もしも友達なら 1

 翌朝。

 マリィは学校へ向かっていた。

 本当は、自分の誕生日パーティーが終わるまでは休む予定だった。自分のパーティーとはいえ、近隣諸侯、王族貴族を招く大事なお仕事に他ならない。いくら勉強は大切だとはいえ、パーティーの準備も、客人のお相手もある中、学校へ来ている場合ではない。

 けれど、昨日のことでまだ落ち着かない。

 昨夜は眠ることができなかった。ベッドサイドに飾った花冠を時々見ては、湖の畔での一件を思い出し、その度に目が冴えてしまって仕方がなかったのだ。窓の外がうっすら明るくなり、結局そのまま花冠を眺めることだけで、朝を迎えてしまった。

 一睡もできなかった顔で会うわけにはいかない。

 ううん、そんなの言い訳。恋人?婚約者?願っていたことが現実になって、どんな顔で会えばいいのかわからない。まともに話す自信がない。調子に乗って嫌われてしまったらどうしよう。

 その結果、学校へ逃げて来てしまった。

 屋敷とは逆方向の街外れに、その建物は建っている。小ぶりだが、レンガ造りの品の良い建物で、この街の子供達の半数がその学校へ通う。もともと貴族と一般市民の区分が薄い街ではあるが、その由緒あるレグデンシア・ハミントン学校では、その中でも特に、立場など忘れさせてくれる、皆が平等に扱われる稀有な場所であった。

 いつもはワクワクでいっぱいの廊下を靴が叩く音も、いつもよりテンポが慌てているように聞こえる。

「いつも通り〜……」

 つい口に出しながら教室のドアの前で深呼吸する。そんなことが口に出てしまっていること自体、いつも通りとは程遠い。

「皆さん、おはようございます!」

 大声で言いながら、ドアを思いきり良く開けた。

 その瞬間、バン!とドアが何かにぶつかる感触があった。ドアの向こう側にもこもことした赤毛が見える。

「うわぁ……」

 どこかからそんな声が聞こえた。もしかしたら、マリィの口から出たのかもしれなかった。

 赤毛のもこもことしたツインテールがフラフラとこっちを向き、ツン、と澄ました顔をした。ロベリアだ。

 気が強く、いつも憎まれ口。その上、昨日花冠を受け取った花屋の娘だ。仕事をよく手伝っているようだし、婚約の話ももしかしたら知っているかもしれない。

 そんな子を相手に朝からしでかしてしまうとは。

 鼻が赤くなっているところを見ると、どうやら顔にぶつかってしまったらしい。さすがに申し訳なく思う。

「ごめんなさい、ロベリア」

「まあ、あなたなの」

 痛みも謝罪もお構いなし。ツンツンとした態度は崩さない。

「まーったくどこに目がついてるのかしら!どれだけ頭を振りまわしながら来たの。髪だってこんなに乱れて……」

 マリィの髪にいつものように手を伸ばしかけて、唐突にふいっと行ってしまった。

「……?」

 もっと何か言われるのかと思ったのだけれど。

「マリィ様、ロベリアと喧嘩でもしたの?」

 級友が口々にそう言った。

 私はロベリアとはもともと仲良くなんてないわ。確かに重そうなドアを顔にぶつけてしまって痛かっただろうけど、謝罪は少しくらい受け取ってくれてもよかったんじゃないかしら!

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