第17話

「こら、くっつきすぎだって言ってるじゃない! もう少し離れなさいっ!」


「うるさい人ですね。文句があるなら消えてください」


「じゃあくっつくのを止めなさい!」


「なんか歩くの疲れた。ゆう、おんぶしてくれ」


 マイペースな三人がマイペースなことを言っている。



 二人で行く、と言い張るエマを甘言で騙し……もとい説得し、荷物持ちという名目でアーディとプロ助を同行させることに成功した。


 この方が余裕ができる。俺の精神衛生上。と思ってたんだが、



「なあ、ゆう。おんぶー」


「嫌に決まって……」


「何をふざけたことを言ってるんですか?」


 俺の言葉を遮るようにして、エマが低い声を出した。



「いい度胸ですね。ユウ様を足として扱うだなんて……でも、歩かないなら、その足は必要ありませんよね?」


 と言って、エマはプロ助の足に向かってゆっくりと杖の先を向けていく。



「あっ! なんか急に歩きたくなってきた! 何なら全力疾走できそうだ! やっぱり何でもないぞ、ゆう! あはははははっっ!!」


 そう言って、プロ助は辺りを走り回っている。その姿は無邪気な子供のようにも見えて、じつに微笑ましい。ほのぼのしてるなあ(遠い目)。



「ちょっと! 貴女またアプロディーテ様に向かって!」


 しかしこうなるとアーディは突っかかってくる。


 どうやら、俺の見通しが甘かったみたいだ。こいつらが絡むと全然話進まねぇ。



「本当にうるさい人ですね。いいですか、あなたがこうして街を歩けるのも、私のおかげだということをお忘れなく」


 これは本当。


 アーディは仮にも皇女だ。それが普通に街を歩いていては騒ぎになる。


 だからエマはアーディの顔が別人に見えるよう、魔法をかけたらしい。便利だな。



「あなた方は単なる荷物持ちです。それなのに、貴女が荷物になってどうするんですか、プロ助さん。バカなんですか、プロ助さん」


「プロ助って名前を定着させるな! わたしはそんな名前じゃなぁい!!」


「ユウ様が〝プロ助〟とおっしゃっているんです。改名しなさい」


「えぇ……」


 プロ助が混乱している。



「ゆう! お前のせいみたいだぞ! アプロディーテ様って呼べ!」


「何だよプロ助」


「様をつけろよデコスケ野郎!」


「ねえ……一体、何度言えば分かるのかしら……? ユウ様に向かって、無礼な口をきくなと……」


「ひぃっ!? すみませんごめんなさいでしたっ!!」




 そんな仲睦まじい(?)会話をしていると、目的地に到着。古美術店だ。


 いま屋敷には、必要最低限の家具しかない。そこで絵画とか調度品、娯楽品なんかを買おうという話になった。なったというか、俺が提案したんだが……



「でも意外だわ。貴方も芸術に興味があるだなんて」


「当然でしょう。貴女のような人と一緒にしないでください」


 エマさんや。話が進まないからいちいち突っかかるのやめてくれんかの。あと、アーディは正解。俺は芸術にはこれっぽっちも興味ない。出かける口実が欲しかっただけだ。


 まあいいや。風景画的なものを二三買っとけばいいだろ。



「なあエマ。エマはどの絵がいい?」


「ユウ様がお好きなものをどうぞ。私たちはきっと趣味が合うはずですもの。値段のことはお気になさらず。交渉は私にお任せください」


「そ、そうか」


 そういうことなら俺が決めよう。


 ……エマの趣味ってどんなんだろ?



「あら、ユウ。どれを買うか迷っているの? それなら私に任せなさい!」


 胸を張って言うアーディ。


 おお。なんか、いつもよりも頼もしく見える。


 こうやって堂々としていると、コイツでも賢そうに見え……



「このお店にある商品、全部いただけるかしら!」


 訂正。やっぱバカだコイツ。



「こ、困りますお客様っ!」


 それに困惑顔で返すのは店員だ。


「買い占められては、他のお客様の分がなくなってしまいます!」


 店員は至極真っ当な言葉。が、アーディはなぜかキョトンとして、



「あら? 全部は買えないの?」


「当たり前でしょう。まったく……」


 と言って、エマはクソデカため息。



「じっくり選んで、気に入ったものを買えばいいんだよ。選ぶのに時間をかけるのも買い物のうちなんだから」


 正直あの屋敷なら飾る場所には困らん気もするが。



「確かにそうね。分かったわ、じゃあ、一緒に選びましょ!」


 と、皇女様のお誘いが来るものの、


「一人で探してください」


 エマが手首をねじる。



「でででででででででででっ!? ちょっと! いちいち手首捻るの止めてくれる!?」


 心なしか、アーディは痛がりつつも慣れ始めてる気がする。


「お腹すいた……」


 久しぶりに喋ったと思ったらこれか。プロ助、神を名乗るくせに割と本能のままに生きてるよな。




 結局、風景画や印象画を二三購入し、後日屋敷まで届けてもらうことに。


 それから俺たちは、小腹がすいたので屋台を回ることにした。これは主にプロ助のためだ。なんだが……



「うーん、見た目じゃどれが甘いのか分からないわね……」


 リンゴみたいな果物を前に考え込むアーディは、


「そうよ! 一つずつ味見すればいいんだわ!」


 なんてことを言い出した。



「困りますお客様! 口をつけたものはお買い上げいただかないと!」


「えぇ!? そうなの!?」


 もうコイツバカなんじゃなかろうか。大丈夫なのかこの国は。


 ま、それはともかく……



「なんかこの世界って、見覚えのあるもの多くないか?」


 前世で生きてた世界と、同じものが多い。前から気になっていたので訊いてみると、


「そりゃ、おまえが前いた世界がモデルになってるからな」


 プロ助は何でもないことのように答えてきた。



「はっ?」


「だから、この世界はおまえが前いた世界をモデルにして創ったんだ」


「……なんで?」


「だって何もかも自分で考えて創るとかめんどくさいし、その方が楽だし」


「…………」


 なんか、壮大な設定とかがあるのかと思ったが、そんなことは全然なかった。



「ちなみに、世界観とかはRPGを基にした」


「だろうな」


 コイツ、ただのダメ人間じゃね?


 などと思っていると、急に辺りがざわついてきた。


 またアーディがバカやったのか、と思ったんだが……



「あ、アーデルハイト皇女!? 何故こんなところに!?」


 なんか、普通に正体がバレていた。エマの魔法、効果が切れたのか?


 が、一番驚くべきは、



「アプロディーテ様!? このお方、広場に飾られたアプロディーテ様の像そっくりだぞ!」


 プロ助が拝まれていた。


 これって、もしかしなくても……



「さあ、ユウ様。邪魔者も消えたことですし、一緒に参りましょう?」


 エマの仕業、だよな。



「い、行くって、どこに?」


「どこへでも、です、ユウ様。貴方様がいらっしゃるならば、私はどこへでもお供致しますわ。さあ、二人の時間を存分に楽しみましょう? そうです! 屋敷に誰も入ってこないよう、結界を張らなくてはいけませんね。邪魔者が、もう入ってこないように。大丈夫、すべてこのエマにお任せください……」



 ウットリとした表情のエマ。……こいつ、なんか妙に素直に二人が同行することに同意したと思ったら、最初からこのつもりだったな!?


 今さら気付いたところでもう遅い。エマは俺の腕に自分の腕を絡めて、体を押し付けてくる。そして、俺を無理やり引っ張って歩き出すのだった。


 ちなみに、その背後では……



「待って待って! 人違いよ! 私は皇女じゃないわ!」


「は? 困ってることがある? 仕方ないなあ、この女神が何とかしてやろうじゃないか。救い料一億万円ローンも可だ」


 なんて声が聞こえていた。

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