14歳の誕生日 2

 それは、確かに悪魔だった。

 音もなく床に降り立った時、上着がなびき、尻尾のようにふわりと燕尾服になる。頭の上のシルクハットを抑え、ひざまずいた。

 目を閉じたままのマリィの手を取る。

 マリィの手に何かが触れた時、ああやっぱり、と心が躍った。このひとときが逃げてしまわないよう、目は閉じたまま。その手に引かれ、ワルツを踊る。

 緩やかなランプの光が、二人だけを照らし出した。

 体のサイズが違うからターンが大振りだわ。

 跳ぶようにターンしながら、くるくるとまわる。ホールをふわふわと巡る。

 音のない部屋で、カツカツとかかとが降りる音だけが響く。二人分の音。その音が、ここに悪魔がいるんだと思わせてくれた。その音だけに耳を澄まし、静かな時間を楽しんだ。

 ひとしきり踊ると、ふんわりと床に座るよう促された。

 ぺったりと座る。

 この時間はもう終わりなのだろうか。

 ゆっくりと目を開けると、やはり悪魔はそこにはいなかった。

 いない。

 大切な時間が、目を開けただけでなくなってしまったようだった。けれど、確かにそこにはあった。かけがえのないものが。

 その途端、涙が、ぽろぽろとこぼれた。

 嬉しいのと、悲しいのと、いろいろな感情が入り混じる。

 おかしいな。止まらない。

 今日のは、どういう意味なんだろう。どういう意味だったんだろう。どうして一緒にダンスを踊ったんだろう。どうして目を開けたらいなくなってしまうんだろう。

 考えてもわからない。

 ただ、涙は止まることなく、そのままぽろぽろとこぼれ落ちた。

 一人泣いていると。

 背中に、ふんわりと、何かが触れた気がした。背中に何かが乗ったわけでもなさそうだったけれど、気のせいとも思えない。

 ……泣いているところ、見られた…………。

 誰かを想って泣いているところを、その本人に見られるなんて。

 こんな顔見られたくなかった。

 身体の中を熱が駆け上り、涙が止まる。

 それでも周りを見渡すことも、何も出来ないまま、じっとそこに座っていた。

 どこにいるかもわからないから、後ろも前も向いていられない。

 ……こんな顔見せられない。

 熱を帯びた頬を、隠すようにじっとする。

 かなりの時間を要した後、ゆっくりと立ち上がった。

 どことなく現実味のないままのくらくらとした頭で部屋に戻る。

 なんだか甘やかされたような気分だ。

 その日はそれ以上、何もなかった。

 結局、二人でダンスをするためにあんな準備を……?

 何のためのダンスだったのだろう。

 けれど、ダンスをしようと思ってくれたんだと、そう考えるだけで、ちょっとだけ嬉しくなる。

 ゆっくりとバスタブにつかった後、ベッドに入った。

 見慣れた天井を眺めながら、何度も今日のことを思い描いた。

 1日の終わり、またふわふわと涙が溢れる前に、胸の上に手を当てて、ひとつだけ深呼吸をする。

 心の中に温かいものが残っていることに気付き、それをしっかりと抱きしめて眠った。

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