アザレア達との昼食


———午前中の剣術の授業が終了し、俺とファシーノは1学年校舎の廊下を歩いていた。どこに向かっているのかと言うと、1学年専用の大食堂だ。およそ10000人規模の人数が入る大食堂ではメニューは豊富で世界中の料理を堪能できる最高のひと時でもある。


2人で今日のメニューを何にするか話しながら歩いていると、前方に見えてきたのは1人を数名で壁に追い込み何やら良からぬことをしている現場だった。



「———おいっ!何突っ立ってんだよ?ちゃんと前向いて歩けっ!この俺様の道を塞ぐんじゃねー!!」


「ご、ごめんなさいぃぃ‥‥!」


「ちっ‥‥気に食わねーな!何故この俺様がBクラスのようなカス共と同じなんだ!なあ、そう思うだろう?なんで俺様とお前が一緒のクラスなのか訳わかんねーよなぁ?」


遠くから見ていると厳つい大柄な男とその取り巻きが1人のか弱そうな男子学生に詰め寄っている。彼らの会話を聞いているにどうやら大柄の男は入学の評価に僻んでいる模様


「彼、随分と評価に不満のようね。あの素行を見れば至極納得なのだけれど‥‥」


「仕方ないさ、学生の人数を考えればああいう奴も一定数いる。しかし、これを見過ごす訳にはいかないよな」


「ふふ、そうね。貴方ならそうするわよね」


ファシーノは微笑を浮かべながら俺の後ろを一歩下がった間隔で着いてくる。

か弱そうな男子学生と大柄な男まで距離にして残り数メートルといった時、大柄な男に向かって声をかけようとした


「おい‥‥やめっ」


「———ちょっと何をしているの?!」


「「「———!!」」」


俺が大柄の男に声をかけた瞬間、明後日の方角から女性の大声が廊下に響いてきた。


「寄って集まって1人を大勢で囲むなんて弱者のすることよ!恥を知りなさい!」


そして俺よりも早く大柄な男の前に立ち塞がったのは幼い頃より何度も耳にした透き通る声の人物だった。長い金髪をポニーテールに纏め上げ、金色の瞳は大柄の男を睨んでいた。


その人物とはSクラス特待生であり六幻楼アルターナと呼ばれる若き英雄の姿

アザレア本人だった


「ちっ‥‥噂の特待生様かよ。もういいわ、ずらかるぞお前ら!」


アザレアの登場により、場が悪いと踏んだのかそそくさと廊下を歩いていく大柄の男と取り巻き達。とても御立腹なのか壁や物に当たりながら不機嫌に帰っていく。


彼らの後ろ姿を見ていたアザレアは視線をか弱そうな学生に落とし、声を掛けていた。


「君、もう大丈夫よ。また彼らに何かされたら言ってね?」


「は、はいぃぃ!助けて頂きあ、ありがとうございましたぁぁ‥‥!」


「え?き、君〜!?」


どう言うことか、か弱そうな男子学生はアザレアから素早く逃げ去ってしまった。お礼だけ言い下を向きながら猛ダッシュ。当事者のアザレアはただ唖然として状況を飲み込もうとしていた。


流石にこのまま俺も見て見ぬ振りはできないので、逃げられ唖然として項垂れているアザレアに後ろから声を掛ける。


「ドンマイ、アザレア。でも、かっこよかったぞ」


「‥‥‥!レ、レオン!まさか見ていたの?!それにファシーノさんまで!」


俺に声を掛けられては後ろを勢いよく振り返り、驚いた表情のアザレア。

顔と耳の先まで赤みが帯びている様子はとても可愛らしい


「ああ、最初から最後まで一部始終見ていたぞ」


俺が追い討ちをかけると小動物のように『うぅぅ〜』と可愛く唸るアザレア。

照れる仕草や表情は本当に何処にでもいる女の子そのものだ。

六幻楼アルターナと呼ばれ英雄とまで称されている彼女のこの一面を知る者は極少数だろう。俺は幸せ者だな


「それより珍しいな。カメリア達と一緒じゃないのか?」


いつものメンツがいない事を聞くとアザレアは照れていた表情をキッパリと変えた。


「え?ああ、そうね。カメリア達なら昼食を摂っているわ!私はちょっと任務‥‥じゃなくてお呼ばれしたから遅れたの!よかったらレオン達も一緒に食べましょう!」


そんなアザレアに強引に手を引かれてファシーノと一緒に大食堂へと向かうのだった



◊◊◊



「ご馳走様。やはり学園の料理はどれも格別だな」


あれからアザレアに連れてこられて今丁度、昼食を終えたところだ。

そして、今このテーブルを囲んでいる人数は8人である。そうアザレア以外のワルドス、カメリア達も一緒に昼食を摂っていた。全員が昼食を食べ終えると一息して各々紅茶を飲んで楽しく会話していた。最近の事、授業の事、寮での事と様々な話題が上がり午後の授業までの時間が過ぎていった。


そろそろ頃合いという時間に迫ってきた時、紅茶を飲んでいたカメリアがファシーノに休暇でのお礼を伝えていた。


「ファシーノさん先日の休暇とても満喫できました。まさかパンテーラ=ネーラ大商会の最高級レストランをご馳走になれるなんて‥‥‥私、父が商人なので自慢話が出来てしまいました。本当にファシーノさんは何者なの?あのレストランは2年先まで予約が取らないと言われているのに‥‥ファシーノさんの人脈が羨ましいです」


「ふふ、どういたしまして。私は至って普通よ?ただ、あそこの“エリーさん”と知り合いなの。それだけよ」


ファシーノの言うエリーさんとは、我らがエルディートの元の名前である。大商会のトップであるエルディートは世間一般では“エリー”と名乗っている。


パンテーラのエリーと言えば誰もが知っている一般常識でもある。


一概の娼婦から大商会の主まで駆け上がった努力と功績、名声は彼女の特権。ここ数年で世界の産業、商業を発展させた人物とまで称され名を知らぬ者はいない程の存在


そんな人物と知り合いと言うだけで、もはや普通ではない気がする‥‥


「ファシーノさんは同性から見ても羨むほど綺麗だから少し嫉妬しちゃうわ。些細なお礼にもう一つ‥‥‥最近この学園都市で妙な動きを確認しています。夜はお気をつけてください」


紅茶が淹れてあるカップを置き、神妙な顔立ちになるカメリアがお礼にと発言した忠告はきっと休暇での事だろう。

レストランを急な用事と言って出て行ったアザレア達。そんなアザレア達はどうやらこの学園を守護する極秘魔法部隊の所属であり、事件当日に俺たちは会っている。


しかし、アザレア達に俺とファシーノの正体を知られてはいない。むしろ俺たちがアザレア達の正体を知っている。まあ、この情報もデリカートからだけど‥‥最初聞いた時は驚いたが、納得はした。アザレア達のような力を無下にしておくには勿体ない。学園の特待生というのはこの学園都市を守護する側に回るという事と同じ。廊下で会話した時のアザレアの“お呼ばれしたとは、軍の重要な何かと察しがつく。


まさか俺たちがアザレア達の正体に気づいているとは彼女達自身思ってもいないだろうがな


「ええ、忠告ありがとう。それってこの前の事と関係が?」


和気藹々とした空気が一瞬で張り詰める。ファシーノの質問にカメリアは先程とは違う軍人のような口調で答えた。


「その質問にはお応え出来かねます‥‥」


レストランを出て行った申し訳なさと軍人としての心情が混ざり合うカメリア。

他の5人も同じ反応をしていることから機密事項なのだろうと推測する。

ファシーノもあまり追求せずに事を済ませるために話題を変えた。


「あら、そろそろ午後の授業も始まるわね。誘ってくれてありがとう」


ファシーノは綺麗な皿が乗ったトレイを持ち上げて席を立つ仕草を取る。それに続いて皆もハッとした表情でそれぞれ席を立っていく。


「レオンまたな」


「じゃあなー」


コキンとテルの双子兄弟もトレイを持ち上げて返却口まで足を運んだ。俺も2人に挨拶をしてトレイを持ち上げる。


「最後にもう一つ‥‥‥来週から課外授業で一泊二日のサバイバルキャンプがあるわ。それじゃあね」


と最後にカメリアはいい情報?を告げて去っていた。


「あ、待ってカメリア、ベラ!じゃあねレオン!」


カメリアの後ろを駆け足で着いていくアザレアは本当に小動物のようだ。

最後に残った俺とファシーノはトレイを返却窓口まで持っていき午後の授業を受けに講堂へと戻る。移動の最中、先程カメリアが告げた忠告を2人で考えていた


「アザレア達は軍の少数精鋭の部隊でこの学園を監視している。先日のような事がまた起こるだろう。アザレア達と戦闘になるかもしれない。俺の名前はともかく‥‥‥ファシーノの名前を躊躇する必要がありそうだな」


「ええ、そうだと思ったわ。月下香トゥべローザにはもう連絡しておいたから安心して。それに新たな組織も現れたわ。無嶺の彩色アクロード‥‥まさか、貴方を崇拝しているなんてね。どういう人物を想像しているのか分からないけれど、この姿を見たらどう思うかしらね?ふふ‥‥」


おお、さすがは行動が早いな。さすが直近の部下である。うむ、ところで会話の中に俺を笑い者にする言葉があったのは気のせいだよな?


「それに来週から課外授業という事だけれど‥‥何もなければいいわ」


「そうだな‥‥何事もなく平和に終わればいいのだが‥‥」


そして俺とファシーノは午後の授業、魔法座学を終え寮へと帰宅する。

夜が明け、太陽が沈みまた夜が来ること四日。それまでに俺は解放を会得することは叶わず、それどころか意識すらも融合できなった。


そして今週が終わり二日間の休日に入る。

その間何事もなく日々の日常を過ごし月下香トゥべローザからの常務報告を受けているだけだった


休日の最後の夜が明け、学園の一年生は魔車で早朝に出発する。

カメリアが告げた情報通り、一泊二日のサバイバルキャンプを行うべく魔族帝国へと俺たちは足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る