第20話 ヤンデレVSヤンデレ 前編
「…………は?」
エマの低い声が、静かに響く。
「何ですかあなたは?」
エマを知っていればぞっとする声色だが、幸か不幸か、そいつはそんなこと知る由もない。
笑顔で、
「会いたかったよゆーくん! 元気そうでよかった!」
これである。
つーか、コイツ正気か? 元気もクソも、お前が俺を殺したんだろうが。
ため息をつきつつも、俺の目は自然と元カノへと行く。
腰まで伸びた艶やかな光沢を持つ黒髪。けぶるように長いまつ毛に、アーモンド形の大きな瞳。
体の線は細く、白くキレイな肌……
いやホント、見た目はマジで好みなんだよな。
と、
「聞こえなかったんですか? それとも、言葉を理解する脳がないんですか? それに、〝ゆーくん〟……?」
エマの暗い眼が、今度は俺を捉え、一気に現実に引き戻される。
「ユウ様。アレとお知合いですか?」
「いや、えっと……」
「お知り合いのようですね。何ですか?」
す、鋭いっ!
どうする……? 元カノって答えるか? それとも、俺を殺した殺人犯だってか? いや、どっちも教えるか?
いやいや! ダメに決まってんだろ! そうなったらマジでまずい!
「あなたこそ誰? どうしてゆーくんと、そんなに仲が良さそうなの? しかも……何その恰好」
「当然でしょう。私はユウ様の伴侶なのですから。ご奉仕をしているだけです」
「はあっ!?」
急に大声を出されたのでエマはちょっとビックリしたようだが、俺は慣れてるので事なきを得た。
「ゆーくんのお嫁さんは私! 籍は入れてないけど、私はゆーくんのお嫁さんなの!!」
「なに言ってるんですか? 頭は大丈夫ですか?」
エマは蔑むみたいに言って、再び俺に尋ねる。
「ユウ様。あのメスは誰ですか? まさか、この期に及んで隠したりは……しませんよね……?」
「そ、それは……」
言い淀む俺。それを切り裂くようにして、
「答えられないなら、わたしが答えてやるっ!」
ここ数日で聞きなれた声が聞こえてくる。プロ助だ。
ふたたび桜色の魔法陣が浮かんだかと思うと、そこからプロ助が現れる。
「この女の名前は佐倉 伊織(さくら いおり)。ゆうの、恋人だ!」
「!!」
エマが息を張り詰める様子が伝わってきたので、俺の息も詰まる。
「ユウ様、本当ですか……?」
「ああ、本当だよ。記憶を失っていたけど、あの人を見て思い出したよ」
こうなっては仕方がない、俺は素直に認めることにした。
「佐倉さんは、前の世界で、付き合っていた人なんだ」
と、過去形を強調して言う。
「そうですか。前の世界で」
エマは納得した様子だったが、
「ゆーくん……?」
逆に伊織は怪訝な顔をしている。
「どうして、そんなに他人行儀な言い方するの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「分かったっ!」
俺の言葉を遮るように、つーか無視して、伊織は言う。
「ゆーくん、その女に騙されてるんだね? ゆーくんは優しい人だから、そこに付け込まれちゃうんだよね。もう、ゆーくんったら、私がいないとダメなんだから! しょうがないなあ……やっぱり、ゆーくんのことは、私がちゃんと見てないとね! 怖かったでしょ? 辛かったよね? でももう大丈夫だから。ね、こっち来て? また一緒に暮らそうよ」
相変わらずマイペースだなコイツ。
つーか、なんで伊織がこの世界にいるんだ? プロ助と一緒にいるってことは、まさか……
「ねえ……どうして来てくれないの? 前は一緒に暮らしてたのに……ずっと一緒にいようって約束したのに。どうしてその女から離れないの? ばっちいよ。汚れちゃうよ。そんなのゆーくんが可哀そうだよ。
私はゆーくんを心配して言ってるのに、どーして来てくれないの……?」
「当然でしょう。ユウ様にとって、あなたは過去の女。今ユウ様が心から愛しているのは、この私なんですから」
「嘘だッッ!!」
また怒鳴る伊織。今度はエマは冷めた目を向けただけ。ちなみにプロ助はビビってた。
「ゆーくんが愛してくれてるのは私だけ! お前なんか知らないッ!」
「……埒があきませんね」
エマは低く呟き、杖の先端を伊織にむける。
「ここはユウ様と私の愛の巣です。さっさと出ていきなさい」
「あなたこそ、私とゆーくんの前から消えて。今すぐ」
なんか、不穏な空気だ。今のうちに落ち着かせないと……
「二人とも、ちょっと冷静に……」
――ドン!
爆発音が俺の声をかき消す。
それは、伊織がエマを攻撃した音だった。エマの上半身が、煙に包まれている。
「エマ!?」
さすがにビビって声を上げるが、伊織はそれが聞こえているのかいないのか、低い声で言う。
「魔法を使えるのがあなただけだと思わないで。私の爆発魔法は、空気中の酸素を爆発させることもできるの。今のは警告。命が惜しかったら、今すぐ消えて」
警告(爆殺)。
相変わらず殺意が高すぎる。と思ったが……
「そうですか、すごいですね」
エマのどうでもよさそうな声。
煙が晴れると、無傷のエマが姿を見せた。上半身には紅黒い魔法陣が見え、結界的なものを張って身を守ったことが窺える。
「この程度の攻撃で……警告? ふん、私も舐められたものですね」
軽蔑したように言って、エマはふたたび杖の先端を伊織に向ける。
「バカなメスのために、教えて差し上げましょう。魔法使いとして、どちらが上か。そして、ユウ様の伴侶に相応しいのは、いったい誰なのかを……」
エマの暗い目と、伊織の殺気に満ちた目が静かに交わる。
なんだこの、バトルマンガっぽいノリは……
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