8枚のクッキー 2

 それから、どのくらいの時間が経過しただろう。

 大きな窓から、ふわっと風が吹いた。顔を上げると、目の前に黒い風が巻き上がるところだった。ふんわりとマリィの周りを回る。

「……どうしたの?」

 頭上から、声がした。

 ちょうど、頭の後ろ側の高いところにいるようだった。

 自分を助けてくれる人に、何かしてあげたいということを、どういう風に言ったらいいのだろう。

「……あの…………、一緒に、食べようと思って」

 と、おずおずとクッキーを少しだけ持ち上げる。

「…………僕と?」

「……そう」

 お、思った以上に緊張する……。

「ありがとう」

 頭の後ろに、何かが触れる感触がして、目の前に、悪魔が現れた。

 悪魔が目の前で座る瞬間、少しだけ翼が羽ばたいた。

 8枚のクッキー。

「いただきます」

 マリィが持ったままのお皿に、悪魔が手を伸ばす。器用にも、1枚だけ指先で取り、口に入れた。

「…………!」

 なんだかその姿にびっくりして、呆気に取られる。

 あの手で……クッキーを1枚……。もっと大きなクッキーの方がよかったのかしら。でも。でも。

 その獣の頭蓋骨のような頭を眺めるマリィを、気づけば悪魔もじっと見ていた。

「おいしいね」

 おいしい。確かに悪魔がそう言った。

 おいしい。おいしいんだ。

 お皿を片手で持って、マリィもクッキーを口に運んだ。

 さくり。

 何度か失敗しただけあって、意外とおいしい。……料理長のクッキーには負けるけれど。

 沈黙が重くなるんじゃないかとか、何か言うことがあったんじゃないかとか、そんなことを思い悩む前に、たった8枚のクッキーはどんどんなくなっていった。

 悪魔の手が伸びる度、緊張が身体の芯を駆け抜けるようだった。

 なんだろう。もっとゆったりとした時間が過ごせるかと思ったのに……。思っていたのと違う……。

 あっという間の時間。

「ありがとう、マリィ」

「フフッ」と悪魔の口から聞こえた気がして、なんだか暖かな空気が流れたような気がして、マリィは勢いよく立ち上がる。

「む、無理は……しないで。本当に……心配だから」

 ランタンと空のお皿をしっかり握ると、顔を隠すようにして、早足でホールを出た。

「………………」

 無言でエルリックの部屋へ入ると、エルリックが眠っているベッドへ突っ伏する。

 顔が熱い。

 な、なんで、こんな緊張するの……。

 よく考えれば、向かい合って座るのは、初めてだったかもしれない。

 だって、あの悪魔、いつもなぜか後ろに居るんですもの。

「…………びっくりした」

 もうほとんど半泣きの状態でこれ以上ないほどの上等な布団にしがみつく。

 悪魔が怪我でもしていたらどうしようかと思っていたけれど、そんなこともなさそうだ。どんな状態かはよくわからないけれど、むしろ元気なように見えた。

 そして。そして、悪魔は、名前を呼んでくれた。笑っているように思えた。

「…………びっくりしたぁ……」

 息を整えて、今日も青い花を探しに行くまで、マリィは思った以上の時間を費やした。

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