すべての生きとし生けるものへ
あ。
遥が少し大きな声を出した。
「どうしたの?」
美里にスマホの画面を見せた。彼のスマホを手に取った。そこには背筋が凍るような文字が英語で並んでいる。翻訳機能を使うことなく二人はその英文を読み取ると曇った空を仰いだ。
そこに書かれていた事柄は先月出撃した黒田先輩の戦死報告だった。燃料が管理されているので、機影の確認ができないことと、連絡が取れないのでAIは自動的に死亡と通告する。だからといって、黒田先輩の命が消えたかどうかは決まらない。けれどももう帰る手段などどこにもないし、送られた惑星の環境が人間の生息に適しているのか、水や食料があるのかどうかもAIがあると判断はしているが本当にあるのかは不明だ。
重苦しい沈黙が続いた。
訓練センターの前に到着しても二人の足取りは重い。
黒田先輩は大学生だった、それも医学生だったので、医療班に所属していた。ここに来たときから、同じ日本人なのでいつも仕事や訓練、勉強などのことや、日本に残してきた家族の話をしていた。
その黒田先輩がもう戻らない。
すらっとした長身で少し癖のある髪の優しい横顔が美里の脳裏に浮かんだ。と、同時に遥は美里に、
「黒田さんのこと、忘れずにいよう。いつも俺たちのここにある」
そう言うと、遥は自分の胸をげんこつで軽く叩いた。
「うん」
そう返事をすることで精一杯だった。こんなことが自分にできるはずはない。私のように弱い人間が世界を救うことなどできるはずがない。ガラスのメンタルでこの場所にいることはふさわしくない。
「今、自分のコト、駄目だって思っただろ。馬鹿だな、みんな一緒だ。不安に思わない人など、いない」
なんで、分かるの? 心の中を完全に読まれている。美里は遥の目を素早く捉えた。
「ああ、みんなお見通し」
これ以上一緒にいられない。美里は走り出した。心を読まれたくない。
でも、離れると不安になり、その先のロビーで訓練用の白いスーツ姿の馨を探した。そこは男性ばかりで馨の姿はない。(どこにいるの?)
「おい、落ち着けよ。ここだ」
遥の低い声が後ろから聞こえる。
「私、わたし……」
白いスーツを着た金髪のロシア人の女性が歩み寄り美里を抱きしめた。
ブルーの目が美里をじっと見つめる、その瞳には透明の涙が浮かんでいる。今にもこぼれそうだ。大きなスクリーンには黒田先輩の今までの業績と笑顔の画像が映し出されていた。仲間はここで黒田さんや、それ以外の若者の戦死報告を見ていたのだ。
すべては未来の為に。
遥はいつまでも、美里の後ろでスクリーンに映し出される黒田先輩の姿を見ていた。
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