大切な人 3
2人で街へ出た。母の用事を済ませ、エミルは両手に荷物を抱えていた。
「ねえ、エミル見て!あそこのウィンドウに飾ってあるケーキ……」
話しかけているのに、スタスタと先へ行ってしまう。
そんな。お母様とは一緒にお菓子を買おうって言っていたのに。
「…………エミル!」
お土産にだってしたいのに。
どうして立ち止まってくれないの。
マリィは立ち止まり、ショーウィンドウを見上げた。華やかなピンクのケーキ、それを囲んだハートの飾り、美味しそうなチョコやビスケット。
行ってしまうエミルの後ろ姿を眺め、マリィはエミルとは反対の方向へ走り出した。
私はお母様にお土産を用意したいのに……!
街からはずれ、ちょうどいい花畑を見つけると、花を摘んだ。赤、白、青。沢山の野の花はとても華麗だ。
エミルなんて、もう知らないわ。
ちょっと怒りながらも、左手にいっぱいの花束をつくった。気がつけば夜も近づき、空はオレンジ色に変わる頃。
「マ……マリィ様……!」
ふと顔を上げると、そこにはエミルが立っていた。とても息が切れていて、髪も服も泥で汚れている。
「え?」
どうしたんだろう。ここからならマリィ一人でだって屋敷へ帰れるのに。それどころか、街の中ならどこからだって帰れる。そんなに心配しなくても。もう5歳だっていうのに。
「エミル?見て、お母様にお土産……」
言いかけたところで、エミルがマリィの元へ慌てて駆けつけ、膝立ちになった。
「マリィ様……。ど、どこかお怪我は……」
「私は大丈夫よ。お菓子が買えなかったから、私、お母様にお土産を……」
マリィの腕や足を確かめるエミルの顔は、なんだか泣きそうだなと思った。
その瞬間、いよいよエミルの顔が崩れて、大きな声で泣き出した。
「エミル?」
まるで小さな子供みたいだった。マリィだって、こんなに泣くことは滅多にないくらいの。
「うわぁぁぁぁぁぁ。マリィ様……ごめんなさいマリィ様……」
「…………」
わからなかった。どうしてエミルが泣いているのかも、何を謝っているのかも。けれど、その涙を見ていると、なんだか泣けてきて。なんだか泣けてきて、マリィも一緒になって泣いた。
二人で泣きながら、手を繋いで帰った。草原の中の道をゆっくりと歩いた。
二人とも言葉を交わすこともなく。ただ、二人してわぁわぁと泣いて帰った。
屋敷へ帰ると母が抱き止めてくれた。不思議なことに、エミルとマリィ二人とも、娘のように抱きしめられた。そして、不思議なことに、それが嬉しかった。
エミルはもう大人のはずなのに。
母の腕の中で、今まで以上に泣きわめいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます