第4話 幸 恵

「ただいま……」俺は阪急電車に乗って家に帰ってきた。


 昼間の雨で時間を消耗したこともあり、帰宅した頃、時計の時刻は夜の10時過ぎになっていた。


「お帰りなさい、遅かったのね……、ご飯は?」俺の妻、幸恵さちえの声がキッチンから聞こえた。なぜか気怠そうにその声は聞こえた。


 それはいつものごとく張りの無い音だった。遅くなった事を怒っているのだろうか。それとも、逆に無関心なのかもしれなかった。


「食べていないよ。実家に行く途中に凄い豪雨に巻き込まれてしまっったんだ。ごめん帰るのが少し遅くなってしまって……」一応謝ってみる。彼女が怒らない事は承知の上であった。すでに、俺達の心は離れてしまっているようであった。


「別に遅くなるのは構わないけれど、遅くなるなら遅くなるって初めから言ってもらっていたら私だって色々と……、いいえ、すぐに、ご飯を食べるの?」幸恵はなにかを言いたげではあったがそれを飲み込んだようだ。一応は俺のために夕食を作ってくれていたようで、おおいを被せた食事が食卓の上に置いてあった。


「ありがとう、でも先にシャワーを浴びてくるよ」そう告げてから、俺は玄関から浴室に直行した。雨に濡れた体は結局自然乾燥のような形になってしまったので、早く体の汚れを落としたい。


「そう・・・・・・、それじゃあ、私は先に寝るわね……おやすみなさい」幸恵は酷く疲れている様子で大きなアクビをしながら寝室に姿を消した。何処かに出掛けていたのかもしれないが、それはあえて聞くことでもないような気がした。


「ああ……、おやすみ」最近、夫婦での会話が極端に激減した。寝室もそれぞれ違う部屋である。同じ部屋で眠ることはまずない。


 毎日の家事が大変なのだなと思い、彼女のことはそっとしておくことにする。


 幸恵と俺が、結婚してそろそろ3年が経過した。俺たちの間に子供はまだいない。それを望まない訳では無かったが出来なかったのだ。


 彼女との出会いは同じ職場であった。そう俺が今勤めている会社である。俺達二人は同じ年に同期として入社した。俺は大卒で彼女は短大卒、歳は2つほど離れている。


 なんとなく雰囲気で付き合い始めて、なんとなくそういう関係になって、それは熱愛という訳では無かったように思う。ある時、彼女がそろそろ仕事を辞めたいと言い出した事をきっかけに、ケジメをつけることにした。

 当然のように彼女は結婚を期に職場を円満退職し、今は専業主婦をしている。


 仕事を辞めた直後は晴々としてスッキリした様子であったが、少しずつ外部との交流が少なくなり最近ではストレスが溜まっているようである。それこそ、子供でも出来ればママさん同士の交流も生まれてストレス発散になるのかもしれない。ただ、今は積極的に子供を作る気持ちも彼女にはすでに無いらしい。


 少し前までは、小さな行き違いで急に機嫌が悪くなったり、突然実家に帰ってしまったりすることもあった。最近は友達でも出来たのか、たまに外出して気晴らしをしている様子であった。


 俺は今の生活に特に不満は無いがなんとなく窮屈になりつつあった。そして自分の居場所はここでは無いような気がした。


 そういう意味では、昼間のあの少女との会話は久しぶりにときめくものを感じた。未成年の子供に、異性を感じるとは我ながら呆れる。自分がああいう感じの女性に惹かれるのかと改めて自覚して少し驚いている。。


「色即是空……」俺は修行僧のように水を浴びた。


 思いの外、冷水は冷たくて飛び上がりそうになった。俺はあわててシャワーの温度を上げた。

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