大切な人 5
鐘が鳴って目が覚めた。少女は、エミルの部屋で眠っていた。つやつやとした木でできた床の上。
あまり物が置いていない部屋。棚の上には、小さなぬいぐるみと2つの写真が飾ってあった。一つは、家族の写真。もういないと聞かされている両親と……小さな妹。
もう一つは、エミルと少女の写真だった。
「エミ……ル……」
心がキュッとする。
……本当にもう会えないのだろうか。どうにかして会えないのだろうか。
少しだけ悲しくなったけれど、今日も少女はランタンを下げて街へ出る。
ひとしきり花を探して回り、今度は花屋の前へ。
花屋の花に青い花がないか見て回る。そして、こっそりと中へお邪魔した。ロベリアの部屋へ。
ロベリアの部屋に腰を下ろす。暖色系のラグがひいてあるところがロベリアらしい。
「一緒にいるときに、ここに来たかったな」
ぼんやりと、そんな想像をする。友達とのお泊まり会は憧れだ。まだ少女はそんな友達付き合いをしたことがなかった。
「…………」
考えると寂しくなってしまう。
街の中を歩いた。ぶらさげたランタンが揺れる度、少女をとりまく明かりもゆらゆらと揺れた。どこまで歩いてもずっと夜で、誰も歩いてはいなかった。
お店にも商品が並んだまま、誰もいなくなっていた。ドアも開け放たれたまま。まるで、人形の家から人形だけ取り去ったような街。
その日から毎日、友達一人一人の家を回った。最後に、学校の先生の家も。
学校へも行った。
毎日、通っていた学校なのに、星明かりに照らされた教室はなんだかよそよそしく感じる。けれど、大切な場所であるのは変わりない。その日は、教室の床の上で眠った。
教会で眠り、図書館で眠った。
小さなコンサートホールでは、舞台の上に置いてあるピアノを弾いた。このホールでは、何度かピアノをお披露目したことがある。エルリックが聴いてくれたことも。もう、とても昔の事のようだ。
舞台の上を歩き、舞台の上で眠った。
この街には、人がたくさんいた。たくさんの思い出。たくさんの物語。
太陽が輝く空の下で。
小さいながらも、皆が楽しく暮らしていた。
歩きながら、少女は歌を歌った。小さい頃、母が歌ってくれた歌。
ランタンが揺れる。髪が風になびく。スカートがひるがえる。
少女はたった一人になった。
皆を大切にしていた。
この街を大切にしていた。
このまま生活が続いていくんだと思っていた。
大切にしていたはずなのに。
どれほど大切にしていても、なくなってしまうものがそこにはあった。
少女だけが、ひとりぼっちになってしまった。
楽しげな歌を歌う。友達と、手を繋いで一緒に歌った。
自然と涙が流れた。
流してはいけない涙だった。
それでも、少女は涙を流した。
泣きながら、空を見上げて、たった一人で歌を歌った。
星がたくさん瞬く夜だった。
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