第36話 変身

 クロノワはユウトに歩み寄り話しかけてくる。


「早速だがさっきいっていた馬を見せてもらってもいいだろうか。なるべく早く確保したい」

「わかった。その前にガラルド、確認しておきたいんだけど丸薬はいくつ使ってもいいのか?」

「かまわん。必要なだけ使え」


 ガラルドの短い答えに待ったをかけたのはヨーレンだった。


「待ってください!ちゃんと説明してあげてくださいよ。ガラルド隊長」


 ヨーレンの訴えにガラルドは苦手だからと説明をヨーレンに託した。


「いいかいユウト。この丸薬はいわば魔力そのモノで服用者の魔力量を一時的に高める。もとは体内魔力を消費した魔術師が戦闘中などで緊急に高速で魔力量を回復するために作られた軍需品なんだ。一見便利だが注意事項がある」


 ヨーレンはより真剣な表情になる。


「あくまでも一時的な回復にしかならないってところを注意して欲しい。つまり魔力の質が自然に回復したものとは違うということ。一定時間が経過すると丸薬で回復した魔力は消失する。それに本人の蓄積可能な魔力量以上には回復しない。だからこれを服用するのは作戦の直前にした方がいい。つまりその場しのぎにしかならない。服用のし過ぎは身体にも負担がかかるから注意してくれ」

「わかった。頭にいれておく。ただ、今ちょっと試したいことがあるから一つ使わせてもらうよ」


 そう言ってユウトは丸薬の置いてある大机の前まで歩いた。


「それじゃセブル。一度みせてみてくれないか」


 ユウトがそういうとこれまでマントのフードの一部としていたセブルが大机の上に飛び降り丸薬を一つ体に取り込む。その様子にユウトに注目していたその場の全員が思いもしなかった行動に目を見張った。


 セブルは何度か全身の毛を波打たせたかと思うと膨らみだす。その体積を増やしながらこれまで餅やスライムのようなどこか不定形に手足と耳、尾が生えているようだった容姿から首が伸び目鼻立ちがしっかりして胴、脚が徐々に形作られていった。


 ほんの一時の間にセブルは形も大きさも変えて虎か獅子といったネコ科の大型動物へと変身する。大机の上の紙を押しのけてしまう前に床に降り立った。


 真っ黒な体毛と青い瞳はそのままに姿は虎のようで優に二人を乗せられそうな体躯をしている。


 太い尻尾をピンと伸ばしユウトに頭を軽く押し付ける。その姿にユウトは野営地の森での魔獣のシルエットを思い出したがあの時の魔獣ほどの大きさはなく敵意はまったく感じない。


「なぅなーう!(どうですか!これならお役にたてそうでしょ)」


 鳴き声が変わらないところは不自然だったがセブルに間違いないことがユウトにはわかる。


 この場にいるほとんど全員がセブルの変化に目を見張り驚く。もっとも驚いているのはヨーレンだった。


「クロネコテンにこんな性質があったなんて・・・驚いたよ。明らかに質量が増大して見えるな。魔力を質量に変換したのか?ネコテンも一応魔物に分類されるから可能ということなのか。もしかしたら見た目より軽いのかもしれないし・・・」


 ヨーレンが興味津々に大きくなったセブルを観察していると、一人、冷静だったガラルドが尋ねる。


「人を乗せてどれほどの速度が出せる?」

「そうだったな。外で試してみよう。ディゼルとオレで乗って問題ないと思う」


 ユウトはそう言うと大きくなったセブルを連れて外へと歩き出し、それを追うように皆ついていく。


「なぜユウトはネコテンのあんな能力を知っているんだろう・・・」


 ヨーレンは思考を巡らせながら最後尾を歩いた。




 セブルへの騎乗試験は砦内を貫く街道を利用することになった。


 街道上の人払いを行い準備が進められる。突然現れた黒い虎のような見慣れない生き物に周りで作業を行っていた者は興味津々だった。


「まずはディゼル。乗ってみてくれ」


 ユウトはディゼルを促す。セブルは地面に伏せていた。


 ディゼルは臆することなくセブルへ近づき背中を撫でる。


「よろしく頼むよ。セブル」


 ディゼルの挨拶にセブルはフンとそっぽを向く。ディゼルは苦笑しながらセブルの背中にまたがった。それに続いてユウトもディゼルの後ろへまたがる。


 するとセブルの体毛がうねりユウトとディゼルが触れている毛が硬質化していく。セブルが一気に難なく立ち上がると硬質化していた毛はまるで鞍のような役割をはたしてセブルの背中においても二人を安定させた。さらに毛は伸びてねじり合い結びついて二人をセブルの身体に固定させる。その様子は二人がセブルと同化したような錯覚を生んだ。


「すごいな。騎乗してこれほど安定感があるなんて」


 ディゼルは楽しそうで少しはしゃいでいるようにも見える。


「よし。セブル砦内の街道の端から端まで一往復してしてくれ」

「なぅ(はい!)」


 セブルはユウトの指示に景気よく答えて背を山なりに膨らませるとバネが弾けたかのように低く前方に向け跳んだ。そして勢いそのままに猛スピードで駆ける。思いがけない勢いにディゼルとユウトは一瞬大きく体をのけ反らされた。

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