幸せの花冠 5
「この街に咲く花の冠を相手の頭に乗せると、その二人は結ばれて幸せになれるの」
「へぇ……」
陽の光の中で、エルリックはとても優しい瞳でこちらを向いた。
その顔があまりにも眩しくて、びっくりしてしまう。
一瞬、言葉を失った。
「……昔、小さな男の子が、湖の畔で出会った妖精の女の子に恋をしたの。二人は仲良くなって、男の子は女の子に花冠を、女の子はお礼に歌を贈ったのよ」
エルリックにじっと見られているので、なんだか緊張してしまう。エルリックはそういうところがある。話を聞く時に時々こういう聞き方をするのだ。ただじっと見つめて耳を澄ます。
「けれど、妖精の王がその仲をよく思わず、その男の子を銅像に変えて、女の子を家に閉じ込めてしまったの。けれど、女の子はなんとか銅像の元へ行って、愛の力で元に戻るのよ!」
つい、力が入ってしまう。身振り手振りが激しくなる。
この街の本屋の片隅には、必ずこの物語の絵本が売っている。この地方の昔話だそうで、ここでは誰もが知るポピュラーな物語だ。マリィも初めて読んだ絵本はその物語だったし、何度も何度も読み返した。好きが高じて、使用人達を巻き込み、両親の前で物語の寸劇をしたことだってある。
その物語にあやかって、この街では、愛の告白をする時、はたまた結婚を申し込む時には相手に花冠を贈る風習がある。アクセサリーにも花冠を模したものが多い。二人は結ばれ、幸せになるのだ。愛の力で結ばれた物語の二人のように。
そんなロマンチックな言い伝えが、マリィにとって特別でないわけがない。もし将来、誰かと恋人同士になる日が来るとしたら。その時は花冠をもらいたい。
それは、例えば……例えばの話だけれど、この目の前でニコニコとしているこの人からだったらそれはとっても嬉しいんじゃないかしら!とってもとっても嬉しいんじゃないかしら!
「だからこの街では、花冠を贈ると結ばれる、って言われているんだね」
フフッと笑いながらエルリックが言う。
凪いだ風が、マリィとエルリックの髪を撫でていった。
「それは、こんな花冠?」
エルリックが言いながら、手元にあった花屋の箱を開ける。エルリックが手に取ったものは、多種類の花が付いた、まさに花冠だった。薄いピンク、青、紫、白。色とりどりの花が編まれ、輪になっている。清楚という言葉が似合うそれは、まさに物語を思い出しながら想像していた花冠そのものだ。
「え…………?」
どういう意味なのかがわからなくて、思考が止まってしまう。
花冠?まさかあの花冠?それとも別の花冠?誰かにそれを贈りに行くの?だから誰にも預けずに……。でも……。え……?
座り込んだまま混乱していると、エルリックがこちらへ向き直り、マリィの頭に花冠を乗せた。
「え……!?」
やはり、何が起こったのかわからなくて、素っ頓狂な声を出してしまう。立ち上がることもできず、座ったまま手で空を掻いた。
「マリィ」
両手を握られ、なんとか、これは大切な話なんだということがわかる。
「はい」
大人しく、マリィもエルリックに向き合うことにした。
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