20話 塩害予防と塩の可能性
スライムは森の中から沢に次々に集まってきていたが、塩に興味津々の狩人さんたちの手によって、1時間もしないうちに壊滅させられていた。スライムは膜を残して溶けてしまい、川に浸けても生き返らなかったらしい。
スライムは二つに斬っても四つに斬っても死なず、小さくなっても溶解液は脅威のままで、焼いてしまうと素材が取れない。なかなか難しい魔物らしいのだが、塩を使うと面白いほど狩れたそうだ。
「まったく、本当にイント君は規格外なのね」
マイナ先生は塩を炒めながら言ってくる。マイナ先生は、スライムの水溶液が金属を溶かすという性質を聞いて、塩を電気分解して取れる塩素から作った塩酸で似たようなことができるという話をしたら、マイナ先生は驚きを通り越して呆れていた。
「いや、学校に行ってる人、みんな知ってると思うけどなぁ」
マイナ先生は簡単な事でもすぐ驚いてくれる。僕のやる気を削がないためにわざとそうしているのか、さもなければ何か事情があって学校に行けていないのだろう。理科で習うようなことをあんまり知らないし、熱中症の話も知らなかった。
前世のように車を走らせたり飛行機を飛ばせと言っているのではない。いくら前世の世界より文明レベルが低いからと言って、中学生でも知っているようなことを知らないなんてありえるだろうか。
「また知らない言葉ね。”ガッコウ”って何よ?」
思わず、前世の言葉で発音してしまった。学校がないわけはないから、きっと僕がまだ単語を知らないだけだろう。
学校をどう説明したものか悩んでいると、馬に荷物を満載した一団がこちらに向けて登って来ているのが見えた。こんな魔物だらけの人外魔境に部外者が来るわけはないので、村の人だ。コンストラクタ家の家紋の入った旗も見える。物資の補充だろうか?
「坊ちゃ~ん!」
先頭で手を振っているのは狩人頭のアブスさんだ。一団は結構な荷物を運んでいて、狩人とは服装の違う人たちもいて、補給を兼ねた要員の交代とはちょっと違うように見える。
「アブスさんが呼んでるから行ってくるね」
「うん。後で”ガッコウ”について教えてね」
僕は鍋をかき混ぜるのをやめ、アブスさんたちを迎えにいく。
一団の人たちは、みんなロープの束を両肩にかけていて、かなり重そうだ。馬には鍋や壺、布袋などが満載されている。
「これ、どうしたの?」
「今朝、隊長からこのあたりに砦を作るよう命令があったんでさ。ここまで魔物の駆除が進んだことがなかったんですが、今なら砦が作れそうってことらしいです。ここで死の谷から降りてくる魔物を止められたら、村の畑が増やせて、魔物も狩れて、おまけにナログ共和国の連中も監視できて、一石三鳥なんでさ」
アブスは疲れた様子もなく答えてくれた。なるほど、つまりここに『死の谷』拠点となる砦をつくるのか。父上、うまい手を考えたな。村の周辺が今より安全になるかもしれない。
「へぇ。場所は具体的にどこ?」
「そこの稜線を跨ぐ形で建設しようと思ってやす。まぁ、最初は柵と物見櫓ぐらいですが。ところで坊ちゃんたちは何をしてるので?煮炊きの煙がずっと途切れないので、村の皆が心配してやしたぜ?」
ああ、ずっと塩を煮てた煙が見えたのか。村からけっこう離れてるのに見えるとは、さすが狩人の村だ。
「ちょっと温泉のお湯を煮てただけだよ。これがあれば、昨日のシーピュさんみたいな病気は予防できるはずなんだ」
「そういえば、シーピュは元気になったんで?」
部下だからだろう。アブスさんはシーピュさんを心配していたらしい。
「もうバリバリ働いてるよ」
スライムを探しに森に入ろうとしたので、森の中で塩を使わないように指示しておいた。塩は浸透圧を狂わせる。生物の授業で植物の根は選択的透過性がある半透膜だと習った記憶があるし、死の谷には枯れた植物しか見当たらない事から考えて、森に塩はあんまり良くないだろう。
シーピュさんはそれでさらなるスライム狩りを諦めて、今は退治したスライムを沢で洗う仕事をしているらしい。
「なるほど。素晴らしいですなぁ。ちょっと見せてもらっても?」
アブスさんがそんな事を言い出したので、塩を煮ている場所に案内を始める。
父上たちのために調理した翼竜の串焼き(塩)を、村から来てくれた人に出し、父上たちのために追加で肉を焼くよう料理番に声をかけ、アブスさんを案内する。
「坊ちゃん、何やら成長されましたなぁ」
指示をしていた様子をアブスが見て、感嘆の声をあげた。みんなごく自然に言う事を聞いてくれるが、はたから見れば大人に指示を出す偉そうな子どもだろう。
「何となく流れでやっちゃってるけど、生意気とか思われてないかな」
「坊ちゃんは隊長の跡継ぎなんですから、問題ありませんぜ。必要な時に、我々の言葉に耳を貸していただけれるのであれば」
やはり、前世とは違う世界なんだなぁと実感する。みんな領主の跡継に従う事をおかしいとは思っていないらしい。まだ僕は子どもだろうに。
そんな違和感に苦笑いしながら、マイナ先生たちが作業を続けている場所に辿り着いた。
「ほう。これが坊ちゃんが発見した薬ですか?」
マイナ先生が炒めた塩は、乾いた状態で壺に入れられている。それをアブスさんはおっさんとは思えないキラキラした顔で覗き込んでいた。
塩は確かに熱中症予防に欠かせないものだが、薬かと言われると迷う。そもそも熱中症は流行り病と言えるんだろうか。シーピュさんがたまたま熱中症で治療に成功しただけで、村で流行っている病気は別の病気だという可能性はまだあるだろう。
例えば、村では魔物の血抜きで抜かれた血液はすぐに腐るので、その場で加工して食べられている。香辛料やクズ肉を血と一緒に腸に詰めて燻製にしたソーセージなどは郷土料理的な扱いだ。
よくよく考えて見れば、血には塩が入っているはずで、それを頻繁に食べていれば熱中症にかかりにくくなっているはずなのだ。
僕はあの独特の臭いと歯ざわりがダメであんまり好きではないが、みんなは食べているので、本当に熱中症かどうかは疑わしくなってきた。
うーん。やっぱり不安だ。村で効果が確認できるまでは、あまり原因を決めつけた発言はしないでおこう。
「効くかどうかは村で試さないとわからないけどね。まぁちょっと食べてみてよ」
竈で熱せられた石で焼いた肉を串にさして、そこに塩を少しだけかけてアブスに渡す。
「その薬はそうやって飲むので?」
言いながらパクリと口に含む。
「うめえぇぇ! こいつぁ、まさか塩、ですか?」
アブスさんは口に含んだ瞬間目を見開き、串焼きを天に掲げた。昨日の晩ご飯に、塩を大盤振る舞いしてあれだけ盛り上がったのだ。絶対喜ぶと思ってた。
「薬って塩の事なんで? え? あの温泉から塩が取れるんで!? え? もうこんなに取れてるんで?」
塩を入れた壺を覗き込み、のけ反りながらもう一口串焼きを食べる。
「うっめええええっ!」
アブスさんの反応がものすごくオーバーだ。村から辿り着いた他のメンバーも、料理番から串焼きを渡されて同じようなリアクションをしている。部活して汗をかいたら、スポーツドリンクがやたらおいしくなる法則だろうか。
「坊ちゃん。スライムの皮、洗い終わりやした!」
そこにシーピュさんが、両手に透明な膜を抱えてやってくる。なるほど。スライムは死ぬと透明になるのか。
「シーピュ!元気そうじゃねぇか!身体はもう良いのか?」
「あ、親分。おかえりっす。体調は一晩寝たらもうすっかり。そんな事よりこれ見てくだせぇ!」
シーピュは挨拶もそこそこに、持ってきたスライムの皮を広げて見せる。
「何だこりゃ!? 死体でも拾ったのか? 傷が一つもねえじゃねえか。姐さんの神術で氷結させたものよりキレイって、どうなってんだ?」
アブスさんが驚いていると、村人が。義母さんは、凍らせてスライムを狩ってるのか。そういう手も良さそうだけど、神術なしにスライムを凍らせるのは骨が折れそうだから、やっぱり塩の方が手軽だろう。
「坊ちゃんの発案で、塩かけてみたんでさ。そしたらあっという間に粘液まみれになって倒せたっす。後は洗うだけでこの状態。見たことねえぐらい上物じゃないっすか?」
シーピュもテンションが高いなぁ。ナメクジに塩なんて、常識な気がするんだけど。
「そいつぁお手柄ですなぁ。こいつぁメチャクチャ高く売れますぜ。よしシーピュ!これから塩持ってスライム狩りに行くぞ!」
おっと。狩人だとやっぱりそういう発想になるか。そのせいで森が枯れると申し訳ないので、ちゃんと説明しておかないとな。
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