第四章

この本にはあなたのことが書いてある

 マリィは、鐘の音で目を覚ました。

 目の前には、昨日図書館から持ってきた本がある。

 表紙を、じっと見た。一人は、マクスウェル・カルレンスの肖像画と同じ顔。肖像画よりもずっと若いけれど。そして……もう一つは。

 黒衣のミステリアスな人、という設定の人。

 肖像画にはなっていなかったけれど、何故だかこの本が、この人がその時代に生きた証拠のような気がしていた。『マロイ・カルレンスのスケッチ』という本に、1枚だけこの黒衣の人と同じ顔が描かれている。

 わざわざ、この本を悪魔が隠したのも、これに悪魔のことが書いてあるなら、それほどおかしいことじゃない。

 そして、マクスウェル・カルレンスの日記には、登場こそしないけれど、他に誰かいたのではないかと思える箇所が複数ある。

 実際、このハリス・カルレンスの小説には、マクスウェル・カルレンスの日記と一致する部分がいくつも見つかっている……。お茶会の日付や、家の様子……。

 悪魔が否定していたから、……悪魔自身が本当に……、この……弟であるマクスウェル・カルレンスとそういうことをしていたわけではなさそうだけれど…………。

「…………」

 していたわけではなさそうだけれど…………。

 じぃ……っと表紙を眺める。見つめ合う二人……。

 そう、この人は、本当にいたのだ。

 そして。

 マリィはもう一冊の本を手にした。作者はマロイ・カルレンス。薄い絵本で、表紙には、花に囲まれた中に、向かい合う二人が描かれていた。一人は10歳くらいの女の子。

 そしてもう一人が……。

 獣の頭蓋骨のような頭に、夜空のような翼。そして、着てる服も、どうみても、マリィが知る悪魔そのものだった。

 ダンスをするところらしく、向かい合ってお辞儀している。内容も、悪魔と女の子がお茶会でダンスをする話だ。

 もう1冊の方を見れば、黒衣の人と悪魔は、ジャケットこそ着ていないものの、同じものだとわかる服を着ていた。

「やっと見つけた……」

 悪魔の出てくる本を探し続け、やっとこの本を見つけた。

 あの悪魔はずっとこの屋敷に住んでいたんだ。悪魔の本もなくて当然。

 そして、本を読むと、全てが創作ではないことが窺い知れた。

 兄のように振る舞って、世話を焼いていた。

 今の悪魔も料理を作ってくれる。スープも何故か手が込んでいて美味しい。書いてあることと今の悪魔が、確かに同じだと思えて嬉しかった。

 本にある黒衣の人は、静かだけれど優しくて、よく遊んでいて、世話焼きで、“かわいいジト目”で人を睨む、屋根の上が好きな人だった。

 もう悪い人などとは思えなくなってしまった。怖いとは思えない。

 本2冊を大切にベッド脇の棚の引き出しにしまう。

 その日、街へ出て花を探す合間に、時々、屋敷の屋根を見上げた。星空の下では、あんな黒い何かがいるかどうかなんてわからない。

 けれどなぜか、翼がはためいた気がした。

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