最期の時 2
マリィが目を覚ますと、ベッドの上にいた。
自分の部屋のベッドの上。
全てが夢だったなら、どれほどよかっただろう。けれど、ランプに照らされた花冠は、すっかり枯れて花弁をいくつも落としていた。
悪魔が、ここまで運んできてくれたんだ。
その事実に安心してしまう自分が、嫌になる。
ふらふらしながら、エルリックの部屋の扉の前まで来ると、足が震えた。ゆっくりと、扉を開ける。
部屋の中には悪魔がいて、エルリックのそばにいてくれたことがわかった。
心が、真っ白になる。
ゆっくりと近づく。
寝ているだけのように見えるけれど、手を握るとやはり冷たかった。
エルリックのそばにひざまずく。
ねえ、エルリック。
ごめんなさい。
ごめんなさい、エルリック。
何度言っても足りない言葉。
ずっとあなたのそばにいたい。
ずっとあなたのそばにいたいのに。
涙がこぼれる。
ランプの光が、暗くエルリックの姿を映し出す。悪魔はなにも言わず、マリィのそばに立っていてくれた。
瞬きもせずに、エルリックの顔を見る。
ふいに鐘の音が聞こえた。今はそんな時間なのだと、冷静に思おうとする自分を見つけた。教会の鐘の音は、まるで弔いの鐘のようだ。
全ては終わってしまっていた。
マリィにも、終わってしまった事が解った。
マリィはいつまでも、エルリックの顔を見続けた。心に刻むように。
その日からも、マリィは今まで通り、外へ出掛けていった。花を探すでもなく、なにも考えたくないというように。どこにも行きたくないとでもいうように。ただ、歩き続けた。
ランタンだけを持ち、とりとめのない足取りで。
エルリックの心臓はもう動かない。絶望だけがそこにあった。
エルリックの部屋で、けれどエルリックからは離れた場所で、床に座っているときだった。
悪魔が、こんなことを言った。
「あと1年もしないうちに、森を抜けられるようになる」
とても静かで低い声だった。
「マリィは……この街から、出られるんだ」
「…………」
マリィはゆっくりと悪魔を見上げた。そして、その場所からでは見ることができないエルリックのほうを向いた。
また、悪魔のほうを向いて、静かにこう言った。
「私…………エルリック、を、王宮に、連れていこうと思うの」
たどたどしく、それでもマリィはそう言った。
ゆらゆらとした視界の中、悪魔が、優しく手を差し伸べてくれた。マリィを優しく抱きよせ、抱きしめて眠らせる。
こんな時でも、その優しさが嬉しかった。熱は持たないその腕の温かさは居心地がよかった。
その日はずっとそこにいて、悪魔の腕の中で眠った。
腕の中で、静かに涙を流す。
悪魔はなにも言わなかった。
何も言わずに、ただ、起きるまで一緒にいてくれた。
目が覚めて、マリィが無言で立ち上がり、うつむいて「……ありがとう」と言うまで。
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