第8話 再 会

 また今日も雨が降っている。本当に雨の日は気持ちが憂鬱になってしまう。


 実家に行った、あの日から一週間の時間が過ぎた。この一週間は、なんの変哲もないありふれた日々であった。


 朝起きて仕事に行く。帰って来て寝る。朝起きて仕事に行く。帰ってきて……。 この繰り返しの日々が続く。


 最近大きな出来事があったといえば昨晩勃発した幸恵との喧嘩ぐらいである。彼女とは、定期的に険悪な関係になる。


 今回の原因も些細な事であった。家事で疲れた彼女を労うつもりでかけた言葉が、気にさわったようで彼女から一方的に怒鳴り散らされた。返す言葉も無く、俺はすごすごと部屋に逃げ込み布団の中に潜り込んだ。


 ちなみに、俺と幸恵は結婚して二年後ぐらいから別々の部屋で寝るようになった。彼女が言うには、毎晩俺のイビキが煩くて眠れないそうだ。あまり自分では自覚は無いのだが、そう言われると防ぎようも無いので、彼女の希望通りそうしている。


 次の日の朝になると俺は早々に家を飛び出した。こういう時は、無駄な抵抗は止めて時間に解決してもらうしかない……。


 短い結婚生活の中で、これを学習した事であった。とりたて目的も、行くところも無くまた小豆色の電車に乗り込み自然と実家のある駅に足が向かう。


 雨のせいか、電車に乗る人普段よりも少し多いような気がする。皆手には傘を持っている。


 俺の仕事は平日が休みの仕事なので休息日の早朝に電車で出掛けたりすると家族連れよりは、どうしても通勤するサラリーマン達と電車が一緒になってしまう。出来るのであれば休日まで、すし詰めの電車に乗りたくないのが本音である。


 しばらく人が犇めく車内の重圧を辛抱していると電車は目的の駅に到着した。この息苦しい空間からやっと解放される。


「はあ......」また、ため息をついてしまう。ため息をつくと幸せが逃げるなんて事をよく聞くけれど、そんなことは俺の知った事ではない。逃げたければ逃げればいいのだ。


 そういえば、先日会った少女が『人間なんだから弱音やため息をついてもいい』と言った言葉を思い出した。あの彼女の声が俺の耳元に蘇り気持ちが少し穏やかになったような気がした。


 駅のホームから空を見上げてみるが相変わらず、雨は降り続いていた。ホームの中腹にある階段を上り自動改札を抜けると持参してきたビニール傘を開いた。少し年期が入っているのか所々破損部分がある。ビニール傘をこんなに大切に使う奴は珍しいだろうと一人苦笑いした。


 今日は家を出る時、既に雨が降りそうだったのでさすがに傘を持参してきていた。先日なの少女に偉そうに言った手前、同じ轍は二度と踏まないようにと用心した。


 ずっと子供の頃から成人するまで暮らしてきた町の中を歩いていく。こうして周りの景色を注視しながら歩くと、俺が知っている風景の雰囲気がかなり変わっている事に気がつく。子供の頃は駄菓子屋があった辺りは、コンビニエンスストアになり、パチンコ店も少なくなった。

 駅がバリアフリーになっておりホームにエレベーターも完備されていた事には正直驚いた。取り残された町のようであったがこんな場所でも進歩していっているのだ。先日来た時には、気がつかなかった急激なバリアフリーへの改善に感心する。


 少し前までは朽ち果てそうな町だったのに、まるで息を吹き返したかのようだった。


 しばらく歩くと、あの少女と二人で雨宿りした民家の軒下の前を通った。あの時は、もっと古びた家だと思ったが意外と新しい事に驚いた。俺があの少女にもう一度会えないかと淡い期待を抱いていた事はいうまでもない。


 少し民家の軒下の辺りで足を止めて回りを見回すが、そんなに都合良く彼女が現れる訳も無く……、また溜息が俺の口から出ていくのを止められなかった。そしてしばらくしてから俺はその場を離れる事にした。


 少し歩くと目の前に懐かしい学校の校舎が目に入った。それは我が母校。学生の頃、空手の練習をした武道場も建て替えられており、比べ物にならないほど綺麗になっている。


 学校の正門の正前にある大きな公園のベンチに腰を下ろす。学生の頃、この公園の外周をよく何周もランニングさせられた事を思い出す。当時はいかにしてサボるか、いかにして楽をしてやるか、そればかり考えていたような気がする。


 幸いその場所には大きな雨避けがありベンチの周辺は濡れていない。そして雨は降り止む様子は無い。早く起きたせいか急激にひどい睡魔に襲われてベンチに寝転び一眠りする事にする。雨の音が心地よく俺を睡眠の世界へ導いてくれるようだ。


 目の前の学校は授業中なのであろうか、静まりかえっている。雨のせいで体育など運動場での授業も行われていないようである。学生達の声は全く聞こえない。少し小さく楽器を演奏するような音がするが、それも心地良く感じて瞼を閉じる。


 目の瞑るとすぐに、間もなく俺は眠りに落ちた。

 雨のお陰で、気温も下がり毎晩の寝苦しさが嘘のようである。微睡まどろむ、俺の頭の中……、夢の中に、あの少女が現れた。


 ウインドショッピングをする俺と天使のように微笑む彼女。なぜか懐かしいような気がした。恋人、いや親子、彼女との距離感がつかめないでいた。ウインドの中を見つめる少女、その先にあるものは白いウェディングドレス。それを見つめる彼女の横顔に吸い込まれるようであった。


 きっと彼女がそのドレスを着用するとどこかの国のお姫様のように美しくなるであろう。君はこのドレスは誰の為に着るの……。俺は彼女に聞いてみたがその問いに対する答えは返ってこなかった。俺が意を決して、彼女の手を握ろうとこころみたその瞬間。


「やめてください!」いきなり彼女は大きな声をあげた。その声に反応し、ベンチの上で飛び起きた。寝ぼけ眼で辺りの見回したが、もちろん少女の姿はそこには無かった。


「いいだろ?いい加減、俺と付き合えよ!」若い男の声が公園内を響きわたる。品も欠片もない、盛りのついたオス犬のような声だった。その声は脅迫でもしているような感じであった。


 声がする方に視線を送ると、金髪でいかにも素行の悪そうな男と、女の子がもめているようであった。よく目を凝らして見ると、その少女は先程まで夢の中で俺とデートをしていたあの少女であった。


「いい加減にして!もう、やめてください!」泣きそうな声で少女は抵抗している。

 雨の中、傘を放り投げて必死に逃げようとしている。雨にうたれて、二人共ずぶ濡れである。


「その嫌がる顔が、また、たまんねぇんだ!なあ、いいだろ!いいだろ!」男は彼女の逃亡をこばんだかと思うと、彼女の両手を強引に鷲掴わしずかみし体を立木に押し付け唇を奪おうとしている。そして、自分の膝を彼女の足の間へ強引に入れようとしている。


「いや!いや!」少女は大きく頭を左右に振り抵抗している。


「へへへへ、いいことしてやるから、きっと俺の事を好きになるぜ!!」いやらし笑い声がこだまする。俺は走る訳でもなく、ゆっくりとその場に近づいていった。


「やめろよ!その子、嫌がってるじゃないか!」なんだかマニュアル通りだなと思いながら、その言葉を口にしながら俺は軽く男を突き飛ばした。少女は、俺の顔を確認したかと思うと、男の不意をついて捕まれていた両手を払い、俺の背中に隠れるようにしがみついた。


 その瞳からは沢山の涙があふれている。そして彼女の顔は恐怖の色に染まっている。


「おっさん、誰なんだ?関係ない奴はどっか行けよ」男は気持ち悪い位に俺の顔に顔を近づけきた。俺は男と口づけするような趣味は無いのだが・・・・・・。


「俺は、ただの……」ここで顔を横に反らすと、なぜか負けるような気がしてそのまま返答を続けようとした。


「ち、違います、この人は、わ、私の……、彼氏です!私達、お付き合いしてるんです!!」おもむろに少女が口を開いた。


「ええ~!?」男と俺は同時に奇妙な声をあげた。それはシンクロでもしているかのように同じトーンであった。


 涙目の顔を真っ赤にした少女は恥ずかしそうにもう一度俺の背中にしがみついた。彼女が触れる背中が少し熱を帯びていた。


「へへへへ!なんだぁ、援助交際えんこうかぁ!おっさん!受けるぜ」この男がそう思うのも、もっともだと俺は思った。こんな女子高生と三十前のオッサンではバランスがおかしい。そうこの華麗な少女の彼氏が、こんなくたびれたオッサンである訳がないのだ。しかし、彼女が口にしてしまった設定を俺は遵守することにした。

「そうだ、俺は……、彼女の彼氏だ!悪いか!俺達はラブラブなんだぜ!」不自然極まり無いが心地悪く無い気もして一応その設定に乗っておくことにした。言いながら寒い言葉を吐いてしまったと激しく後悔したことは言うまでもなかった。


「おっさん!うぜえんだよ!消えやがれ!」その言葉と同時に男の大振りの突きが俺の顔面めがけて飛んできた。そのあまりの滑稽で遅い大振りの突きに、俺は少し笑いそうになった。男の突きを半身でかわし、突いてきた腕を片手で掴み、足を踏み込み交差させるようにして、男の体を地面に投げつけた。


「ぎゃー!」男はあまりの痛さに顔を歪める。


 雨で濡れた地面のせいで男の白いシャツは茶色く染まった。その様子を驚いたような瞳で少女は見ている。


「てめえ!」男はふらふらしながら立ち上がると、俺の顔面めがけて今度は上段回し蹴りを放ってきた。俺はその蹴りを軽く右手でさばき、男の軸足を蹴りで払う。男の体はもう一度地面に激しく叩きつけられた。


 再び、まともに地面に叩きつけられた男は激しく悶絶もんぜつし「うげっ!」ヒキガエルのような奇声をあげた。


「こう見えて俺は空手道場の指導員なんだよ。これでもかなり手加減してやってるんだぜ」俺はわざとらしく空手の手刀受けを見せた。


 ちなみに、これは嘘では無く、俺は学生の頃より始めた空手で今は所属する空手道 樹心館じゅしんかんで、師範より指導員の役職を拝命はいめいしている。


「ち、畜生、覚えてろよ!」そういうと男は、脱兎の如くその場から逃げていった。だいぶ向こうで足がもつれて転んでいるようだ。


「本当に、畜生!覚えてろよって言う奴を初めて見た……、って、大丈夫かい?」先ほどと変わらず、俺の背中で震えている少女に声をかけた。


 状況を理解したのか、少女はその場にへたりこむように倒れそうになった。その体を受け止めて、先ほどまで俺が寝ていたペンチまで運んだ。触れた少女の身体は軽く柔らかい綿のような感触を覚えた。


「大丈夫かい?」彼女をベンチに座らせて、目線を合わせて確認する。


「……」少女は、まだ怯えているようではあったが、俺の問いかけに答えるように弱々しくではあったがうなずいた。雨に濡れて体も冷えてしまっているのであろう。大きな怪我がないか簡単な目視で確認するが、特に彼女の体に異常はないようであった。


「……」少女の口から言葉が出てこない。そうとうなショックだったのであろう。

まだ瞳から涙が溢れ出しそうな勢いであった。俺は思い出したかのように腰のポーチに入れていたハンカチを手渡した。そのハンカチを震える手で受け取りながら、自分の涙をゆっくりと拭った。

「あ、ありがとうございます……」なんとか気力を振り絞って言葉を発したようであった。


「アイツは、知り合いかい?君とは……そう、なんていうか・・・・・・釣り合わないと、そうタイプが全く違うから……」もしかして、単なる痴話喧嘩だった事も考慮しつつ聞いてみた。もちろん、彼氏なんて返答を俺は期待していない。


 少し間は空いたが、少女は落ち着いた口調で返答を試みた。


「何日か前に、私のアルバイト先に来たお客さんなんですけど、最近、帰り道をつけられたり、強引にデートに誘われたり……、変な事をしようとしてくるから……、断ったら……あんな感じで……」また泣き出しそうになった。結構嫌な目にあって、そうとう辛かったのだろうと彼女の気持ちを察する。警察へ相談してみてはどうかと提案しようとも考えたが、民事不介入が原則の警察が彼女の為になにかをやってくれるとは到底思えなかった。


 頭を撫でてやりたい衝動にもかられたが、それはあまりにも子供扱いしすぎであり、図々しいと思われるのではないかと考えて実行はしなかった。


「そうか、それは酷い男に目をつけられたんだな」言いながらあの男への怒りと彼女を助ける事が出来たという安堵感が俺の胸を駆け抜けた。


 少しの間の沈黙が続く。雨が、また少し激しくなったような気がする。

「多少は落ち着いてきたかい?」その俺の言葉に、彼女は軽く頷いた。言葉とは裏腹に、感情はまだ押さえきれていないようである。相変わらず、シクシクと肩を揺らして泣いている。涙が枯れてしまうのではないかと心配してしまうほどであった。


 小一時間位の時間が経過しただろうか。少女は少し平常心を取り戻したようだ。


「あっ、ハンカチ……、すいませんでした。自分のがあったのに……」手に握りしめていたハンカチに目を落とすと、少し顔を赤らめながら彼女は言った。その仕草に幼い少女のあどけなさ感じる。


「構わないよ。どうせ俺のは安物だし」本当の事を言えば、ハンカチの値段など解らない。いつ買ったものか、もしくは貰ったものなのかも定かではない。たまたま、タンスの中にあったものを無造作に突っ込んだだけのものである。


「つ、次に、お会いするまでにきちんと洗ってお返しします」そのままでも良いと思ったが、それを口にするのもなんだか変な風に取られそうな気がしたので、言葉を飲み込んだ。少女は両ひざの上で、俺のハンカチを丁寧に畳んでいる。また、この少女に会う為の口実が出来たのかもという甘い打算が俺の中で生まれていた。


「あの……、すいません・・・・・・、宜しければ、お名前を教えて頂いてもいいですか?」急な質問に驚いた。そういえば彼女の名前も俺は知らなかった。


「あっ、俺の名前? 名前ね……、近藤、近藤こんどう……、睦樹むつき……」少し小さな声で返答する。俺は、この名前に昔からコンプレックスがある。続けて読むと何やら避妊具の名前になるからだ。小さな頃は気づかなかったが、小学生高学年から中学生の多感な時期になると、皆その意味がわからようになり、同級生に酷く揶揄からかわれたものだ。名前をつけたのは亡くなった母なのだそうだが俺に恨みでもあったのか、それともただ気がつかなかったのか。どちらにしても、この名前で損をした事はあっても、得をした事はない。

 軽い嫌がらせに会う事もあった、その虐めに負けないように俺は自分を強くする為に空手に没頭したのかもしれない。


「コンドウムツキさん……、睦樹さんってお呼びしても良いですか?」少女は少しはにかみながら聞いてきた。いきなり下の名前で呼ぶのかと驚いた。なんだか、恥ずかしい感覚になったが、「べつに、構わないけれど……」俺は頷いた。女性に下の名前で呼ばれるなんて久しぶりだった。最近は妻の幸恵さえ、俺の名前を呼ぶ事が少なくなった。ねえ、ちょと、が最近の俺の家での呼び名だった。


「私は、まどか……。小林まどかといいます」彼女は少し恥ずかしそうにはにかみながら自分の名前を告げた。まどか・・・・・・、彼女に似合う可愛らしい名前だと思った。


「小林まどか……、小林さんか……」彼女の名前を頭に刷り込むように復唱する。


「あの……、まどかでいいです。友達もみんな下の名前で呼んでますので……」少し恥ずかしそうにしながら彼女は要求してきた。


「まどかちゃん……か……、可愛い名前だね」俺は照れながら言った。


「ありがとうございます……。」彼女は改めて顔を真っ赤に染めた。お礼の意味は解らなかったが礼儀正しい子だと感心する。彼女のその態度を見て愛おしいと感じた。恥ずかしくなって血流が激しくなると彼女の透けるような白い肌がすぐに真っ赤になるので簡単に感情が読めてしまう。その新鮮な反応にこちらまで恥ずかしくなる。


「ところで……」俺は少しあたふたしながら、なにか話題を繰り出そうとしたが思い浮かばない。「たしかクラブって言ってたけど、なにかスポーツでもやっているの?」当たり障りのない質問をしてみる。


「あっ、私は機械体操部です。子供の頃からずっとやってるんですよ」少し自慢気に彼女は語った。


「へー、それじゃぁ、バク転とかできるの?」俺たちの世代は、バク転への異常な憧れがある世代である。


「機械体操やってる人は、バク転位は普通にできますよ。今すぐ、やって見せましょうか?」彼女は楽勝だとでもいいたそうな笑顔で答えた。確かに拝見したい気持ちが満開であったが、まさかこの雨の中、制服姿で女の子にバク転をさせる訳にもいかず次の機会に見せてもらう約束をした。


「そうなんだ。バク転なんて映画のアクションスターとかがやってるイメージで、なかなか回りで出来る人がいないから新鮮だな」心底感心しながら語りかけた。他愛たあいの無い会話が続いたが、時間が経つのも忘れる位に楽しい時間であった。彼女も、先程体験したストーカー事件を少し忘れているかのようだった。


「睦樹さんは、どんな映画とか見られますか?」まどかは唐突に質問してきた。突然の問いかけに返答を躊躇する。


「ああ、映画か……、どんなものでも一応見るけど・・・・・・、アクション映画とか、SFとか・・・・・・かな」そんなに頻繁に観賞する訳では無いが、言葉通り普通に映画は好きだ。ジャンルはかなり偏っている事は自覚しているが……。


「今日のお礼というわけでもないんですけど、あの……、良かったら……、良かったらでいいのですが、次の日曜日、一緒に映画でも行きませんか?」彼女は、精一杯の勇気を振り絞って、この言葉を吐き出したようだ。また彼女の顔が真っ赤に染まっている。「俺と……、君が……一緒に映画に行くの?」人差し指で自分の顔を示しながら念のため確認した。二人しかいないこの場所で他の解釈はないのだが、えらく信用していただいたようである。


「友達と一緒に行くつもりで、予約をしたんですけど、その子……、急な用事があるって……、出来れば、このハンカチも洗ってお返ししたいし……」なんだか、さらに顔を真っ赤になってあたふたしているように見えるのは俺の気のせいでは無いと思う。


 彼女は誤魔化すように俺のハンカチで顔を隠すように拭いた。


「うーん」俺のようなオッサンと映画に行って彼女は果たして楽しいのであろうか。


「私と一緒じゃ、嫌ですか?」彼女は少し悲しそうな顔をした。


「いやいや!そんな訳じゃないけど……、逆に俺なんかと一緒でいいの?」なぜか、俺が詰められているような気がするのは気のせいなのか。


「もちろんですよ」可愛い笑顔で微笑む。


「わかった。……で、どんな映画なの?」ホラー映画は苦手なので、やめてほしいのだが……。


「トイ・ファミリーです」楽しそうにそのタイトルを告げる。


「聞いたことあるなぁ……、それって、子供向けの映画じゃないの?」俺の中では、アニメは子供の見るものと決まっている。


「むかー!そんなことないですよ。睦樹さんも一度見れば、考えが変わりますよ」ちょっと、ムッとしたようだ。どうやら、彼女はアニメお宅らしい。急に、子供らしい返答が返ってきて少し驚く。きっと普段は、明るいお嬢さんなんだなと俺は一人納得する。


「判った、勉強するよ」何を勉強するのかは皆目解らないが……。


「はい、……宜しくお願いします。あと……、そ、それでなんですけど、待ち合わせの時、お互いに連絡が出来るように電話番号交換しておきませんか?」まどかは、意を決したような口調で、言いながらスカートのポケットから携帯電話を出した。


「ああ、構わないけれど……、逆にいいの?」女子高生と番号交換するなんて夢にも思わなかった。


「いいですよ!で~も、イタズラ電話は、ダ・メ・で・す・よ!」リズムに合わせて指をふった。流行ってるのか?


「それじゃぁ、私の番号を登録してくださいね……えーと、070-××××-××××で……、私の携帯に睦樹さんの番号を登録しますので、私の携帯にワンコール鳴らしてください」彼女は、自分の携帯電話を操作しながら、番号を教えてくれる。


「えーと、070-××××……、変わった番号だな」番号を入力しながら俺は言った。


「そうですか?睦樹さんの携帯は、古そうな携帯ですね……」哀れむような目で彼女は俺の携帯を見つめる。確かに古い、料金は会社負担なので文句はいえないが……。


「会社の支給品だからな。君のはカッコいいな」まどかの携帯を見て俺は感想を述べた。


「イエーイ!ガラパゴス!」言いながらまどかがハイタッチをしてきたので、一応お付き合いで手を合わせた。


「あれ!?」俺は携帯電話の画面を見た。

「どうしたんですか?」まどかは不思議そうに俺の携帯を覗きこむ。

「ここ、圏外だ……」携帯のアンテナはゼロであった。

「えー、私のはきちんと三本ありますよ。壊れてるんじゃないですか?その電話」少し、小馬鹿にしたように彼女は言った。


「……」携帯の本体を振ってみたが、アンテナは増えない。


「そんなに振っても変わらないですよ。仕方ないですね。番号を教えてください、私も手入力しますから」彼女は携帯電話に親指をかけて、入力の準備をした。

番号を覚えていないので、メニュー画面で自分の番号を呼び出して彼女に教えた。


「えーと、090-××××-××××」

 彼女は、見事に早い指さばきで俺の番号を入力した。


「近藤睦樹……さんっと!これで、完璧!」登録した画面を俺に確認させるように見せる。


 俺は指でオーケーをして答えた。彼女とお互いの携帯番号を知っているという繋がりが出来て久しぶりに年甲斐もなく俺の心はなぜか弾んだような気がした。

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