第17話 ネコもどき

 ユウトはゆっくりとまぶたを開くと日の光りが透ける天幕が目に入る。覚醒しきれない思考で自身の状態を確認した。どうもベッドに横たわっているようで肌触りの良い布をかけられている。周りを目だけで見渡すとここはヨーレンのいた救護テントのようだった。ユウトの他に誰も確認できない。


 体の方は左腕が痛むが苦痛というほどでもなく後は全身の小さな傷が少しうずくぐらいだった。


(なんとか助かったか)


 ひとまず安堵すると緊張が解け、固めな簡易ベッドに体が沈み込むような気がした。


 ユウトはふと違和感を感じる。腹が減っているわけではなかったが何か空っぽになってしまった感覚が体も頭ももやがかかったように覚醒を阻害している印象をうけた。修練初日に似た感覚。疲労がたまっているのかと考えて起き上がることもできそうだったがしばらくこのまま横になって休ませてもらうことにする。


 テント内は静かでテントの天幕を透過して拡散された日の光が暖かい。テントの外には人の気配が感じ取れた。


 ユウトはうとうとと魔獣と戦った夜のことを思い出す。



 全てを出し切り思考も止まりかけ、無心で空を仰いでいると何かが聞こえた気がした。それは魔獣のむくろからだった。


 むくろから何かが聞こえる。それは音ではないのに確かに聞こえた。か弱い叫びのように生きたい、もっと生きたい、とただただ真摯で純粋な声。そこに敵意はない。


 そのむくろに手を置き撫でてやったことを思い出す。何かできる手段もなくただ最後まで生にしがみついた助けを求めるような声にこたえてやりたかったのかもしれない。そこで記憶は途切れていた。


 音ではない声を聞く感触は初体験で、もうろうとした意識で聞いた幻聴だったのかもしれないとユウトは結論した。



 そんなことを考えているうちにまぶたが重たくなってくる。もうひと眠りしようかと思った矢先、視野の隅でなにかがうごめいた気がして何気に視線が吸い寄せられる。


 机や台が並んだその間の物陰で黒いものがもぞもぞとうねっている。ユウトの記憶に全く該当しない何か。一部分しか見えていないため全体像が把握できないせいもあり何か嫌な想像が膨らみユウトは鳥肌が立った。


 ユウトは声もでない。あんなものを見ては眠りにつくこともできなくなってしまった。かといってこちらから刺激するようなこともしたくない。何もせずにこのままテントの外に出てってくれればなと淡い願望を抱きながらユウトはじっとそれを観察し、いったいそれが何なのかを見極めようとする。


 敵意は伝わってこないようなので意志を持つほど知能が低いか攻撃的な生き物ではないだろうと予測する。大きさは一抱え程。よく見るとふわふわした暗い毛で覆われているようである。そして一対の三角の形をしたものが生えていた。


 どうやら小動物のようであると考え、ユウトが想像していた最悪の形状の生き物ではないことがわかり一つ安心した。


 するとその謎の生物は隙間から二つの青い円形をした眼のようなものが覗く。ユウトはそれと目が合った気がした。一瞬時がとまったかのようにその生物は動きを止めて硬直したかと思うとビクッと震えると眼のようなものはすぐに隠れあたふたと踊るようにさらにうねる。ユウトは若干の恐怖を覚え、もうこちらからこのテントを逃げ出そうかと考えだしていた。


 ユウトが悩んでいるとそれはピタッと止まりゆっくり隙間から出てくる。ユウトにはどうにも形容しがたい容姿だった。


 一見すると太った黒ネコのように見える。黒いつやのある長い毛にとんがった短い耳、青い目、短い脚、申し訳程度の短い尻尾。しかしこれは猫であると言い切れない違和感があった。どこか水風船の様にぽよんぽよんとしていて風もないのに毛が波打っているし、よく見ると眼に当たる青い部分はほんのり光っている。ユウトはネコもどきと心の中で思った。


 そのネコもどきはある程度ユウトへ近寄るとベッドの横で立ち止まり、座ったようにみえる。何かあるのかと思いユウトもベッドから体を起こしネコもどきに向かってベッドに座り見下ろした。


 しばらくじっとしていたネコもどきは緊張した様子で


「な、なーぅ」


 と鳴く。鳴き声もどこかネコのようでどこかネコではなかった。


 しかしユウトにとってそれはあまり問題にならない。耳で聞こえる限りはネコもどきな鳴き声しか聞き取れないがユウトにはその声にのせて


「あ、あのう・・・」


 と言葉に認識していた。


 そしてこの声にユウトにはどこか聞き覚えがある。それはあの魔獣との戦いの後、音にならない叫びをあげていたむくろだった。


「おまえ!あの魔獣か!?」

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