幸せの花冠 2

 父、母、に続いて重厚なドアをくぐる。

 外に出た瞬間、風が緩やかに吹く音が聞こえた。

 馬がいななき、馬車が目前で止まる。

 馬車の扉を御者が開けようと近づいた瞬間、扉がバタンと開き、中から一人の少年が飛び降りてきた。

 齢15の、まだ青年とは言い難い、艶やかな顔のその人こそ、この国の第一王子エルリックだ。

「カルレンス公!元気そうで何よりです!」

 両親の前に立ち、大げさな礼をする。その姿。

 あまりじっと見ていては失礼だと思うものの、目を離すことができない。

 まるで鳥のようにふわりとした髪。

 湖の畔にそよぐ夏草と同じ色の瞳。

 だってあまりにも久しぶりに会えたんだもの。

 あまりにじっと見すぎていて、一瞬、その瞳がこちらを向いたことに気がつかず、ぼんやりと眺めてしまっていた。

「あ……」

 まともに挨拶をすることもできず、狼狽える。

 こういうときは決まって母が何か言いたげな顔でこちらを見ているのだが、ああ、今、母はどこにいただろうか。そうね、ええと、こういう時は何と言うのが正しいのだったっけ。

 次第にエルリックの顔が近づき、エルリックの右手が、マリィの左手を掴んだ。

「ご、ごきげんよう」

 うわずった声をやっと絞り出すと、エルリックはにっこりと笑った。

 だってそんな顔をされたら、どんな人だって困ってしまうわ。

「ごきげんよう、僕のプリンセス」

 いつもの調子で、いつもの冗談めいた挨拶を返される。

 その柔らかな仕草に、心が落ち着いていくのがわかった。

「さて、何をして遊ぼうか」

 言われて、ハッとする。

 いままでだったら、そう、10歳の私や11歳の私なら、遊んで遊んでとついてまわり、かくれんぼ、お茶会、散歩、チェス、何でもかんでもに連れまわした。

 今はどうだろう。

 あと3日でレディの私は、この人を相手に何をするだろう。

 長旅でお疲れの王子様なのだから、きっと客室へ連れていって……。

「街に散歩に出掛けるのはどうかな?」

 マリィの左手を掲げたままエルリックが提案する。

 悩んでいたのが顔に出たのだろうか。

「とても……」

 ああ、こんなに間近で顔を見られると、慣れた顔とはいえ気まずいわ。

「とてもいいと思うわ。今日はとても晴れているし、エルリック様が挨拶なされば皆喜ぶもの」

 けれど、お父様たちとお話ししなくていいのかしら。もっと儀式的な挨拶やら、話し合いやら、きっとあるはずなのに。

 父と母の方を向けば、なんだか困った顔で顔を見合わせている。それでも笑って頷いているということは、遊びに行ってもいいらしい。いつものお小言はどうしたというのだろう。「こらマリィ!」とか「遊びすぎよマリィ!」とか。

 いつもなら。

 エルリックは、というと、父と母に向かってなぜか口に指を当てている。

 内緒?

 誰に?

 私に?

 何か隠されている?

 今日は、いつもとは違うらしい。

 父も、母も、なぜかエルリックも。

 なんでそんな意地悪な笑顔なんだろう。

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