは離れた方が良いかもしれないな」
「おい、バカ! 周りに聞こえるぞ!」
周りに聞こえてしまってはマズいので、静かにするように注意する。
「でも、お前もそう思わないか?」
「それは……まあそうだが、それでお前はどうするんだ?」
「機会を見てこの国を出ようとは思ってる」
この兵士は機会を見てこの国を出るつもりでいた。この国の状況は国の兵士ですらそう考えてしまうほどに悪化していた。
「おい、そこ! 無駄話をしてる暇があるなら動け!」
そこに通り掛かった上官が話をしている二人を見て注意する。
「「はい!」」
「では、こっちに来て手伝え」
「「分かりました」」
そして、その二人の兵士は上官に連れられて行った。
その頃、レジスタンスの仮設拠点では会議が開かれていた。
今回は最後の作戦に関しての話をするので、主要なメンバーだけでなく収容できるだけのレジスタンスのメンバーに参加してもらっている。
「それで、どうだ? 攪乱の方は順調か?」
「ああ。そろそろ頃合いだな」
街の攪乱の方は順調で、作戦は最終段階にまで来ていた。
「そうか。……明日には動くのか?」
「ああ、その予定だ」
今の状況を見た感じだと、明日に動くのが良さそうなので、その方向で調整は進めている。
「そうか」
「予定なので変更になる可能性もあるが、その方向で準備を進めておいてくれ」
「分かった」
「では、今のハインゼルの街の状況を整理するか」
「そうだな」
ひとまず、方針は決まったので、決起に備えて今の状況を整理することにした。
「では、まずこの資料を見てくれ」
まずは用意しておいた資料を全員に配る。
「これは……上層部の関係図と各勢力の推定戦力か」
「ああ、そうだ」
これは協力関係にある者や逆にあまり関係が良くない者など、それぞれの関係を纏めたものと、各勢力の推定戦力を纏めた資料だ。
「表立ってはいないが、もう上層部はほとんど内部分裂している状態だ。別の勢力同士はうまく足並みが揃わないと思われる」
「それを考えた上で動いた方が良いということだな?」
「ああ。理解が早くて助かる」
相変わらずリメットは理解が早いので助かるな。
「それで、襲撃作戦はもう立ててあるのか?」
「ああ。こんな感じだ」
今度は襲撃作戦を記した資料を配る。
「ふむ……陽動作戦か」
「ああ」
今回の作戦は陽動作戦だ。作戦は至って単純で、目を引くために暴れる陽動部隊と街の主要な施設を攻撃する本隊に別れて行動するというものだ。
「随分と単純な作戦だな」
「まあな。できれば綿密な作戦を立てたいが、内部分裂の影響で誰がどう動くかまでは分からないからな。臨機応変に動いてもらうことにはなる」
内部分裂により連携が取れないような状態になっているのは良いが、そのせいで動きが読みづらくなっている。勢力ごとでバラバラに動いて来る可能性もあるからな。
そうなると、全体の動きを捉えるのが難しくなって来る。
「そうか」
「問題は実力者達だが、それはできる限り俺達で対応する」
実力者に対応できるのはリメットぐらいだからな。
実力者の動きは注視して、確実に俺達で対応することにする。
「分かった。頼んだぞ」
「ああ」
「ところで、本隊の方はどう街に入れば良いんだ? 街に入るだけなら問題無いが、武器を持ち込むのは難しいぞ?」
この国は武器に対しての取り締まりが厳しいので、リメットの言う通り武器の持ち込みは難しい。
「武器は俺達が空間魔法で収納して持ち込む」
だが、その点は問題無い。空間魔法に対する対策がされていないからな。空間魔法を使えば簡単に持ち込むことができる。
「そうか。それで、本隊の待機場所は分かったが、時間はどうする?」
「時間は当日の状況を見て決める」
「分かった。本隊の編成はどうすれば良い?」
「それはリメットが決めてくれ。当日の動きは資料に記してある」
レジスタンスのメンバーについてはリメットが一番詳しいので、編成は彼女に一任することにする。
「分かった」
「さて、他に聞きたいことはあるか?」
「いや、今のところは特に無い」
「そうか。では、会議はこれで解散にするので、早速メンバーの選定に移ってくれ。必要であれば訓練をメインで担当していたエリサに意見を聞くと良い」
「分かった」
そして、会議はそこで解散となって、メンバーの選定へと移った。
メンバーの選定が終わった後は明日に備えて今日の訓練は無しで休憩となった。
そして、そのまま時間は経過して夕食の時刻になった。
「夕食ができましたよー」
「夕食できたよー」
マイアとアーチェが完成した夕食を持って来る。
「俺も手伝うぞ」
「いや、これぐらいはあたし達だけでできるから大丈夫だよ」
「そうか」
かなりの量があるので大変だろうが、本人がそう言うのであれば黙って見ていることにする。
「あれ、リメットは?」
「む?」
アーチェにそう言われて周囲を見回してみるが、どこにもリメットの姿は無かった。
「言われてみれば、リメットの姿が見当たらないな」
「そうね。仮説拠点内にはいないようね」
「エリサ、分かるの?」
「ええ。魔力領域を展開して確認してみたけど、彼女の魔力の反応は無かったわ」
つまり、リメットは外にいるということか。
「と言うことは、リメットは外かな?」
「だろうな」
「……マイア、夕食は任せられる?」
と、ここでアーチェはマイアに対してそんな質問をした。
恐らく、この場をマイアに任せてリメットを探しに行こうとしているのだろう。
「リメットなら俺達が呼びに行くぞ?」
だが、ここでわざわざ仕事をしている二人が呼びに行く必要は無いだろう。呼びに行くのは手の空いている俺がやれば良いだけの話だ。
「それじゃあエリュにお願いしようかな」
「分かった。では、行って来る」
そして、リメットを探しに仮説拠点の外へと向かう。
「私も行くわ」
「む?」
俺一人で行こうとしたが、ここでエリサが付いて来ると言い出した。
「別に探すのなら俺一人でも大丈夫だぞ?」
「まあそれはそうでしょうけど、暇だから私も一緒に行くわ」
「そうか。では、行くぞ」
「ええ」
そして、エリサと共にリメットを探しに仮説拠点の外へと向かった。
外に出たところで、早速リメットを探す。
「さて、探すとは言っても手掛かりは無いわけだが……まあそんなに遠くには行っていないだろうし、すぐに見付かるか」
「そうね」
手掛かりは無いが、遠くに行っているとは考えにくいので、近くにはいるはずだ。
(とりあえず、気配を探ってみるか)
近くにいると思われるので、気配を探れば見つかるだろう。
ひとまず、周囲に注意を向けて気配を探ってみる。
「向こうか?」
すると、南側の方から何者かの気配がした。
「ええ、この魔力からして間違い無いわね」
エリサは魔力領域を展開して確認したようだ。
「では、行くか」
「そうね」
そして、そのままリメットのいる場所へと向かった。
気配のした方向に向かうと、そこには一人で外の風に当たっているリメットがいた。
「リコット……」
リメットはリボンを握り締めながらある人物の名を呟く。
「こんなところにいたのか」
「……エリュにエリサか」
こちらに気付いたリメットがゆっくりとこちらを向く。
「……どうした?」
「……何でも無い」
「そうは見えないが?」
本人はそう言うものの、俺には深刻そうな表情をしているように見えた。
「と言うか、そのリボンは何なんだ?」
リメットはその右手に何故かリボンを握っている。
彼女はリボンを付けていなかったはずだが、何故そんな物を持っているのだろうか。少々気になるので聞いてみることにする。
「…………」
しかし、リメットは無言のままだ。
「話したくないのなら無理に話せとは言わない」
「……いや、話しておこう。別に大したことでは無いしな」
「良いのか?」
「ああ。……とりあえず、そこに座るか」
「そうだな」
ひとまず、三人で近くにあった座るのにちょうど良さそうな大きさの岩に座る。
「このリボンはあたしの妹、リコットの物だ」
「妹がいたのか」
「ああ」
どうやら、リメットには妹がいたらしい。
「それで、その妹がどうかしたのか?」
「……三年前のことだ。その妹が貴族の配下の犯罪組織に攫われた」
「……そうだったのか」
それは辛いことを思い出させてしまったな。
「あたしがレジスタンスを結成したのはリコットを探すためでもある。何か分かることがあるかもしれないからな」
「そうだったのか」
「折角だ。少し昔のことを話そう」
そして、リメットは身内話を始めた。
「あたしと妹のリコットは二人で村で暮らしてたんだ」
「親はいなかったのか?」
「ああ。あたし達が小さい頃に徴兵されて帰って来なかったらしい」
「……そうか」
「まあ物心が付く前のことだったから覚えてないけどな。それで、あたし達はずっと二人で協力しながら暮らしてたんだ」
「二人だけで大丈夫だったのか?」
子供二人だけで生活するのは簡単なことではないはずだ。
「まああたしは狩りは得意だったからな。それで何とか生計を立ててたんだ」
「なるほどな」
確かに、今回の訓練をする前からCランク冒険者クラスの実力はあったからな。狩りをすることは難しくは無い。
「それで、リコットはどうなったんだ?」
「さあな。あたしも探そうとはしたが、あたしみたいな一般人には上の方のことは分からなかったからな」
「裏酒場で情報収集はしなかったのか?」
確かに、一般人が上の方の裏事情に関しての情報を直接手に入れるのは難しいが、裏酒場なら比較的簡単に情報を手に入れられるはずだ。
「裏酒場は基本的には周囲がそういう奴らによって監視されてるからな。一般人が行くには危険だ」
「なるほどな」
言われてみれば、裏酒場の周囲はそれらしき者がいたな。
俺は普通にそれらを全て避けて通ったが、確かに一般人があれを全て避けて裏酒場に辿り着くのは難しい。
「結局、生きているかどうかも分からないということだな?」
「ああ。だが、まだ生きてるかもしれないからな。あたしは諦めるつもりは無い」
「……まあ生きている可能性が高いでしょうね」
ここでまだ一言も発していなかったエリサが話に入って来る。
「そうなのか?」
「ええ。連れ去る目的は奴隷として売り飛ばすことでしょうから、まだどこかで生きている可能性が高いわ」
「そうか。…………」
リメットはそう聞いてリコットの物だと言うリボンを強く握り締める。
と、ここでその様子を見たエリサが予想だにしないような提案をした。
「何なら調べてあげましょうか?」
なんと、リコットの捜索に協力すると言い出したのだ。
「良いのか!?」
「ええ。ただ、調べたからといって分かるとは限らないわよ?」
「ああ、それでも構わない。何か分かったら知らせてくれ」
「だが、調べると言っても、どう調べるつもりなんだ?」
調べるとは言っても、リコットに関しての手掛かりは無い。
「奴隷として売り飛ばされた可能性が高いから、奴隷の取引の記録を調べてみるつもりよ」
「その奴隷の取引の記録を入手できる当てはあるのか?」
「ザードから買った情報の中にその資料があったはずだから、それを調べてみるわ」
「そうか」
まあそれなら調べようはありそうだな。
「まあ手が空き次第あなたにも手伝ってもらうわ」
「俺もか?」
「それぐらいは良いでしょう?」
「まあ別に構わないが」
まあそのぐらいなら手伝ってやっても良いか。
「ところで、お前達はこんなところに何をしに来たんだ?」
話は変わって、リメットが俺達がここに来た目的を尋ねて来る。
「そう言えば、ここに来たメインの目的を忘れるところだったな。夕食ができたので呼びに来たぞ」
話をしていて忘れるところだったが、ここに来た目的はリメットを呼んで来ることだ。
「そうか。では、行くか」
「ああ」
「そうね」
そして、話が終わったところで仮説拠点へと向かった。
仮説拠点に戻ると、既に夕食の準備が終わっていた。
「遅かったね」
仮説拠点に入ったところで、アーチェに出迎えられる。
「ああ。少々話をしていたからな」
「そうなんだ。とりあえず、座って」
「ああ」
そして、それぞれの席に着いて夕食を摂り始めた。
「お前達、明日の準備はできてるな?」
「「「はい!」」」
「では、夕食の後片付けが終わり次第、今日は休め」
リーダーであるリメットがレジスタンスのメンバーに指示を出す。
「俺達も今日は早めに休むか」
「だね」
そして、夕食の後片付けが終わった後は明日に備えてゆっくりと休んだ。
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