私のためのスープ

 すっくと立ち上がる。

 エルリックは、眠っている。

 ふりかえると、広い部屋が目に入る。

 大きな暖炉、茶色の長椅子。そして、窓際にはテーブルと2脚の椅子。飾りも多く華やかだ。

 客室らしく、暖炉の上にも置物が綺麗に並べられている。

 テーブルには相変わらず、スープが置いてあった。昨日の夜に用意されたものだろう。すっかり冷めてしまっている。

 一歩、二歩。

 テーブルの側に立ち、スープを見下ろした。

 いい匂い。

 コーンスープだろうか。

 椅子を引き、静かに腰かけた。

 今までよりも、スープが近くに見えた。

 思い返す。悪魔の顔、悪魔の後ろ姿。

 右側に置いてある丸いスプーンを取る。手が、震えている。

 震えながら、そっと、スープをすくいあげた。

 口へ運ぶ。少しだけ舐めるように、少しだけスープを口に入れた。

 ごくん。

「あ…………」

 涙が溢れる。

「なん……で……」

 涙をぽろぽろとこぼしながら、一口。

「なんで……涙が……」

 また一口。

「ひっ……うっ……」

 もう隠せないほどの涙をなんとかこらえようと、左の袖で瞼をおさえた。もう一口。

 その時、テーブルに大きな影が映った。

 頭の上から、声がした。相変わらずの聞き取りづらい声だ。

 でも、よく通る声。そして、少し落ち込んだ、声。

「……美味しくなかった?」

 予想外の言葉。それが普通の会話みたいで、少し面食らった。

「ちっ……ちがうの」

 スープに落とされる影を感じながら、スープの表面を見た。

 また、翼で包まれるような影。

「あなたは……、人間を食べるの?」

 少しの沈黙。

「……人間の、魂を食べる」

「…………じゃあ……、私のことを食べたいの?」

 また、少しの沈黙。

「……君が思っている意味で、食べたいと思ったことはないよ」

 …………?

「どうして……、私を食べるなんて……」

「僕は、知っているから。……ひとりぼっちは寂しいんだ」

「…………」

 ああ、そうか。

 死んでしまえば、辛いことからも逃げられる。それを手伝おうと申し出るのはさすがに唐突過ぎたけれど。

 ……でも、あなたがここに居るのに。

 そう言いたかったけれど、言うことはなかった。

「美味しかったの」

 上を見上げると、悪魔が上から少女を覗き込んでいた。視線が合う。

 少女は、その姿を見てほっとした。

 涙を流していた瞳を、両方の袖でごしごしと拭く。

 また一口、スープを飲んだ。

 丁寧に作られたスープ。

「美味しいよ……」

 そう口にすると、頭の上で、翼が一度羽ばたいた。

 少しずつ、時間をかけてスープを飲んだ。

 少女はまた涙を浮かべて、こっそりとその涙を拭いた。誰にも見られないように。

 自分でも見なかったことにするように。

 こっそりと、その涙を拭いた。

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