25話 粘菌とはじめての指揮


 稜線まで駆け上がって『死の谷』を見下ろすと、鎧を纏ったかのような巨大な恐竜の骨格模型が、木々を避けつつ、谷の奥から這い出て来ていた。


 前世で言うと、アンキロサウルスに近いだろうか。


「木を避けれるってことは、目が見えているのかな?」


 前世にアンデットはいなかったので、どうやって動いているのか気になるところではある。

 だが、こちらに向かってくる以上は敵だ。多分そんな余裕はすぐになくなるだろう。


「坊ちゃん! ワシらが迎え撃ちやすぜ。抜けた奴はお願いしやす!」


 後ろから、アブスさん率いる狩人さん達が巨大なハンマーを担いで僕を追い抜いて行く。振り返ると、少し遅れてモリーさん率いる木こりさんたちが続いた。武器はモリーさんが鉄板のような大剣で、それ以外の木こりさんは斧である。


 振り返ると、それ以外の人は避難のために貴重品をまとめているようだった。できている分の塩の袋やスライムの皮が担がれているのが見える。


「ハァハァハァ。今度は何事ですの?」


 騒ぎを聞きつけたターナ先生が、石鹸の壺を小脇に抱えて沢の方から走ってきた。しばらく見なかったが、沢にいたらしい。腕にちょっと泡がついているのはなぜだろうか?


「鎧竜のスケルトンだそうです。大物ですよ」


 鎧竜の体長は、一番大きいもので10メートルを超えるサイズに見える。


「もう! イント君、速すぎ!」


 かなり遅れて、馬を2頭引いたマイナ先生と、杖を持った村人たちが10数人稜線に上がってくる。そうこうしているうちに、70メートルぐらい先で先人の戦闘が始まった。


「坊ちゃん!ご指示を!」


 村人の一人が、そんな声をかけてくる。


「えぇ!? そんなこと言われても」


 僕が領主で武門系貴族の嫡男だからみんな誤解してそうだが、僕はあくまで素人だ。対魔物の部隊の指揮なんてできない。


 どうして指揮官のアブスさんたちまで先陣に出てしまったのか意味が分からない。多分僕がいたせいだろうけど、買い被りここに極まれりだ。


 助けを求めるように、事情をわかってくれているマイナ先生を見る。


「え? わたし? いや神術士隊の指揮なんて経験ないよ!」


 なるほど。上がってきた人たちは神術士なのか。なら何らかの遠距離攻撃手段は持っているだろう。


 もうどうにでもなれ!


「遠距離攻撃手段のある方は、敵後続のスケルトンを狙って撃って前線を援護してください!」


 僕がそう指示を出すと、稜線に上がってきた半数ぐらいの村人がパラパラと神術を撃ちだした。マイナ先生とターナ先生も、隣で聖言を唱え始める。


「儂らにできることはありますかいな?」


 残り半数の村人はただオロオロしており、その中の一人が僕にさらに聞いてくる。遠距離攻撃手段がないということだろうか。


「おじさんは何ができるの?」


 良く分からないので、問い返す。


「儂らは地属性の神術で穴を掘るぐらいしかできやせん。ここには柱の穴掘りのために来てたんですが……」


「ええええええ! 神術士が穴掘り!?」


 マイナ先生は詠唱の途中で驚いて声をあげ、その後ハッとして恥ずかしそうに詠唱をやり直していた。かわいい。


「じゃあこの稜線の向こうに堀を掘ってもらえますか?背丈の半分ぐらいの深さで、幅は4歩分ぐらいで良いです。ところどころにみんなが撤退できる部分は残してください」


 ここまで観察したところ、アンデットの動きは直線的で、知能はさほど高くないように見える。確かに目がなくても障害物の位置は把握しているし、襲っても来るけど、あまり敏捷性を要求するような動き、例えばジャンプしたりしているところは見ていない。多分堀を飛び越えたりはできないだろう。


「はぁ。4歩ってどれくらいですかの?」


 うわぁ。さすが田舎。算数に関しては小学一年生以下の人がたくさんいそうだ。


「ここから…………ここまでぐらいだよ」


 仕方がないので、歩いて見せる。


「へぇ。わかりやした。おい! 野郎ども! 聞いてたな! 散れ!」


 おじさん達は聖言を詠唱しながら、間隔をあけて稜線に散っていく。


 戦場に目をやると、前線から抜けた鎧竜が温泉の天幕を踏み潰したところだった。


 狩人さんたちと木こりさんたちはすでに5匹ほど足を砕いて動きを止めていて、遠距離神術が後続の動きを遅くしているが、数が多すぎて早くも押されだしている。


 これはこの拠点からの撤退も視野に入れないといけないかも知れない。


 そこで、地属性の神術士たちの詠唱が完成し、稜線の向こう側5メートルぐらいの位置がゆっくりと凹んでいく。岩だろうが土だろうが関係なく、凹みの周囲は少し高くなっていた。


 岩や土は消滅するわけではなく、偏るだけなのだろう。


「すいやせん、抜けやした! 坊ちゃん頼みます」


 不意に、アブスさんが大声で声をかけてくる。見ると、体調3メートルぐらいの鎧竜の骨が、こちらに向かってきているのが見えた。視線をあちこちさせないといけないのが忙しい。


「坊ちゃん! できやした!」


 堀は間に合ったが、前世の城の堀や、領主の館の堀を想像していたので、イメージとは違うものが出来上がっていた。


 堀というより地面の窪みである。これでアンデットを止められるだろうか?


「よ、よし、迎え討つよ!」


 竜の巨体がどんどん近づいてくる。僕の足は竦んで、一歩目でつまずきそうになった。


 やっぱり、戦うのは苦手だ。見る限り、あの竜の骨は尾の先についたトゲを振り回すことで戦うらしいが、あんなのが当たったらひとたまりもない。


 自分を叱咤しながら、進行方向正面に立つ。誰かついて来てくれると思ったが、誰もついて来なかった。一人でやらないといけないらしいが、正直8歳の子どもには荷が重いのではないだろうか。


「また行きました!すいやせん!」


 もうそちらを見る余裕がないが、どうやら2匹目が抜けたらしい。


「ごめん、堀の手前側! もうちょっと急にして! 深くするのでも良いから!」


 堀の前に立つと、思ったより緩やかだった。これだと上がってくる可能性がある。大声で指示を追加する。


 だが間に合わず、僕の眼下にはもう一体目が辿りついていた。


「あれ?」


 鎧竜のスケルトンは、窪みを越えられず転がり落ちて、窪みの底でひっくり返った亀のようにジタバタしている。拍子抜けしてしまう。


「えーと、とりあえず、足を潰すんだっけか」


 力加減がわからないまま何度か棍をハンマーのように振り下ろし、5回目でやっと脛の骨が砕けた。思ったより硬く、かなり力を籠めないと砕けない。


 一本目で力加減を学習し、2本目からは一発で砕けるようになった。かなり緊張したが、人間は成長する生き物だ。


 よく見ると、骨の中にホコリのような、綿のような変な組織があるのが見える。アンデットの筋肉だろうか?


 足を4本砕いてから、2匹目の方を見ると、神術士さんが少し深くした堀の中でひっくり返っていて、ターナ先生が杖の先から火炎放射器のような炎で骨ごと燃やしていた。


「うわぁ。あれで死ぬならこっちもそれでやってもらえば良かった」


「イント君大丈夫? って、もうだいたい終わってるみたいね」


 マイナ先生がやってくると、僕が足を止めた個体も同じように燃やす。


 よく観察すると、表面についた綿ようなものも、骨の中の何かも燃えていた。もしかしたらアンデットの正体は菌糸のようなものなのかも知れない。


 お礼を言いながら、さらにスケルトンを観察する。骨の中から何かが慌てて抜け出そうとして、そのまま焼かれているようだ。動き方がさっき見たスライムに似ている。


「マイナ先生、もしかしてアンデットって、正体はスライムだったりする?」


「アンデットは生前の霊力の残滓が作用して魔物化するって説が一般的ね。スライムとは見た目も違うけど、何でそう思うの」


 前世の高校の生物で、粘菌というスライムに似た生物の事を習った。似たような生き物だと考えると、見た目が違うことにも説明がついてしまう。


 襲われた時に見た記憶はないが、実体を持たないレイスって魔物もいるようなので、やっぱり違うものかもしれないが。


「前世の世界にもスライムみたいなのがいて、あんなホコリみたいな感じになるらしいから、もしかしたらそうなのかなって」


「それも面白そうな話だね。でもそれ、どうやって証明したら良いと思う?」


 マイナ先生は杖をかざしたまま、小首をかしげてくる。証明と言われると、敷居が高くなるのはなぜだろう。そう言えば数学の証明も苦手だった。


「証明かぁ。魔物の死体とスライムを置いて、アンデット化するか試してみるとか?」


 粘菌は主に枯れ木に取りつく分解者だ。生き物の死体を分解するために憑りついて、胞子をばらまくために動くなら、スライムと死体を同じ箱の中に置いておけば、アンデットが出来上がるはずだ。


「うーん。それだと霊力の残滓であることを否定できない気もするね」


 確かに、スライムが憑りついても、それで動いているのか霊力の残滓で動いているのかはわからない。


「そもそも、教会の見解と相違してるから、危ないかもね」


 付け足された言葉で、僕は追及を諦めた。異端審問こわい。


「そっかぁ。じゃあ、今は考えない方が良いかもね」


「そうだね。でも、後でこっそり実験しようね」


 骨が全体黒焦げになって、マイナ先生の炎が止まる。もう骨が動く気配はなくなっていた。


「はいちょっと失礼します。ご指示のあった堀の件、ちょっと調整しやすね」


 マイナ先生と僕の間に、村の神術士が割り込んでくる。周囲の堀を見ると、ここ以外の堀は少し深くなっていた。


 どうやら僕の指示は深くする方が選択されたらしいが、このぐらいの深さがあれば多分大丈夫だろう。


 最前線の方を見ると、神術の弾幕を抜けてきた敵の数が増えて、もう崩壊しかかっていた。もう堀が出来上がっているので、ここで迎撃したほうが良い気がする。


「アブスさ~ん! 堀の準備が出来ましたので、こっちでやりませんか!?」


 大声で呼びかけると、アブスさんがこちらを見て、敵に視線を戻して、驚いた様子でまたこちらを見た。キレイな二度見だなぁ。


「おい、稜線まで撤退って命令だ。引くぞ」


 こちらの提案が復唱されて、全員が少しずつ引き始める。命令じゃなくて提案だけど、まぁ良いか。


 狩人さんたちと木こりさんたちは、うまくに引き上げてきて、堀の所々に残された細い道を渡ってこちらに戻ってきた。


「坊ちゃん、こんなうまい手があるんなら、先に教えといてくださいや。砦の柵作るより、堀を掘る方が先だったんじゃねぇんですかい」


 アブスさんにそんな苦情を言われたが、僕も神術で穴が掘れるとか知らなかったんだから仕方がない。


 ともあれ、そこから先は一方的だった。堀に転げ落ちたスケルトンの足を砕いて、骨ごと焼くだけだ。


 すべての魔物がこんな楽に倒せるなら、怖がる必要もないんだが。

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