第19話 セブル

 そう言うとヨーレンはテントから出ていった。


「そんなに寝てたのか」


 確かにだるさがあるとはいえ体の調子は不調といえるほどではなく二、三日ほど徹夜して睡眠をとった後の寝起きといった感覚。せいぜい丸一日寝ていた程度だと思っていた。よくわからないことだらけのゴブリンの身体だったが丈夫さにかけてはありがたいとユウトは感心する。


 それで足元でそわそわしていたクロネコテンを抱き上げベッドの上に降ろしてやる。手触りはとてもよく毛が高級品として扱われるのも納得できる。ただ予想以上にふかふかしていて骨や筋肉が感じられず、見た目より重たいぬいぐるみを持ち上げているような錯覚をユウトは感じた。


「さて、お前をどうしたもんかな」


 ユウトはベッドの上で座りなおし、クロネコテンと向き合う。


「えっとえっと・・・いろいろ役に立って見せますです。えーっと、潜入とか得意です。三日間ばれずにおそばにいましたし・・・」


 三日間この救護テントに潜んでいたという話が気になりユウトは考えを巡らす。この魔物に以前のような攻撃意志があるのならユウト自身に危害を加えるタイミングは必ずあったはずだった。


「オレが寝ていたこの三日間の様子はどうだった?」


 ユウトは本当に潜んでいたのか、攻撃意志はなかったのかを試す質問をしてみることにした。


「はい。ボクの意識が回復してすぐにボクの上で気を失っていたユウト様を二人組が運び出しました。一人はレナという女、もう一人は甲冑姿の男です。ユウト様のお名前はこのときのレナの呼びかけで知りました。ボクはそのすぐあとに焦げた体から抜け出してあとを追いました」


 クロネコテンは淡々と語っている。


「ここは人が多く目につきやすかったのでユウト様からいったん離れます。隙をみて潜入し、あちこち探してこのテントで治療を受けているユウト様を見つけました。それから今までこのテントに潜んでました。

 えっとそれでヨーレンがユウト様へ治癒術を定期的にかけてました。他に使い古された鎧の男が一度見に来て、レナが数時間おきにここに来てはユウト様の身体を拭いたり左腕の傷・・・包帯を取り換えたりしていました」


報告に気になる点はなく、概ねユウトの予想していた内容と変わらない。ユウトはうーんとうなり悩んだ。


「えっとえっと、まだ魔力が少なくてできることは少ないですけど、魔力が溜まれば変身して移動の脚になったり戦力にもなります!」


 必死に売り込みをかけるようにクロネコテンはユウトへアピールをする。ユウトには自身の面接での思い出と重なりどこか懐かしさを覚えた。ユウトは決心する。


「わかった。お前を採用しよう。家来だと少し仰々しいから部下で。あと様付けもやめてくれ。呼び捨てが気になるならさん付けで頼む。それで名前はあるのか?」

「ありがとうございます!ユウトさん!えっと名前は持っていません。お好きなように呼んでもらってかまいせん」


 クロネコテンはキラキラさせ期待感でいっぱいの瞳でユウトを見つめている。


「名前はないと不便だしな・・・うーむ。クロネコ、クロテン・・・セブルでどうだろう」

「わわわ!とても気に入りました!今後セブルと名乗らせてもらいます!」


 セブルはくねくねと身体を動かしだし、小躍りをしているようだった。


 とりあえず目の前の問題に一区切りつけたユウトは身体のだるさを思い出す。


「じゃあセブル。オレはもうひと眠りすることにするよ。何か危険が迫ってると判断したら起こしてくれ」


 そう言うとユウトはいそいそとベットに横になる。


「了解しました!あ、ボク毛布になれますよ」


 セブルは小さく飛び上がり四肢を伸ばすと敷物の毛皮のように平たく伸び、ユウトの身体に覆いかぶさる。その触り心地はユウトの体験したことないくらい柔らかくきめ細かい。毛質まで変わっているようだった。


 ユウトは少し驚いてやめさせようと思ったがセブルの毛布はこれまで使っていたものよりことさら暖かく快適で、その誘惑に勝てずあきらめて眠りについた。




 ユウトがしばらく眠りに着いてから救護テントの中をいそいそとうかがうレナの姿があった。


「ヨーレンさんは起きたって言ってたけど・・・」


 レナには黒い何かを覆い被ったユウトを見つける。どうやらまた寝たのだと思いいたったが黒いものが気になって近づいた。ある程度近づくと黒いものは毛布だとわかる。四隅は脚になっているが頭が見当たらない。あまりの毛並みの良さにつられて触ってみようと手を伸ばすと触れる寸前にゅっと猫のような耳と顔が現れた。


「ッ!?」


 レナは声にならない驚きで一瞬硬直する。


「ぃーぅ」


 猫の頭は音にならない吐息のような小さい声で鳴くと頭を隠した。


 レナには何が起こったのかわからなかったが、邪魔をするなと言っている気がして静かに救護テントを後にした。

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