第二章

夜の世界 1


 少女はホールに佇んでいた。

 あれから何時間が経っただろう。

 相変わらず、エルリックは横たわったまま少しも動く気配がない。

 このまま、起きることがないんじゃないかと不安が募る。魔女に何をされたのかわからないが、ただ眠っただけ、とは考えにくかった。

 待っていても、誰も帰っては来なかった。

 外へ逃げた人が一人でもいれば、誰かが帰ってくるんじゃないかと思ったけれど、誰の姿も見ることはなかった。

 外は夜だった。いつもよりも少し明るい星の夜空で、いつも眺めていた空そのままだった。

 寒いかと思ったけれど、なぜかそれほど寒くはなくて、まるで春にひなたぼっこをしている時のように、身体が冷えることはなかった。

 廊下の明かりも消され、暗くなっていた。

 この国の明かりは火を灯すランプが主流だ。少し揺らめいた色のケースの中に火を灯すのだけれど、そのガラスケースに妖精の魔力が宿っているとかで、ただ火を灯すよりも安全で明るい。ガラスケースで炎を閉じ込めてしまえば、数日はそのままで燃えていてくれる。

 シャンデリアに付いている明かりも、ひとつひとつに火が入った小さなランプになっている。

 消えてしまっては、ひとつひとつに火を入れなければいけないのだけれど。

 明かりがなくては人を探しにも行けなくて、部屋を出て火を探しに行くことにした。厨房まで行けばランタンや火打ち石があるだろうし、誰かは残っているだろう。皆がどこへ行ってしまったのか、わかるかもしれない。

 星の光を頼りに、廊下をゆっくりと歩き出す。厨房の方へ。

 途中、誰かが隠れているかもしれないとか、ランプや暖炉が付いているかもしれないとか思いながら、部屋のドアがあれば開けてみた。

 ホールに近い廊下には客室が続き、長椅子やベッドのある部屋が多くある。暖炉も付いていたが、どこにも人の影も火の影もなかった。

 毎日歩いていた廊下へ出ると、厨房の入口が見えた。

 相変わらず、厨房の入口は開きっぱなしだ。料理を運ぶため出入りが激しい厨房は、いつでもドアが開いている。

 ただ、今日の厨房は、やはり明かりが付いている気配もなく、中は真っ暗だった。庭に面しているおかげで、小さな窓から星明かりが入り込んでいるが、それだけだ。一つ目の小部屋の棚には、調理道具や消耗品が山のように置かれている。その中から、ほとんど手探りで、ランタンを引っ張り出した。一緒に置いてあった火打ち石も持ち、星明かりの中の調理台で火を灯す。

 少女は火を自分で灯したことなどなかったが、何度かやっているうちに火をつけることができた。

 それは、数時間ぶりの明かりだった。

 ほのかに光るその炎は、ささやかながら確かにそこにあると感じさせてくれた。

 ランタンの小さな扉を閉めると、蝋燭とは思えないくらいに明るく輝く。周りを眺める。

 そばのテーブルには、料理が大量に置いてあった。今日のパーティーで出されるはずだったもの。サラダ、魚、肉、デザートまで、とにかく沢山置いてある。少女の好きなものばかり。

 皆はどこへ行ってしまったのだろう。

 料理長は……、こんな大切なものをこんなに置いて、いったいどこへ行ってしまったのだろう。

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