23話 認められないゼロと暴かれる秘密


「今の計算方法だと効率が悪い?なんでそう思うの?」


 マイナ先生は、ちょっと怒って口を尖らせた。


 事の発端は、砦の柵の部品を数えながら、前から疑問に思っていた事をマイナ先生に聞いてことだ。


 こちらの言葉は母音と子音の組み合わせた表音文字で記述されるのだが、計算用の「数字」や「計算記号」を教えてもらえていなかった。だから教えて欲しいと聞いたのだ。


 その結果が、そもそもそんなものはない、というものだった。


 その事にびっくりして、思わず口をついて出てしまったのが、「効率が悪い」という言葉だった。だって『go kakeru sann ha ?』より『5×3=』のほうが文字数も少ないし桁もわかりやすいから。


 でも、これは失言だ。マイナ先生を怒らせてしまったらしい。ちゃんと説明しないと、マイナ先生の知識を否定しただけに終わってしまう。


「いや、それ専用の文字があった方が便利じゃないですか?例えばですけど……」


 部材のメモ用のチョークのような筆記具で、近くの石に0から9までの数字と、計算記号を書いて、それに対応する文字を横に追記して見せる。


「こういう風に書いた方が、文字数が少なくてコンパクトに書けます」


「これ、前にイント君に計算問題を出した時、メモに書いてた記号だよね? どうやって使うの?」


 先生の怒りはまだ収まってない。言葉にまだトゲを感じる。


「例えば、ここにきている村人が60人で、晩御飯に串焼き4本を食べるとする。その場合の計算式はこうだよ」


 『60×4=240』と書いて見せた。マイナ先生の視線が数字の一覧と式の間を行き来して、徐々に真顔になる。


「ねぇ。これってさ。もし240本全部食べたらどういう書き方になるの?」


 先生が変な事を聞いてきた。僕は即座に余白に書き込む。


『240−240=0』


 簡単すぎて戸惑ってしまうが、先生は何が言いたかったのだろうか?


「何も残らないから答えは0、だよ」


 先生が息を飲んだのがわかった。マイナ先生の目つきが鋭くなる。


「イント君、それは聖霊様に習ったの?」


 マイナ先生の怒りはどこかへ引っ込んだ。僕は何か失言をしただろうか?


「ううんーーー」 


 どう答えたら良いか迷う。前世の記憶が戻った事は、まだ誰にも話していない。かと言って、先生を納得させられそうなうまい言い訳も出てこなかった。


「イント君、正直に話して。教会はね、『神は空虚を嫌う』って教えてるの。だから『0』なんて言ったら、異端審問官に連れて行かれちゃうよ?」


「へ?」


 マイナ先生の言葉の意味がわからず、一瞬脳がフリーズする。僕には自称天使の悪魔が憑いていて、しかも教会が否定している『0』を回答してしまった。客観的に見て、これはクロと思われてしまうのではなかろうか?


 いや待て。そもそも0が否定されるっておかしくないか? 0なんて小学生でも知っている常識だ。それが否定されるってどういうことだろうか?


「答えられない? ちょっと考えてたんだけど、イント君、まだ私に隠してる事あるよね?」


 答えに窮していると、マイナ先生はそれが答えとばかりに核心に斬りこんできた。


「さっきアブスさんに確認したんだけど、イント君、生まれてからコンストラクタ村とシーゲンの街にしか行った事がないそうね」


 まずい。マイナ先生にはなんかいろいろ失言している気がする。


「なのに、さっきは”ガッコウ”に行ってる人なら誰でも知っているって言ってたわよね?」


 言った。言ったけども。


「そう言えば、天使様の話を聞いた時も、”元から知ってる”って言ってたよね? イント君は村から出たことがないのに、何でコンストラクタ村にもシーゲンの街にも存在しない”ガッコウ”とやらに通えるのかしら」


 うわぁ。思ったよりもたくさん失言していた。


「だいたいおかしいのよ。塩の製法なんて、この国ではあんまり知られていないはずなのよ。それを3種類も把握してるなんて」


 何か言い訳をしないと危ない気がする。


「えっと、それはコンストラクタ家の秘伝と言うやつで……」


「じゃあ何で当主が知らないのよ。ここに来るときの走り方について、ヴォイド様に聞いてみたの。どうしてあんな走り方したのかって」


 また脳がフリーズする。あんまり知識がないからマイナ先生をナメていた。反論がまったく浮かばない。彼女、実はかなり賢いのではなかろうか。


「何て答えたと思う? イント君が自分で走り方を工夫してたのが嬉しかったんだって。マネしてみたけど、とても走りやすかったってヴォイド様も誉めてたわ」


 背中を冷や汗がつたう感覚で、少し冷静さが戻ってくる。


「コンストラクタ領は術士の割合がおかしなことになってるし、領主様の一族は君も含めて異常だわ。秘伝の秘伝の一つや二つはあるでしょう。でも、それとこれとは違う気がする」


 反論の余地はないし、誤魔化す事もできなさそうだ。ここは答えず、有耶無耶にしてしまうのが良いだろうか。


「やっぱり答えられない? じゃあ、一つだけ教えて」


 迷う僕を尻目に、マイナ先生は小首をかしげ、僕を観察するように見つめてくる。


「君、本当にイント君だよね? レイスや悪魔に身体を乗っ取られていたりしないよね?」


 少し間をあけて続いた言葉は、爆弾発言だった。ダメだ。これは有耶無耶にできない。


 有耶無耶にして魔物であるレイスや悪魔に身体を乗っ取られたって判断されたら、マイナ先生が今のように味方でいてくれるとは思えない。


 僕は転生のことを含め、洗いざらい白状することに決めた。

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