魔女はそれに名前をつけた 1

 鐘が鳴ると、少女は屋敷へ戻った。

 エルリックの部屋へ。

 ……エルリックが起きた様子はない。

 息をしているか確かめる。心臓の音を確かめる。

 けれど、息をしていたって起きないんでしょう?

 ベッドのわきに置いたイスに座り脱力する。

 前が見えない。何を考えていいのかわからない。もうきっとエリオットも起きない。皆も消えてしまった。もうこのまま。私だってこのまま、この世界から消えてしまえるなら……。もういっそ……。

「ふゥん」

 途端に、耳許で声が聞こえた。聞き覚えのある声。透き通った、なんでも見透かしてしまいそうな声。汗がふき出し、体が凍るように動けなくなっていくのがわかる。

 すぐ近くにいる。息遣いが聞こえるほど近くに。

 どこかへ去ったはずの魔女が、その部屋の中に居た。

 居なくなったんじゃなかった。まだ、この屋敷の中に居たんだ。

 気配なんてなかった。誰もいない部屋だった。

 それでも、彼女はそこに居た。

 震える身体でそっと見ると、確かに魔女はそこに居た。魔女キタカゼ。

 天災と呼ばれる魔女キタカゼ。それが通る道の命は、落ち葉のように弄ばれ、うずくまって通り過ぎるのを待つしかないと言われた魔女。

「あなたに、いいこと、教えてあ・げ・る……」

 魔女のしなやかな手が、少女の顎を撫でる。

 その指で、私を?皆の様に、私も?

 一瞬、恐怖がつきまとったが、それでもかまわないとも思った。

 皆のところに行けるのなら。

 覚悟を決めて、目を閉じる。

「あなたの王子様は、起きない……。起こしたい?」

 バッ……と魔女の方を見た。予想外の言葉。

 魔女キタカゼは、少女の瞳の中を覗いている。手が、頬に被さる。

「……起こし、たい」

 返事をすべきか悩むのも一瞬。答えはもちろん決まっている。起こしたい。エリオットに、もう一度会いたい。

 魔女が少女の耳許に顔を近づけた時、唐突に部屋の中に風が吹いた。

「…………!?」

 少女の髪が舞い上がる。魔女は怯まず、少女の耳許で成り行きを見守っていた。

 獣のような音。この風は、ホールで魔女を巻き上げていた風と同じもののようだ。

「やめろ」

 風の中から、声が、聞こえた。よく通る声。けれど、獣のような音が混じる不思議な聞き取りづらさがある。

「あァら、あなただって、これを望むくせに」

「やめろ」

 知り合い、なんだろうか。仲間、ではないみたいだけれど。

 魔女は、黒い風を挑発するように少女に巻き付くように後ろから腕を伸ばし、抱き締めた。

「やめろ」

「これは、あなたへのプレゼントでもあるの、知っているは・ず。これを贈ることで、あなたも、気持ちよくなる……」

 舞い立つ黒い風に向かってそう言うと、魔女キタカゼは、少女の耳の後ろへ唇をつけるようにした。

「やめろやめろやめろやめろ」

 風はどんどん、強くなる。

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