契約のアリス
柊木 あめ
01:アリス契約
1_1 アルバイト落ちました
茜色に染まる公園。日中の暑さを引き摺った空間に、うるさい程に響くヒグラシの声。ギィ……ギィ……と一人ブランコを軋ませているのは、焦げ茶色で統一された公立高校の制服を纏った子供。
深縹のショートヘアに艶はなく、顔の右側を長い前髪で覆い隠した覇気のない顔。深みのある茶色い目は、底が見えないほど深く沈んでいる。
「……はぁ……」
もう何度目の溜息になるだろう。何をするでもなく誰も居ない公園の片隅で、ただこうしてブランコを揺らし、溜息を漏らし時間ばかりを消費していた。
「こんな時間に小学生が一人で居ては、悪い大人に誘拐されますよ?」
降ってきた穏やかな声音で俯いていた顔を上げる。夕日を背負った相手の顔は陰になっていてよく見えないが白い長髪が茜色を反射しながら染まり、自分よりも遥かに背が高い男であることは容易に判断できた。こんな暑さの中で涼しげに黒のスーツジャケットを着ていることから、眼前の男が一ヶ月ほど前から話題になっている人攫いだろうと決め付ける。
「……高校生なんですけど」
不貞腐れたように言いながら、紺色の髪が生えた頭を片手で掻き、焦げ茶の視線で睨み付けた。
「おや、中学生でしたか」
「誰が中学生だ!! 悪かったな、チビで! 成長期に伸びなくて!! 2月生まれの15歳で! 年齢不問、高校生可ってあるのに中学生に見えるからって……まだ16歳になってないからって理由で面接落としやがって!!」
外見や年齢による越えられない壁を目の前に感じていた悔しさや、腹立たしさが次々に言葉となって溢れていく。ふと気付いた時には顔をぐしゃぐしゃにして、鼻水を垂らしながら、ただただ泣きじゃくっていた。差し出された白いハンカチを受け取ると涙を拭い、容赦なく鼻をかむ。
「落ち着きましたか?」
「すみません。やるせなくて……。どうせ落とすんなら電話の時に言ってくれ。って言ったら、大人の都合でそういうのできないって言われちゃって。コッチは写真代とか履歴書代とか現地に行くためのバス代とかドブに捨てる羽目になってるっていうのに……」
「そんなにこの世界に嫌気がさしているのなら、私の国へ来ませんか?」
「……やっぱり人攫いなんですね。別にいいけどさ」
「人攫い?」
「とぼけなくていいです。ヴェルダンの人攫いが横行してるって、学校でも注意喚起されてたし」
「とぼけているつもりはありません。それに、私はヴェルダンの者ではありませんよ。生まれはギルダ大陸の大雪原です」
たぶん、男は笑った。
「……なんだ。残念」
「人攫いには変わりないのでしょう。ただ、アナタに声を掛けた理由は、彼等とは違う。安心してください。取って食ったりしません。今日はもうすぐ夜が来るので、家まで送りましょう」
「結構です。一人で帰れますんで!」
とは言ったものの、家に帰る気などさらさらない。帰るふりをして場所を移そうと思い立ち、ブランコから立ち上がった瞬間、白い手袋に包まれた男に右腕を掴まれた。
「家に帰る気などないくせに、どこへ行くのです?」
「何なんですか!? やめてください!!」
「嫌なら振り払えばいいではないですか」
「…………」
不思議と振り払う気になれず、立ち尽くす。
「ところで何故、小さなお顔を隠しているのですか? 小さいお顔が更に小さくなってしまいますよ。……まるで豆粒ですね」
言いながら男の空いた片手がスッと伸び、右目を隠している長めの前髪をどかす。
「……ああ、なるほど」
納得した声を漏らされてハッとなり、反射的に男の手を払いのけた。
「どうせ暇なら、少しばかりお付き合いしていただけませんか? どうせ、行く場所がないのでしょう?」
「……じゃあ、少しだけ」
変な人に絡まれたものだ。と頭の端で考えながらブランコからおりる。
「では、行きましょう」
踵を返す背を追い掛けた。
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