第14話 戦闘思考

 暗闇に紛れ魔獣の居場所はつかめないが確実にユウトは追われていると自覚している。それは微塵も隠そうとしないユウトへ向けられた殺気のおかげだった。


 今はユウトの走る速度に合わせて一定距離で並走している。その動きは獲物を狩る狼のような印象をユウトは受ける。速度でも持久力でも勝ち目はないとユウトは覚悟を決め、できるだけ木々が開けた場所を見つけると、その中心で立ち止まった。


 魔獣はすぐには仕掛けてこない。


 ユウトの眼には暗闇に紛れた魔獣の姿をはっきりと捕えることはできない。だが取り乱すほどの焦りはなかった。


 魔獣の殺気は方向、距離までもある程度とらえることができるほど強く放たれている。ユウトは目で見ることより自身の皮膚感覚に意識を集中させることで死角からの奇襲におびえることなく平静を保っていられた。


(このまま向かい合ったままで時間が稼げるといいんだけど・・・)


 そう考えていたがついに魔獣は行動を起こした。


 ユウトを中心に円を描くようにせわしなく移動していた魔獣がしびれを切らすかのように一直線にユウトへ向かってせまり、突進をかける。


 攻撃の前動作のような殺気の変化を感じ取ったユウトは突然の魔獣の突進にも焦らずかわすことに成功した。


 魔獣は立ち止まらずそのまま通り過ぎようとする。真横を抜けようとした魔獣の後ろ姿にユウトはダメもとで剣を縦に振るった。


 魔獣の素早さにショートソードでは過ぎ去る尻尾には届きそうになかったがユウトは意図せず届けと願う。すると淡く輝いていた刃の光が切っ先から膨張した。


 伸びた光はタイミングが合わず一拍遅れで魔獣に触れることはなかったが振り下ろした先の地面は熱で焼かれたようにただれている。これがレナの言っていた魔剣というものであるとユウトは認識した。


 思わず手にした切り札をどう活用するべきか思考を巡らせる。しかし魔獣はそんな余裕を与えようとはしなかった。


 先ほどまでの静観が嘘のような猛攻が始まる。攻撃そのものは突進の繰り返しだったが通り抜けた先から全く別の方向から迫ってきた。一撃目をかわすことができてもそこで体制を崩せば二撃目に対応できそうにない。次の攻撃をかわすための態勢を整えるので精一杯だった。


 回避に専念しても無傷というわけにはいかない。牙か爪かが突進を避けたユウトに傷を負わせていく。小さい傷だったがそれは身体的にも精神的にも確実にユウトを追い込んでいった。


 ユウトはこのジリ貧の状況でもあきらめず打開策を考え続ける。


(ジリ貧でもこのまま時間を稼げば助けが来る可能性はあるか?あるな。だけど嫌われ者の助けにどれくらい時間がかかるか?そもそもくるのか・・・確証が持てない)


 大勢の隊員たちと交流のなかったユウトにはどれほどの能力、ユウトに対する心情を全く把握できない。支援が不確かな中、未知数な魔獣との戦闘という状況に絶望感を抱きそうだった。


しかしガラルドにどん底と言われたあの時のやり場のなかった腹立たしさがユウトを現実に引き戻す。


(だったらどうする。だったらオレは・・・)


 徐々にユウトの中で揺れていた気持ちが固まりだす。


(できることをやりつくすだけだ!)


 ベクトルが定まり余計なことを一切廃した思考はより高速に速度を増しだした。


(昨日今日の短い修練と魔剣だけが武器。魔剣ならダメージが見込める。どうやって当てるか・・・)


 ユウトは少量のダメージを受け続けながらも動き方、リズム、殺気の流れ。一つ一つの要素を知覚し、分析し、予測し、そして一つの作戦を立案する。


「さぁ・・・来い!」


 覚悟を決めユウトは力強くつぶやいた。


 魔獣が迫る。方向はユウトの左後ろ斜め。


 ユウトの動きはそれまでの回避に専念したものと違っている。


 魔獣の爪が伸びるがユウトは避けるそぶりを見せない。爪はユウトが差しだす左腕をとらえた。

 しかし魔獣に十分な手ごたえを感じることはなかった。


 ユウトは左腕をえぐりながらもいなし、魔獣の側面を押し出す。その結果魔獣はほんの少し態勢を崩された。


 魔獣は突進の勢いそのままに、また闇夜に消えていく。


 一拍。


 ほんの一拍リズムがずれる。その瞬き一つ分のように短く感じる時間でユウトは剣を満足に構えることができる。一日中繰り返した動きを再現するためには正しく構えをとる時間がどうしても必要だった。


 魔獣の次の出現場所、タイミングに予測を立てる。魔獣の動きは単調だった。フェイントがなくタイミングも一定。何度も攻撃を受けることである程度の予測ができた。


 目論んだ場所に向かって剣を横一線に振り始める。まだ魔獣の姿は見えていない。


 ユウトは魔剣の刃が伸びた瞬間の感覚を思い出す。魔剣へ意識を割いて伸びろと念じた。


 刃は伸びた。


 紫に輝く刃の帯はスライドする剣の動きに乗り、扇状に一帯を薙ごうとしている。伸びた刃が迫る範囲に魔獣はユウトめがけて飛び込んできた。


 刃は触れるその瞬間、魔獣は跳ね飛び空を斬る。



 上方ななめに飛び込む影。魔獣は弧を描き飛びかかる。


 ユウトは恐怖も忘れ無我の中。


 剣は流れるように首元へ吸い寄せられて、痛みも忘れて両手で柄を握ると魔獣目掛けて突き出した。


 突き出しながらただただ念じた。魔物を貫け、と。


 魔剣は答えた。刃は伸び魔獣をとらえる。


 刃が触れた先から光りが放たれ魔獣を覆う毛が消失していく。


 だがまだ足りない。勢い、重さに任せた魔獣は止まらない。


 ユウトの全身に剣を通して重さが伝わってきた。


 さらに強く念じる。滅しろ、と


 魔剣は悲鳴で答え、刀身が弾けた。


 放つ光は柱となって魔獣を飲み込み焼き尽くす。


 魔獣は光に包まれながらユウトへ達するあと少し、届かずむくろが地に落ちた。

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